“子どもたちの心にアメリカの精神を育む『セサミストリート』の生みの親” ジョーン・ガンツ・クーニー――連載「アメリカ、その心の生まれるところ~変革の言葉たち」新元良一
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“子どもたちの心にアメリカの精神を育む『セサミストリート』の生みの親” ジョーン・ガンツ・クーニー――連載「アメリカ、その心の生まれるところ~変革の言葉たち」新元良一

 自由・平等・フロンティアを旗印に、世界のリーダーとして君臨してきたアメリカ。様々な社会問題に揺れるこの国の根底には何があるのか? 建国から約230年。そこに培われた真のアメリカ精神を各分野の文化人の言葉の中に探ります。
 第4回は、教育の平等が国力を強くすることに気づいていたアメリカで、1960年代から今なお放送を続ける教育番組の創設者であり、放送作家のジョーン・ガンツ・クーニーです。
 ※第1回から読む方はこちらです。

第4回「この番組は決して、才能あるひとりの人間が支配するものではない」ジョーン・ガンツ・クーニー

長寿番組『セサミストリート』にみるこの国の精神性

 中学校へ通うわが息子が5、6歳の頃、幼児向けテレビ番組『セサミストリート』をよく一緒に観ていた。ニューヨークと思しき都会の一角で、多種多様なキャラクターの住民たちが同じ地域の生活環境を共有し、ふれあう様子を描きつつ、言葉(英語)や数字の学習も盛り込まれ、楽しく学べる教育番組という印象がある。
 番組に登場する住民のキャラクターに魅了され、ビッグバード、クッキーモンスター、オスカーなどそれぞれに個性があって、子どもだけでなく親も楽しめた。ことにエルモの愛くるしい性格に好感を持ち、感情移入もし、トートバッグやぬいぐるみなど、「息子のため」と言いつつ、自分の好みのグッズを買うほどだった。
 何がきっかけかは忘れたが、それからエルモについてネットで検索する機会があった。すると、たどたどしい口調で純朴なエルモが怪獣であると知り、いささか驚いた。
 なぜそうした反応になったかというと、いたいけなエルモと、獰猛で巨大なイメージの怪獣とのギャップがあまりに大きかったからだ。もしエルモやクッキーモンスター、オスカーといったキャラクターが怪獣だと予備知識を得ていたら、こちらの抱く印象も少しは変わっていたかもしれない。だが、彼らとともに登場する人間のキャラクターたちとの隔たりのないふれあいに、いつも心が和まされたものである。
 前置きが長くなったが、こうした「相手を知る」という体験は、様々なキャラクターが登場する『セサミストリート』の、視聴者に及ぼすインパクトのひとつに数えられる。われわれは初対面の人について経歴や素性を頼りにしてしまいがちだが、ことを焦らず、互いを知り、理解を深めるような関係構築の重要性をこの番組は気づかせてくれる。
 もっとも『セサミストリート』の存在価値は、先入観や偏見で人を判断しないという教訓だけにあるわけではない。陽気で活力に満ちた番組のキャラクターたちだが、そんな彼らでも思い悩むこと、現実の厳しさに直面するときがあり、それをほかの住民たちが支え、励ますというコミュニティのたいせつさを訴える側面もある。
 その代表的な例が、劇中で商店のオーナー、ミスター・フーパー役を演じた俳優ウィル・リーが実生活で病に倒れ、帰らぬ人となったことを番組で伝える回だろう。視聴するまだ物心つくかどうかの子どもたちに、「死」という大人でさえ対応しづらい問題を取り上げたとして、放送された1983年当時話題となり、今も名作回との評判が高い。
 番組では、着ぐるみや人形だけでなく前述のように人間のキャラクターも登場するが、そうした住民たちが集っているところへビッグバードが現れる。2.5メートルとその名の通り身体こそ大きいが、まだ6歳そこそこの、この人気キャラクターは、住民たちをモデルに絵を描いたと話し、一人ひとりに進呈していく。
 ところが、ミスター・フーパーの姿がない。「どこにいるの?」とビッグバードが訊ねると、そこにいた黒人女性が、「彼は死んだと話したのを覚えていない?」と答える。
 しかしビッグバードはその話を聞いたのは認めつつ、死が意味するもの自体を理解していないため、住民たちに「それで、ミスター・フーパーはいつ帰ってくる?」と聞き返す。すると住民たちは、「亡くなった人が戻ることはないが、自分たちは彼と一緒に素晴らしい時間を過ごした。その思い出をこれからも大事にしていこう」と声をかける。
 この場面は、今でも観る側の涙を誘うが、共生というアメリカ社会における重要なメッセージを視聴者に届ける。誰ひとり欠けても、自分たちのコミュニティ、そして日常は同じではなくなり、大きな損失につながるという、個人の存在の尊さを子どもたちだけでなく、大人にも伝えようとしている。

