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連載 ロジカルコミュニケーション入門――【第8回】多種多彩な「論証」を使ってみよう!

●本連載では「ロジカルコミュニケーション」を推進する哲学者・高橋昌一郎が、まったくの初心者に論理的思考の基礎から応用まで、わかりやすく明快に解説します。
●「ロジカルコミュニケーション」は、論理的思考に基づくスムーズなコミュニケーションを意味します。固定観念や偏見に陥らず、多彩な論点を浮かび上がらせて、双方の価値観をクールに見極めるコミュニケーション・スタイルです。
●なぜかコミュニケーションが苦手、他者との距離の取り方が難しいなど、コミュニケーションに問題を抱えていたら、抜群の効果があります。「ロジカルコミュニケーション」で人生が劇的に好転します!
●本連載は情報文化研究所主催のオンライン講座「ロジカルコミュニケーション入門――はじめての論理的思考」と連動しています。どなたでも情報文化研究所に会員登録(一般会員・学生会員)すれば、毎月第2日曜日11時より開催中のライブ講座を受講できます。ぜひご参加ください!
https://note.com/logician/membership/info 
●本連載に関するご意見やご質問にはnote「動画【ロジ研#8】ロジカルコミュニケーション入門【第8回】」のページで高橋昌一郎および情報文化研究所研究員が直接お答えします。ぜひこちらもご活用ください!
URL: https://note.com/logician/n/n75b56bbdbc49

●論理的思考の意味

 本連載【第1回】「論理的思考で視野を広げよう!」では、「論理的思考」が「思考の筋道を整理して明らかにする」ことであると解説した。たとえば「男女の三角関係」のように複雑な問題であっても、思考の筋道を整理して明らかにしていく過程で、発想の幅が広がり、それまで気づかなかった新たな論点が見えてくる思考法である。
 【第2回】「論理的思考で自分の価値観を見極めよう!」では、「ロジカルコミュニケーション」によって新たな論点を探し、反論にも公平に耳を傾け、最終的に自分がどの論点を重視しているのか、自分自身の価値観を見極めることの意義を説明した。
 【第3回】「論点のすりかえは止めよう!」では、「ロジカルコミュニケーション」の大きな障害になる10の代表的な「論点のすりかえ」について具体的に紹介した。日常的にできる限り論点のすりかえを止めるだけでも、コミュニケーションはかなりスムーズで建設的になるはずである。
 【第4回】「白黒論法に注意しよう!」では、とくに詐欺師がよく使う「白」か「黒」しか選択の余地がないと思わせる「白黒論法」を解説した。相手が「白黒論法」のような「二分法」を押し付けてきた場合、命題を整理すると実際の組み合わせは2通りではなく4通りであることが多いことに注意してほしい。
 【第5回】「『かつ』と『または』の用法に注意しよう!」では、日常言語では曖昧になりがちな「~ではない(否定)」と「かつ(連言)」と「または(選言)」の組み合わせについて、「論理的結合子」を用いて記号で処理すると、論理的に厳密に表現できることを解説した。
 【第6回】「『ならば』の用法に注意しよう!」では、日常言語では曖昧になりがちな「ならば(条件)」および「逆・裏・対偶」が、「論理的結合子」を用いて記号で処理すると、論理的に厳密に表現できることを解説した。
 【第7回】「明確に「論証」してみよう!」では、日常言語では曖昧になりがちな「話の正しい筋道」が、アリストテレス以来の「論証」という概念で論理的に厳密に表現できることを解説した。論証には、モダス・ポネンスやモダス・トレンスのように「妥当」なものと、後件肯定虚偽や前件否定虚偽のように「妥当ではない」ものがある点に注意してほしい。

●仮言三段論法

 今回のテーマも、引き続き「論証」である。アリストテレス以来、引き継がれてきた伝統的な「論証」のすばらしさに触れてほしい。
 
 次の論証形式は、「仮言三段論法(hypothetical syllogism)HS」と呼ばれる。


 記号では、次のように表せる。


 ここで、命題Pに「彼が犯人である」を、命題Qに「彼は犯行現場にいた」を、命題Rに「彼の指紋が犯行現場にある」を代入してみよう。仮言三段論法が、犯人を立証するための論証として用いられていることがわかるだろう。

 

