連載 ロジカルコミュニケーション入門――【第1回】論理的思考で視野を広げよう!
●三角関係のロジック
読者は、論理的に考えることが得意だろうか、あるいは、あまり得意ではないだろうか?
「論理的思考」や「ロジカルコミュニケーション」とは何かを説明する前に、日常的に遭遇するタイプの問題を先入観のない状態で考えてみてほしい。
これは、実際に私が学生から相談を受けた話である。
さて、読者がこの相談を受けたとしたら、Xにどのようなアドバイスをするだろうか?
ちなみに、私のゼミの飲み会で尋ねてみたところ、4年生たちは次のように答えていた。
これまでに幾つかの大学の学生に質問してきたところ、XはKに告白すべきだという意見は3分の1程度と少なく、告白すべきでないという意見が3分の2程度と多かった。やはりこれは、人間関係にできるかぎり波風を立てたくないという最近の若者の風潮を表しているのだろうか……。
ちなみに、Kは大学では基本的にいつでも親友のJと一緒にいるわけだから、XがKに告白するといっても、Kだけを呼び出すことさえ容易ではないはずである。
ところが、ある学生は「いやいや、XがJにバレずにK1人だけをうまく呼び出す方法があります」と言った。「Jの誕生日にサプライズでプレゼントしたいから、Jの衣服や化粧品の好みをよく知るKに買い物に付き合ってほしいと頼めばよいのです」というわけである。
買い物が終わったら、お礼をしたいからとKを雰囲気のよいフレンチレストランに連れていき、ワインを飲みながら告白する。もしKがXの誘いに乗ってくれば、その時点で「二股」が成立する。その場合、Kは親友のJを裏切ったとは誰にも言えないはずだから、その後もXは二股を続けられるはずである。一方、もしKが誘いを断ったら、「ワインで酔ったみたいで変なこと言ってゴメン。Jには黙っておいて」と頼めばよいというのである。
別の学生は「そんなまどろっこしいことをしないで、Xは男らしく、JとKの目の前で正直にKのことが好きになったと言えばいいじゃないか」と言った。周囲が「エー、それは修羅場になるでしょ!」と言うと、彼は「それでいい。おそらくJとKは怒って席を立ち、Xは一人ぼっちになるだろう。それでも半年も続いているモヤモヤから解放されるから、スッキリできるじゃないか」と言いながら自分で頷いている。
どちらかというと、男子学生からよく出てくる意見は、「Jという彼女がいるだけでもありがたいことなのに、そのうえKに目移りするとは、許せませんな。僕ならXに修行の旅に出ろと言ってやりますね」というタイプである。「旅」の代わりに「学問」や「バイト」など、要するに何かに没頭して、Kのことは忘れろという趣旨である。
「今のXの脳内は、JとKとの三角関係で一杯になっていますね。だから、2人から距離を置くとか、会う間隔を空けるというアイディアもわかりますが、僕だったらXに風俗に行けと勧めますね。世の中には、こんなにさまざまな女性がいるということを知れば、思い詰めている精神状態も落ち着いてくるはずです」という意見もあった。
●東大生の論理
実は、東京大学で「記号論理学」の授業を担当していた際、この学生の相談についてクラスで話したことがある。
東大生の反応は、予想に反して大喜びだった! 理系の学生から「JとKって自然数の省略なんですか」という質問が出たので、「違う、違う。Jはジュンコで、Kはケイコ。ちなみにXはテツオなんだ」と答えると、クラスはドッと笑った(ただし、これらも実名ではない)。
さて、東大生のクラスで挙手を求めると、XはKに告白すべきだという意見が約3分の1、告白すべきでないという意見が約3分の1、そのどちらにも直接的には当てはまらない意見が約3分の1という具合に、きれいに3等分された。とくに、その第3の意見には、個性的なものが多かった。
「僕だったら、Xの代わりにKに告白してやると言ってKのところに行って、Kを奪い取ります。なにしろ僕は、クールなお姉系が好きなもんですから」とか「僕だったらXと一緒になって、JとKと4人で付き合ってみたいですね」とか「Xには、JのこともKのことも忘れて、オレと男同士で付き合おうと言います」など……。
「人道的か非人道的かを問わなければ、『源氏物語』のようにKの親戚の少女を引き取って自分好みに育てればよい」とか、夏目漱石の『こころ』のような意味で「Xは自殺すべきだ」という意見もあった。その趣旨はともかく、このような文学作品を即座に連想できること自体、教養の幅広さを示しているといえるかもしれない。
なかでも私が感心したのは、次の解答である。
●状況を整理して図式化する!
