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密かな差別を確実に描き出すこと――#4ローレン・グロフ『優美な食用の鳥たち』(2)

ローレン・グロフの短篇集『優美な食用の鳥たち』の冒頭に収められているのは「幸福の幅広ビーフン」。静かな田舎町にできた「ラッキー・チャウファン」という謎の中国料理店をめぐる物語から、アメリカ合衆国における「他者」という存在について都甲幸治さんが読み解いていきます。


ローリー・ムーアとローレン・グロフ

 こうした作品を描いたローレン・グロフとはどんな人なのか。彼女は1978年にニューヨーク州のクーパーズタウンで生まれた。19世紀アメリカ文学の巨人であるフェニモア・クーパーの父親、ウィリアムが開いたこの田舎町は、現在アメリカ野球殿堂博物館で世界的に知られている。

 グロフはこの街で水泳などのスポーツに親しんだ。アマースト大学在学中に小説を書き始め、ウィスコンシン大学大学院の創作科に進学した。そこで彼女を指導したのが、誰あろうローリー・ムーアである。 僕はムーアの『アメリカの鳥たち』などの作品がとても好きだったから、この偶然にはびっくりした。

 2008年には、クーパーズタウンをモデルに『テンプルトンの怪物』という小説を執筆し好評を得る。その後も長篇や短篇を発表し続け、全米図書賞や全米批評家協会賞の候補にもなりながら、着実に評価を上げてきた。

 日本語では短篇集Florida (『丸い地球のどこかの曲がり角で』(河出書房新社))と、長篇『運命と復讐』(新潮社)の二冊が翻訳されている。さらに、今回取り上げる短篇集Delicate Edible Birds (『優美な食用の鳥たち』)収録の作品「L・デバードとアリエット――愛の物語」は村上春樹編訳のアンソロジー『恋しくて』(中公文庫)に収録されている。

『恋しくて』収録の「L・デバードとアリエットーー愛の物語」では20世紀初頭のアメリカを舞台に、オリンピック出場経験もある元水泳選手の詩人L・デバードが富豪の娘アリエットと恋に落ちる。スペイン風邪の流行などの時代背景も書き込まれているスケールの大きな短篇

背徳の中国料理レストラン

 それでは短篇集を読んでいこう。まずは巻頭の作品 “Lucky Chow Fun” 「幸運の幅広ビーフン」である。舞台は田舎町テンプルトンで、主人公は地元の高校に通う女子学生だ。彼女は水泳部で大活躍し、他の男性部員を圧倒するタイムを叩き出している。

 あるとき、この町に見慣れないレストランができた。その名もラッキー・チャウファンで、中国料理を出してくれる。中国人の男たち数人と、たくさんの若い女たちが店員なのだが、彼らがどこから来たかは全然わからない。会話をしようにも、特に彼女たちはほとんど英語を知らない。

 主人公はこの店に、なにやら背徳的な思いを抱きながら通うようになる。何しろこの街はよそ者に冷たい。野球殿堂博物館がある以上、シーズン中は観光客が引きも切らないのだが、我が物顔に騒ぎ、後には大量のゴミを残して行く彼らに、町の人々は内心うんざりしている。

 しかも健康志向ゆえに、ファーストフードの出店を禁止している。だからこの街でものすごく脂ぎった中国料理を出してくれるラッキー・チャウファンは、高校生たちにとっては悪徳の場所なのだ。

国際的な悪のうずまく場所

 主人公は水泳部の仲間と何度もそこに通うのだが、ある日、ラッキー・チャウファンは警察に取りまかれ、近づけなくなっている。なぜか。実は中国料理店は表向きで、男たちが若い女性たちに売春をさせていたのだ。

 しかもその顧客リストが存在することが明らかになり、町は騒然となる。なんと普段、立派な社会人として振る舞ってきた町の男たちの多くが顧客だったことが判明したのだ。さらに若い女性たちは中国から騙されて連れて来られたこともわかる。すなわち、ラッキー・チャウファンは、国際的な悪の巣窟だったのだ。

