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経営学の見方を変えるパンクな2冊の邂逅――高橋勅徳×稲岡大志×朱喜哲 イベントレポート①

マネジメントや経営学の理論が至るところで実装された社会で、私たちはどのように生きていけばいいのか? 今年刊行された2冊の本を手掛かりに、気鋭の経営学者と哲学者が語り合いました。満員となったイベントの様子を3回に分けてお届けします。


朱喜哲 これから始まりますのは『アナーキー経営学』(NHK出版新書)と『マネジメント神話』(明石書店)の刊行を記念したイベントです。「アナーキー」は言わずもがなですが、こういう場合の「神話」は悪口と相場が決まっていますので(笑)、どちらも主流派的な経営学やマネジメント理論に対して反旗を翻す本と言えそうです。
 まず、なぜ私がここにいるのかという話ですが、『マネジメント神話』の帯文を書かせていただいた縁があります。私自身、「哲学者」と「ビジネスパーソン」という二つの顔付きがあるのですが、『マネジメント神話』の著者も似たような立場でして、たいへん興味深く拝読しまして、僭越ながら推薦させていただきました。
 ところで、最近私は『人類の会話のための哲学』(よはく舎)という本を出しまして、そこで「〈人類の会話〉の守護者」などと壮大なことを言っております。ですので、本日は二人の会話が途絶えることがないよう守っていくことが私のミッションだと考えています(笑)。前置きはこれくらいにして、パンキッシュな二冊の本について、両先生からお話をうかがいたいと思います。
 では、稲岡さんからお願いします。

稲岡大志 『マネジメント神話』の翻訳をした稲岡です。普段は大学に勤めていて、17世紀ヨーロッパ哲学の研究、とくに「微分・積分をつくった人」として世間的に知られるライプニッツという数学者・哲学者の研究をしています。アニメーションの哲学や、アカデミアの中と外の哲学をつなぐ活動も少しやっています。
 『マネジメント神話』著者のマシュー・スチュワートは、オックスフォード大学でニーチェとドイツ観念論の関係についての研究で博士号を取った人です。大学の先生にはならず、経営コンサルタントの道に進むんですね。著述業もしていて、『宮廷人と異端者』(書肆心水)は結構な名著です。
 『マネジメント神話』は、マシュー・スチュワートのコンサルティング経験とマネジメント理論の批判的解説が並行して語られる本ですが、コンサルティング経験の自分史が、マネジメント理論の展開史をなぞっていて、少しひねった構成を採っています。
 マネジメント理論の分野、そしてそれを打ち立てた理論家が取り上げられ、基本的には批判的に検討します。いわゆる「教祖ビジネス」としてのマネジメント理論を小馬鹿にしたり、皮肉ったりしていて、なかなか性格が悪い(笑)。批判の内容については、お読みになっていただければと思います。ちなみに、日本ではものすごく影響があるドラッカーは、この本の中では雑魚キャラ扱いになっていたりして、そのあたりも面白いかもしれません。

 ありがとうございました。それでは高橋先生お願いします。

高橋勅徳 多くの方にとっては「婚活の先生」として世を騒がせている高橋です(笑)。東京都立大学で経営学を教えていて、2018年ぐらいまでは大真面目に経営学の研究をしていました。「難しい、分厚い、読めへん」という論文や学術書を連発していたのですが、『婚活戦略』(中央経済社)という本を書いた頃から心を入れ替えまして、それが『アナーキー経営学』につながっています。
 先に『マネジメント神話』の話をさせてもらいますが、経営学には類似したコンセプトの本がいくつかあります。つまり、経営学という学問の根本的な価値を問うような本ですね。まず挙げられる本がヘンリー・ミンツバーグの『MBAが会社を滅ぼす』(日経BP)、次がデニス・トゥーリッシュの『経営学の危機』(白桃書房)、そして『マネジメント神話』もこの系譜に連なります。
 この三冊を並べた時、一番いいのは『マネジメント神話』だと思います。なぜかというと、先ほど稲岡先生もおっしゃったように、経営学の理論家が「教祖」になって、それがビジネスになっているという様相を本の中で暴くと同時に、自分(マシュー・スチュワート)がそこに染まっていく過程を描いているのが面白い。『MBAが会社を滅ぼす』は「教祖」と「信者」のための本で、ミンツバーグのことを信じる人が共感するような本になっているし、『経営学の危機』は言ってみれば内部告発で、結局は研究者が象牙の塔にまた戻っていくため本という側面がある。どちらの本も、学問としての経営学とは何だったのか、という問いまで行っていない気がします。
 その点、稲岡先生が翻訳された『マネジメント神話』はマネジメントの理論と実践の齟齬をうまく捉えている。もちろん学説史としてもきっちり書かれていて、非常に勉強になります。学説史の教科書としては、北野利信『経営学説入門』(有斐閣)という非常に評価の高い本がありますが、これとあわせて読むと『マネジメント神話』は非常に味わい深いじゃないんかと思いますね。できれば『アナーキー経営学』も忘れずに(笑)。