ある東大生は、次のように言った。「要するに、Xの直面している問題は、Kに告白するか否かということです。よって、XのJに対する愛情をa、XがJとKの友情を重んじる気持ちをb、XのKに対する愛情をcとおけば、
c≧a+b ならば XはKに告白すべきであり、
c<a+b ならば XはKに告白すべきでない、
という結論になります。僕だったら、Xにこの不等式を見せて、自分の気持ちをよく見極めてa、b、cに点数を代入し、どちらなのか導けと言いますね……」
この解答では、Xの置かれた立場が主要な3つの要因に基づいて記号で整理されていると同時に、可能な選択肢が不等式に集約されている。とくに複雑な人間関係に直面している状況下では、「状況を整理して図式化する」こと自体になかなか気がつかないものだが、具体的な対応策を考えるためには、この方法が非常に有益である。
論理的思考の原点にあるのは、このように論点を整理して、自分がどこに価値を置いているのか(この場合は、Xがa、b、cにどのような点数を代入するのか)を見極めることにある。結果的に自分自身の価値観を見極めることにもなるため、自己分析にも繋がるわけである。
●与えられた条件すべてを満たす方法を発見する!
別の東大生が、新たな解答を導いた。彼は、「XはすでにKを愛しているんですよね? それならば、この件を解決するためには、結果的にXとKが結ばれればよいわけです。ただし、そこでJを傷つけてしまっては困るし、JとKの友情も大事にしなければならないというわけだから……」と独り言のように言った後、「ウーンと、うまい方法が浮かびました」と叫んだのである。
「僕だったら、イケメンYを雇ってきて、YにJを誘惑させろとXに言いますね。そこでYとJが交際するようになれば、XはJにフラれる形になるわけですから、Jを傷つけることになりません。むしろ、その状況を見ているKはXに同情するはずですから、Kの方からXに自然に近づいてくる可能性さえ生じます。このようにしてXとKが交際を始めたとしても、JとKの友情が壊れることもない。全員が、メデタシ、メデタシというわけです……」
この東大生の解答は、実際にどのような状況になれば与えられている条件をクリアできるか、その方法を発見することに視点を置いて初めて思い浮かぶものである。つまり、これまでの解答とは違って、「与えられた条件すべてを満たす方法を発見する」ことに重点が置かれているわけである。
もちろん、イケメンYにJを誘惑させるという道徳的な大問題は発生するが、三角関係の3人のシステムだけでは解決できない状況に4人目を加えることによって事態を進展させるという意味では、最も計算し尽くされたシナリオといえるかもしれない。
●三角関係の組み合わせ
さて、実は論理的に整理してみると、この相談に登場する人物XとJとKが、結果的に何らかの意味で「人間関係が成立する」(○)か「人間関係が成立しない」(×)かの組み合わせは、次の表のように全部で8通りしかない。
もちろん「人間関係が成立する」といっても、同性間においても異性間においても、単なる知人関係や友情関係もあれば恋愛関係もあり得るし、その関係の深さや継続期間にもさまざまな可能性がある。とはいえ、結果的にXとJとKがどのような人間関係に収束するのかという意味で表を見渡すと、8通りの組み合わせのどれかに含まれることがわかる。つまり、この表は三角関係のあらゆる組み合わせをカバーしているわけである。
「ケース1」は、XとJ、XとK、JとKのすべての人間関係が成立する場合を示している。現在のXとJは恋人関係にあり、XとKは友人関係にあり、JとKは親友関係にあるわけだから、現状は「ケース1」の1つの解釈例といえる。
この3つの関係が変化して、すべてが挨拶程度の知人関係に移行する場合も生じうるし、すべてが濃密な恋愛関係に移行するような場合(JとKのレズビアン関係も含む)も想定できるが、いずれにしても、三者三様の人間関係が何らかの意味で成立している場合と解釈できる。