 静かな田舎町の住民たちは、あまりの衝撃に暗く沈んでいく。善意が支配する共同体だと信じてきたのに、実際には信じられないほどの悪がうずまいていたのだ。しかもいつしか町の人々は、犠牲者である中国の若い娘たちを、この町の敵として憎み始める。耐えられなくなった主人公は、大学進学に合わせて町を出る。

2018年刊行の“Florida”はすぐれた短篇集に与えられる「ストーリー・プライズ」を受賞したほか、全米図書賞の最終候補に残るなど高く評価されている

他者へのアンビバレントな感情

 小さい頃から知っている友達しかおらず、ほぼ全員が白人ばかりのこの町で、中国人や中国料理がものすごくエキゾチックで魅力的なものに見える、という感覚に僕は惹きつけられた。「私は全部大好きだった。脂肪と塩分が。ファーストフードの出店を全面的に禁じている集落でファーストフードを食べている、という恥ずべき感覚が。そしてフォーチュンクッキーが生み出す極小の神話が」。

 他者を受け入れたくない。観光客は、町にお金を落としたらさっさと出て行ってほしい。そんな町の人々だが、実は内心では退屈な日常に飽き、自分たちと違ったもの、変わったもの、非日常的なものを求めている。そしてそうした欲求不満こそがお金になる、とラッキー・チャウファンの男たちは知っている。

 だからこそ、中国の貧しい家庭に出向き、両親に金を渡し、娘には輝かしい未来が待っている、と噓をついて、海を越えてこの町まで彼女たちを連れてきて、強制的に売春をさせたのだ。

言葉によって変えうる世界

 確かに彼らはこの上なく悪い。だが彼らの商売が成り立つのは、そもそもこの町の人々の心に巣くう、暗い欲望が存在するがゆえなのではないか。そして健全で健康な人々の住む町、という光が明るければ明るいほど、その裏の闇も暗いのではないか。

 “At the Round Earth’s Imagined Corners”では、アメリカ南部出身の父親によるあからさまな人種差別が語られていた。だが、そうした排他性は南部に限られたことではない。北部のこの町でも、声高に叫ばれないだけで、密かな人種差別は存在している。グラフはそのことを静かに、確実に描いている。

 救いはラッキー・チャウファンの女性たちだ。彼女たちはなんとか店から逃げ出し、不自由な英語で自分たちが置かれた状況を通報することに成功する。やがて彼女たちはより多くの言葉を獲得しながら、アメリカ合衆国の一員となっていくのだろう。言葉を持ち、自分の置かれた状況を変える力を得る、というのも、この作品のテーマとなっている。

明日に続きます。お楽しみに!

題字・イラスト:佐藤ジュンコ

都甲幸治(とこう・こうじ)
1969年、福岡県生まれ。翻訳家・アメリカ文学研究者、早稲田大学文学学術院教授。東京大学大学院総合文化研究科表象文化論専攻修士課程修了。翻訳家を経て、同大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻(北米)博士課程修了。著書に『教養としてのアメリカ短篇小説』(NHK出版)、『生き延びるための世界文学――21世紀の24冊』(新潮社)、『狂喜の読み屋』(共和国)、『「街小説」読みくらべ』(立東舎)、『世界文学の21世紀』(Pヴァイン)、『偽アメリカ文学の誕生』(水声社)など、訳書にチャールズ・ブコウスキー『勝手に生きろ!』(河出文庫)、『郵便局』(光文社古典新訳文庫)、ドン・デリーロ『ホワイト・ノイズ』(水声社、共訳)ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(新潮社、共訳)など、共著に『ノーベル文学賞のすべて』(立東舎)、『引き裂かれた世界の文学案内――境界から響く声たち』(大修館書店)など。

関連書籍

都甲幸治先生といっしょにアメリカ文学を読むオンライン講座が、NHK文化センターで開催されています。

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