個性を重視し、信頼を分かち合う「アメリカ」の縮図

 現実社会がそうであるように、『セサミストリート』というコミュニティもまた、それぞれに個性があるキャラクターたちによって構成される。無垢で、相手を質問ぜめにするエルモを筆頭に、食いしん坊のクッキーモンスター、生真面目なビッグバード、しっかり者で世話好きなグローバー、みんなが嫌いなものが好きというひねくれ者のオスカー、さらに90年代にはラテン系(ロジータ)、近年では自閉症のキャラクター(ジュリア)も登場させている。
 “個性がある”と書いたが、他者と違う性格や生活習慣であっても、こうしたキャラクターたちは特別視されることもなければ、仲間はずれにされたり、いじめられたりすることももちろんない。
 互いに、普段の生活で立ち入ったことには干渉しないで、それでいて困ったときには助け合う、思いやりを育む共同体としての意識が形成されている。
『セサミストリート』でのこうした他者へのアプローチの基盤には、相手を知るという行為が欠かせない。この場合の“知る”とは、相手と自分との違いを認識した上で、それぞれの性格や価値観、生き方に基づく違いをリスペクトするよう心がけ、どちらか片方への同化を求めない姿勢、と言えるかもしれない。
 他者と行動をともにせず、住まいもゴミ箱という設定のオスカーなどは、その最たる例だろう。しかしそんな特異性に対して、ほかのキャラクターたちは除外することも、無視することもなく、一定の距離を保ちながらも、仲間のひとりと見なして、緩やかな信頼関係を結んでいる。
 ミシェル・オバマやロバート・デ・ニーロなどと同様に、この番組にゲスト出演した有名人のひとり、シンガー・ソングライターのジェイムス・テイラーは、番組の変遷を記したノンフィクション作品”Street Gang”(マイケル・デイヴィス著・2008)で、『セサミストリート』が提示する空間について次のように語っている。
「特に子どもたちは、この世界でやっていくために、自分なりの眺め方が必要とされる。これが自分の居場所なんだ、経験しながらやっていける、と自身に言い聞かせられるようなやり方だね」
 テイラーが語るように、たしかに『セサミストリート』では、住民たちは各自のスタイルや流儀で暮らし、それが周囲から認められているのだが、注目されるのは、そうした集団を束ねようと、誰かが率先してリーダーシップを発揮し掌握する様子はあまり見られないところだ。仲間が帰らぬ人となったのを知り、打ちひしがれるビッグバードに、そこにいたみんなが励ましの言葉をかけ、温かく見守ろうとするなど、コミュニティ全体で喜びや悲しみを分かち合い、乗り越えていこうとする一体感がある。
 アメリカを語るとき、個人主義の国という一般的なイメージがある。自身の考え方と異なれば、その相手に同調や妥協することなく、独自の主張を貫くことを正当と見なすのは、日々暮らしつつ、この国の風土として感じることがある。
 そんな個の存在を尊重するアメリカが、コミュニティという地域の集合体を重要視し、テレビを通じ子どもに教える。そう聞くと、どこか矛盾しているようだが、ここで言うコミュニティとは、“個が寄り集まり形成されるもの”と考えれば、『セサミストリート』が伝えようとするメッセージが理解しやすい。
 政治家や行政の役人たちに丸投げし、その自治や統括する権利を放棄するのではなく、自分たちが生活する場所は自分たちの手で守り、築いていくといった意識がアメリカ社会では根づいている。筆者が暮らすニューヨークのような都市部では、人種や宗教などによって様々なコミュニティがあるが、いずれも住民主体となって、独自色の強い地域づくりが成されているのはこのためだろう。
 その意味において『セサミストリート』は、アメリカ社会の縮図といった表現が似合う。先のテイラーは”Street Gang”で、子どもだけでなく、大人にとってもこの番組は学びがあると語るが、すべての世代に向けて、この国のあるべき姿をこの番組が伝えているように思える。

