「日記の本番」10月 くどうれいん
小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。くどうさんの10月の「日記の練習」をもとにしたエッセイ、「日記の本番」です。
先行きが不安になると会社勤めの人たちと同じ行動をしたくなる。だから8時には家を出て、出勤ラッシュのスーツの波に飲まれながら作業場まで歩く。働いていた四年間は車通勤をしていて、いつも会社にいちばん近い駐車場に停めて、始業ギリギリの時間に滑り込むように到着していたから、実際はこんな風にたくさんの通勤者と共に歩いていたわけではない。しかし、会社があり、出勤がある人たちと共に歩いていると、自分がこれからしようとしている執筆が「業務」であると強く自覚することができて安心する。しかしまあ、会社勤めの人たちは本当に機械のような顔で機械のように歩いている、と、思ってしまったが、それはこちらがそういう風に見ようとしているだけだ。にこにこ歩いているほうがこわい。
ご職業は、と聞かれて「自営業です」と答えることにようやく慣れてきた。どういった、と踏み込んで尋ねられたときには「小説家です」と便宜上答えている。「作家です」と答えると、世の中の人は思った以上に「ハンドメイド作家」を思い浮かべるらしい。書いて食っている、ということを面倒な説明なしで答えようとすると「小説家です」と答えるのがいちばん手っ取り早いということになる。自営業だと答えると、相手がちょっと舐めてきているのがわかってしまうときがあってくやしい。わたしの見た目がよっぽど幼いのか、拙いのか、小説家ですと言うとたいてい「えっ」と硬直し、敬語がちゃんとした敬語になる。ほんとうにわたしが小説家だったとして、小説家というものはそんなに偉いのだろうか、といつも思う。
独立するとき、自分が独立するのがとてもこわかったのは、この田舎で育って、創作や制作をする自営業の人を見たことがほとんどなかったからだと思う。自営業と言えば農家か飲食店のことであり、ライターだのデザイナーだの編集者だのという職業の人は盛岡には一人もいないんじゃないかとすら思っていた。東京の友人たちはあくまで転職の一つのようにころっと独立したりしていたが、わたしはやはり会社勤めができる人のことをいちばんに「まとも」だと思っていた。フリーランスになるのは「社会に甘え妙な自己実現をしようとしている怪しい人」か、「よっぽど才能がある人」なのだと信じて疑わなかった。いまは自分一人で仕事をすることの厳しさを十分感じている。会社にいる中でも仕事ができる人でないと、フリーランスになってもうまくいかないということがよく分かった。経理と総務と営業をすべて自分でやるということだから当たり前なのだけれど、フリーランスに対してフーテンな印象を持ちすぎていた自分に反省している。働くってのはつくづく事務だ。どんな職になったとしてもわたしたちは事務から逃れることはできない。なんとか食らいついて自営業をやっているものの、いまのわたしは自分のことを十分に「社会に甘え妙な自己実現をしようとしている怪しい人」だと思うし、「よっぽど才能がある人」だとも、思っている。
わたしはいまでも会社に所属して働いている人がいちばんかっこいいと思っている。チームで働いて、判子でできることがきまる社会に対する濃い憧れがある。働くときに仲間がいるということの力強さに焦がれているのかもしれない。作家でいながらにしてどうやったらもっと「業務」らしく仕事をすることができるのか、もう一年以上ずっと模索しているが、書きたいというきもちや書けるという自信にはまったくもってむらがあるから、いまのように過労とバケーションを往復する生活に順応するほうが早いのかもしれない。
作業場にしているフリースペースはオフィスビルの中にあるので、オフィスで働く人々がたくさんいる。お昼になるとみなくたくたになりながらカップスープを食べたり、みかんを剥いたりして、深いため息をなんどもついて、やれやれとオフィスへ戻ってゆく。それがうらやましい。わたしはみかんの匂いとため息の充満した昼休憩終わりのフリースペースで、どうすれば「まとも」でいられるのかを考えている。
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タイトルデザイン:ナカムラグラフ
「日記の練習」序文
プロフィール
くどうれいん
作家。1994年生まれ。著書にエッセイ集『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD)、『虎のたましい人魚の涙』(講談社)、『桃を煮るひと』(ミシマ社)、絵本『あんまりすてきだったから』(ほるぷ出版)など。初の中編小説『氷柱の声』で第165回芥川賞候補に。現在講談社「群像」にてエッセイ「日日是目分量」、小説新潮にてエッセイ「くどうのいどう」連載中。東直子さんとの歌物語『水歌通信』が発売中。