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体調不良を乗り切るアイテム――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今月は、春の天候不順に悩まされた柚木さんを支えた、ある食べ物についてのお話です
※当記事は連載の第38回です。最初から読む方はこちらです。


#38  ゼリーミシュラン

 寒暖差とともにスタートした新年度。明け方、気温が上昇してくると咳が止まらなくなり、跳ね起きる。毎日毎日なんか疲れているなあと思っていたら、子どもの発熱をきっかけに一気に体調が崩れ、GWに一家全員で寝込むこととなった(連載を追っている方ならご存じと思うが、私は割とよく体調を崩す)。色々と予定があったのに悔しい。寒かったり暑かったりする時にうまく脱ぎ着ができず、子どもの健康管理もそうだし、自己管理が甘かった反省もある。普段なら落ち込むところだが、なにしろ誰もが納得するこの天候不順なので、もう仕方ないという気持ちが勝ってもいる。
 家族それぞれ症状が微妙に違うが、私はまず喉が死ぬほど痛いので、スーパーやコンビニであらゆるゼリーを買い込んで、ゼリーと素麺だけを口にしている。頭が痛いので本が読めない。家族にケアされつつも、ケアしなくてもいけない状態なので、本当になにもできない。だからもう、全部あきらめて、あらゆる市販ゼリーを食べまくってゼリーミシュランを自分の中で開催することにした。
 私も成長した。ちょっと前なら、具合が悪い中でもなにかやろうとしたりして、かえって体調の回復を遅くしたりはしなかっただろうか。
 コンビニに並ぶパウチゼリーは、だるい時はありがたいので、色々試したが、「森永製菓inゼリー フルーツ食感 メロン味」が、一番口に合い、喉の腫れが引くまで飲み続けることにした。瓜のはかないながらも明るい香りがして心なしか繊維のような質感もある。食欲がない時でもするする体に入るのはもちろんのこと、メロンというところにトキメキがあり、落ち込みがちな数日をずいぶん支えてくれた。そういえば、九十年代、ウイダーinゼリーが浸透してきた頃、木村拓哉がCMキャラクターを務めているせいもあって、片手でねじ込めるゼリーは最高にクールな食べ物だったが、当時は確か200円で、高校生にはかなり高級だったため、一瞬で飲み切ってしまうと、なんだか怖くなったものである。
 明治の「即攻元気ゼリー」は美味しいとか美味しくないとかではなく、その活字をグッと飲み干すようなつもりで、何度も手に取ってしまう。
 さて、カップタイプだと、ダントツで良かったのが、スーパーに積まれていた「因島のはっさくゼリー」である。実は、NHK「100分de名著」番組関連の依頼で、林芙美子に関する講演会で尾道を訪れた時、関係者の方にいただいたことがある。帰宅後に冷やして食べた時、その美味しさに感激したのだった。ヘロヘロの体調での買い出し中、よく行くスーパーで記憶に残るあのユーモラスなパッケージを見つけたので、運命を感じて手に取った。
 このゼリーの良さは、ゼリー部分が透明で、ある程度の硬さがあり、キリッと立ち上がって形がしっかりしている点だ。カップの蓋を外した時、バシャバシャとシロップが溢れないところもいい。ゼリー部分に具の果実と同じ風味がついているものが多いが、私の好みとしては昔ながらの澄んだ無色のゼリーに、独立した状態の果実が入っている方が、ゼリー部分と果実部分、混ぜ合わせた部分、三種類が楽しめる。さらに、具のはっさくがかなり生の味わいに近いというか、コンポート感があまりなく、苦味もほのかに残るフレッシュさをとどめているところも評価したい。小さいサイズも、あまり食欲がない時にはむしろありがたい。
 さて、ゼリーと一緒に唯一これだけ食べられるというものがあり、それが柴崎友香さんに毎年いただいている小豆島の素麺である。この素麺はかなり太くて、パスタのように調理する人もいるらしい。私はいつも二把茹で、冷水で洗い、出汁醤油と大根おろしと梅肉、紫蘇とネギを乗せてよく混ぜて啜る。歯応えのある冷たい麺を噛んでいると、痛さで熱くなっている口腔内がちょっと冷えて、感覚が戻ってくる。麺が滑り落ちていく一瞬だけ、喉の痛みが癒やされ、梅の酸味で味覚が刺激される。
 まだ体調が本調子ではないが、お気に入りも色々見つけたことだし、この四つでしばらくは乗り切れるような気もしているのである。

次回の更新予定は6月20日(木)です。

題字・イラスト:朝野ペコ

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講演会「柚木麻子さんと考える シスターフッドのこれまでとこれから」開催決定
女性同士の連帯(シスターフッド)を軸に、ご自身の著作活動や出産・子育て経験を交えながら、ジェンダーや社会問題への思いについて、柚木さんが講演します。

日時:6月22日(土)14:00~15:30
会場:千代田区役所401会議室(区役所4階)、またはオンライン(Zoomウェビナー)
定員:会場50名、オンライン80名(申込順/ 区内在住・在勤・在学者を優先)
お申込み・お問い合わせ:千代田区男女共同参画センターMIWミュウ
千代田区九段南1-2-1 千代田区役所10 階
電話:03-5211-8845 FAX:03-5211-8846
Eメール:miw@city.chiyoda.tokyo.jp 

開館時間:月~金・9:00~21:00 土・9:00 ~17:00(日曜・祝日休館)
企画展示「女子の学びを切り拓いた女性たち~小説『らんたん』の登場人物から」も同時開催

当サイトでの連載を含む、柚木麻子さんのエッセイが発売中!
はじめての子育て、自粛生活、政治不信にフェミニズム──コロナ前からコロナ禍の4年間、育児や食を通して感じた社会の理不尽さと分断、それを乗り越えて世の中を変えるための女性同士の連帯を書き綴った、柚木さん初の日記エッセイが好評発売中です!

プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)

ゆずき・あさこ 1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『らんたん』『オール・ノット』、初の児童書『マリはすてきじゃない魔女』(エトセトラブックス)など著書多数。3月21日に最新刊『あいにくあんたのためじゃない』(新潮社)が発売。

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