 仮言三段論法は、妥当な論証である。したがって、前提1と前提2がともに真であれば、結論も真でなければならない。つまり、「もし彼が犯人ならば、彼は犯行現場にいた」ことが事実であり、「もし彼が犯行現場にいたならば、彼の指紋が犯行現場にある」ことが事実であれば、「もし彼が犯人ならば、彼の指紋が犯行現場にある」という結論も、事実でなければならない。
 
 ここで読者には、仮言三段論法の論証が妥当であることを証明してほしい。注意してほしいのは、この論法では登場する命題がPとQとRの3つになったため、真理表の組み合わせも2の3乗で8通りに増える点である。


 まず、前提1 の「P⇒Q」が真なので、真理表の第1行・第2行・第5行・第6行・第7行・第8行が相当する。次に、前提2 の「Q⇒R」が真なので、真理表の第1行・第3行・第4行・第5行・第7行・第8行が相当する。その両方を満たすのは真理表の第1行・第5行・第7行・第8行であり、そこで結論「P⇒R」はすべて真になっている。したがって、すべての前提が真ならば、結論も必ず真なので、仮言三段論法は妥当な論証である。

●選言三段論法

 次の2つの論証形式は「選言三段論法(disjunctive syllogism)DS」と呼ばれる。 


 記号では、次のように表せる。


 読者には、選言三段論法が妥当であることを証明してほしい。真理表から明らかなはずである。


●加法

 次の論証形式は「加法(addition)Add」と呼ばれる。

 

 記号では、次のように表せる。

 

 選言の真理表から、Pが真であることが与えられると、その命題に任意の命題Qを加えても真になる点に注意してほしい。したがって、この論証が妥当であることは明らかだろう。
 
 ここで、命題Pに「今日が日曜日である」を、命題Qに「今日は水曜日である」を代入してみよう。「今日が日曜日である」が真である以上、「今日は日曜日であるか、または水曜日である」は真になる。
 
 命題Qが「私は空を飛べる」のように偽の命題であっても、「今日が日曜日である」が真であれば、「今日は日曜日であるか、または私は空を飛べる」は真になる。

●単純化

 次の2つの論証形式は「単純化(simplification)Simp」と呼ばれる。


 記号では、次のように表せる。


 単純化が妥当な論証であることは、真理表から明らかだろう。


●乗法

 次の論証形式は「乗法(conjunction)Conj」と呼ばれる。


 記号では、次のように表せる。


 この論証が妥当であることも、連言の真理表から明らかだろう。

●構成的ジレンマ

 次の論証形式は、「構成的ジレンマ(constructive dilemma)CD」と呼ばれる。


 記号では、次のように表せる。


 「構成的ジレンマ」は、日常生活で非常に多く用いられる論法である。たとえば、次のような状況を考えてみよう。


 一般に「ジレンマ」とは、ある立案に対して2つの選択肢が存在するにもかかわらず、そのどちらを選んでも何らかの不利益が生じるため、判断を決めかねて「葛藤」の生じる状況を指す。
 「構成的ジレンマ」は、そのような状況を論理的に明確に整理する際に効果を発揮する。たとえば、次のような政治的決断を下さなければならないような場合である。


 読者には、①P、Q、R、Sに適切な命題を代入して自然な論証を構成し、②この論証が妥当であることを証明してほしい。

●ロジカルコミュニケーションの第8歩は多種多彩な「論証」を使用すること![第1歩~第7歩は、本連載第1回~第7回参照]

 これまでに8つの「妥当」な論証形式「MP、MT、HS、DS、Add、Simp、Conj、CD」を紹介してきた。記号化されているため、最初は戸惑う読者もいるかもしれないが、これらを自在に使いこなせるようになれば、日常の議論にも大いに役立つので、ぜひ頭に叩き込んでほしい!

参考文献
高橋昌一郎(著)『東大生の論理』筑摩書房(ちくま新書)、2010年
高橋昌一郎(著)『20世紀論争史』光文社(光文社新書)、2021年
高橋昌一郎(監修・著)/山﨑紗紀子(著)『楽しみながら身につく論理的思考』ニュートンプレス、2022年
スマリヤン(著)/高橋昌一郎(監訳)/川辺治之(訳)『記号論理学』丸善、2013年

イラスト・題字:平尾直子

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高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)
國學院大學教授・情報文化研究所所長
専門は論理学・科学哲学。主要著書に『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『実践・哲学ディベート』(NHK出版新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など多数。

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