稲岡 私は大学では経営学部に所属していて同僚には経営学者が多いのですが、私自身は哲学者です。なので、経営学については素人なんですが『アナーキー経営学』はすごく面白く拝読しました。端的に、こういう現象がこうやって説明されるのかという学びがありますよね。
 それに「現代の経営学の主流はこうだ」といった情報も提供してくれるし、新書なのに――と言うといろいろな人を敵に回しそうですが(笑)――、出典や文献案内がちゃんと付いているのも非常に良い。経営学を学ぼうとする大学一年生に推薦できる本なのかなと思います。
 それと、著者の自分史と経営理論の解説が混在していて、そのあたりは『マネジメント神話』と共通点を感じました

高橋 ありがとうございます。僕も『マネジメント神話』を読んで、自分史を含めた書きぶりが世界的潮流なんだと勇気をもらいました(笑)。

稲岡 少し自分の話をしますと、私は「信頼」に関する研究をしています。年内には皆さんに信頼に関する入門書の翻訳がお披露目できると思うのですが、つまるところ、重要なポイントの一つは「信頼をどう担保するか」ということです。見知らぬ人との取引で、相手をどう信頼するか。どうすれば自分が信頼に足る人間だと思わせられるか。そういうところが哲学者として気になっています。
 『アナーキー経営学』では、「正当化戦略」とか「ソーシャル・イノベーション」といった学説が紹介されていますが、これも「信頼」の問題ですよね。経営学においても「信頼をどう担保するか」が学術的に論じられていることを知り、とても興味深く読みました。


誰もが無自覚に「経営」をやっている――高橋勅徳×稲岡大志×朱喜哲 イベントレポート②」へ続く

高橋勅徳(たかはし・みさのり)
1974年生まれ。東京都立大学大学院経営学研究科准教授。専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(経営学)。沖縄大学法経学部専任講師、滋賀大学経済学部准教授、首都大学東京大学院社会科学研究科准教授を経て現職。著書に『制度的企業家』(共著、ナカニシヤ出版)、『ソーシャル・イノベーションを理論化する』(共著、文眞堂)、『婚活戦略』(中央経済社)、『婚活との付き合いかた』(共著、中央経済社)、『アナーキー経営学』(NHK出版新書)など。

稲岡大志(いなおか・ひろゆき)
大阪経済大学経営学部准教授。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。専門はヨーロッパ初期近代の哲学、数学の哲学、アニメーションの哲学など。主な業績に、『ライプニッツの数理哲学――空間・幾何学・実体をめぐって』(単著、昭和堂)、『世界最先端の研究が教える すごい哲学』(共編著、総合法令出版)、『3STEP 応用哲学』(分担執筆、昭和堂)など。

朱喜哲(ちゅ・ひちょる)
1985年大阪生まれ。哲学者、大阪大学招へい准教授。大阪大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。専門はプラグマティズム言語哲学とその思想史。また研究活動と並行して、企業においてさまざまな行動データを活用したビジネス開発に従事し、ビジネスと哲学・倫理学・社会科学分野の架橋や共同研究の推進にも携わっている。著書に『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』(共編著、さくら舎)、『世界最先端の研究が教える すごい哲学』(共著、総合法令出版)、『在野研究ビギナーズ』(共著、明石書店)、『〈公正フェアネス〉を乗りこなす』(太郎次郎社エディタス)、『バザールとクラブ』『人類の会話のための哲学』(よはく舎)、『NHK100分de名著 ローティ「偶然性・アイロニー・連帯」』(NHK出版)、共訳に『プラグマティズムはどこから来て、どこへ行くのか』(ロバート・ブランダム著、勁草書房)など。

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