偉大なるアメリカへの足掛かりとなった小さなストリート

 そんな『セサミストリート』は、1969年11月、初回の放送で産声を上げた。今でこそ、長寿番組としてアメリカはもとより、日本を含め、広く国外でも知られているが、幼児を対象にエンターテインメント性と教育効果を目指したテレビ番組は初めてだったとされる。
 そして番組の立ち上げには、1960年代の時代背景と密接な関わりがあった。
「偉大なる社会」をスローガンに掲げたアメリカ第36代大統領リンドン・B・ジョンソンは、その実現に向けて大きな経済格差解消への政策を次々と打ち出した。1964年の一般教書演説においても、低所得者に対する社会保障や福祉保険、高齢者への医療を始めとする各政策を発表した。これが世に知られる、貧困との戦いである。
 こうした中でも、幼児教育を含めた格差解消は、最重要課題のひとつに数えられた。その一環となるヘッドスタート(低所得層の3歳から5歳の子どもを対象にした就学援助制度)と呼ばれるプログラムは、名前が示す通り、分け隔てなく低年齢から順調なスタートがきれるように設けられたもので、当時政府から巨額の補助金が提供され、多数の人員が登用されることとなった。
 ”Street Gang”によると、1966年、テレビ番組のプロデューサーだったジョーン・ガンツ・クーニーとカーネギー財団の副会長を務めていたロイド・N・モリセットは、ニューヨークのクーニーの自宅で開かれたホームパーティでこの幼児教育の格差解消の話題に及んだ。前年の12月、3歳になる自分の娘がテレビの前に座り、画面に釘付けになっているのを目の当たりにしたモリセットは、子どもを夢中にさせるこの情報媒体を使う教育プログラムの可能性について言及した。
 社会における不公平の問題に心を痛め、改革のための活動に参加していたクーニーはこの話に関心を持ち、テレビ番組開始の実現に向け始動した。モリセット、人形遣いのアーティストとしてすでに注目されていたジム・ヘンソンなどに声をかけ、さらにカーネギーやフォードなどの社会貢献に関与する組織からの資金調達に積極的に動き、教育を専門とする学者たちの元へ自ら出向いた彼女は、聞き取り調査を行うなど、万全とも言える準備期間を経て番組をスタートさせた。
 番組の構想段階から深く関与し、エグゼクティヴ・プロデューサーとして、画期的な子ども番組を世に送り続けたクーニーは、のちに“セサミストリートの母”と呼ばれた。その功績から、大統領自由勲章やIBC2018国際栄誉賞など数々の受賞歴のある彼女は、”Street Gang”において、初回放送を前に、個性の強いスタッフを招き入れるにあたっての次のエピソードを回想している。
「(スタッフの参加を)説得するときに伝えたのは、『表現の自由はふんだんにあるし、こちらからとやかく干渉することもない。ただ、譲れないこともある』ということ」
 CM枠の中で文字や言葉を教える。司会進行役は4、5人で、男女。そして白人、黒人混合のラインアップ、と基本的な番組構成を説明したところで、クーニーは同様に“譲れない”ものとして、制作側の確固たる姿勢を加えた。
「この番組は決して、才能あるひとりの人間が支配するものではない」
 クーニーとしては、自由奔放でカリスマ性もあるパペッティア(人形遣い)のジム・ヘンソンを始めとする、個性の強い関係者を統括し、ひとつの番組を完成させるための言葉だったのだろう。
 その言葉は、突出した人間がほかのスタッフを牽引するのではなく、全員参加で番組を制作するという方向性を示すと同時に、誰ひとり欠けてもコミュニティは成立しない、という『セサミストリート』の主要なテーマを表す。いかなるアイデンティティ、どんな意見や考え方を持つ人間をも受け入れるアメリカの現在、さらにはその未来図をも描いているように映る。
 4年前、この国の指導者になったドナルド・トランプが、自分に忠誠心を誓う取り巻きや、やみくもに信奉する支持者以外の人間を排除したおかげで、分断は多方面でより深刻な問題となった。そのトランプが再選を目論んだ昨年の大統領選で敗れ、同様に異議を挟む相手をねじ伏せる強引な政治手法のアンドリュー・クオモは、複数の女性へのセクハラ問題に端を発し、10年間実権を握ったニューヨーク州知事を先日辞任した。
 そんな彼らと交代するように、政権のトップに立ったのが、大統領選から融和を提唱してきたジョー・バイデンである。新型コロナウイルスの感染症、山火事や洪水、暴風雨を引き起こす気候変動など、稀に見る難事を乗り越えるには、対立ではなく結集をと示す現大統領は自ら主導し、トランプはおろか、あのオバマも成し遂げられなかった大規模なインフラ整備法案を、議会において“超党派”で成立させた。
 そこに筆者は、変革期の最中にあるアメリカの同時代的な精神を感じる。ソーシャル・メディアによって、誰もが一瞬のうちに世界に向け自身の声を発信できる現在、諸問題に対処し、社会を前進させるため、個性を尊重しつつ、緩やかな枠の中での結集力を生み育てる、その真髄を『セサミストリート』の中核に見出すのである。

(了)

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プロフィール
新元良一(にいもとりょういち)

1959年神戸生まれ。作家。元京都造形芸術大学教授。1984年から22年間ニューヨークに在住した後、2006年京都へ移転。2014年、NHKラジオ「英語で読む村上春樹」の番組ホストを1年間担当。2016年に活動拠点を再びニューヨークへ移す。著作に『あの空を探して』(文藝春秋)、『One author, One book』(本の雑誌社)など。現在、「ワイアード日本版」「TOKION」にて連載コラムを執筆中。

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