「ケース2」は、XとJ、XとKの人間関係のみが成立する場合を示している。たとえば、XがJとKと二股をかけて交際し、JとKの友情が壊れてお互いに遠ざかるような状況が考えられる。
「ケース3」は、XとJ、JとKの人間関係のみが成立する場合を示している。これは、たとえばKが空気を読んでXの前からは立ち去るような状況と解釈できる。
「ケース4」は、XとJの人間関係のみが成立する場合を示している。これは、たとえばXがKに告白した結果、Kがそれを断り、さらにKとJの友情も壊れて、KがXとJの前から立ち去るような状況と解釈できる。
「ケース5」は、XとK、JとKの人間関係のみが成立する場合を示している。これは、XがJと別れてKと交際し、Jもそれを認めてJとKの友情は継続するような状況と解釈できる。
「ケース6」は、XとKの人間関係のみが成立する場合を示している。これは、XがKに告白した結果2人が交際することになり、JがXとKの前から立ち去るような状況と解釈できる。
「ケース7」は、JとKの人間関係のみが成立する場合を示している。これは、たとえばXがKに告白した結果、2人の女性が友情を保ちつつ、Xの前から立ち去るような状況と解釈できる。
「ケース8」は、すべての人間関係が成立しない場合を示している。いろいろな経緯を経て、結局全員がバラバラで一人ぼっちになるような状況と解釈できる。
さて、そもそもXの私に対する質問は、「どのような行動を取るのが論理的なのでしょうか?」というものだった。そして、私の回答は、Xが具体的にどのような行動を取ったとしても、一定期間を経た後、XとJとKの三者は、これら8通りの人間関係の組み合わせのどれかに必ず収束しているはずであり、「論理的」に言えるのはそれだけだということだった。
すでに多くの学生の意見にあったように、Xが実際にどのような行動を取るかについては無数の可能性があり、そのそれぞれに対するJとKの反応に応じて、さらに未来は無数に枝分かれしていく。しかし、3人の人間関係の「構造」そのものは、常に「論理的」に8通りのどれかに収まるわけである。私がXに伝えたかったのは、その全体像を意識することによって「大局観」を磨けば、最終的な選択の大きなヒントを得られるのではないか、ということだった。
それでは、現実のXとJとKは、その後どうなったのか? その結果については、読者のご想像にお任せしよう。
●ロジカルコミュニケーションの第1歩は整理すること!
さて、ここで読者には、改めて最初のXの相談を振り返っていただきたい。混沌とした人間関係の原点ともいえる「三角関係」の状況に対して、多種多彩なアイディアが提案されてきたが、後半になるにつれて問題が整理されてきたことがわかるだろう。
「論理的思考」などというと、小難しい理屈ばかりを並び立てて重箱の隅を突くようなイメージを持たれるかもしれないが、実は「論理的思考」とは、思考の筋道を整理して明らかにすることであって、むしろ発想の幅を広げ、それまで気がつかなかった新たな論点の発見に繋げる思考法なのである!
参考文献
高橋昌一郎『哲学ディベート』NHK出版(NHKブックス)2007年
高橋昌一郎『東大生の論理』筑摩書房(ちくま新書)2010年
高橋昌一郎『自己分析論』光文社(光文社新書)2020年
イラスト・題字:平尾直子
高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)
國學院大學教授・情報文化研究所所長。専門は論理学・科学哲学。主要著書に『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『実践・哲学ディベート』(NHK出版新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など多数。
動画【ロジ研#1】ロジカルコミュニケーション入門【第1回】のご案内
本連載の内容について情報文化研究所の研究員たちがディスカッションしています。ぜひご視聴ください!
https://note.com/logician/n/ndb054bab6aec