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宇宙のすべてを記述する数式とは何か? 「万物の理論」の最先端をめぐる新刊『神の方程式』発売記念、著者ミチオ・カク氏特別インタビュー(前編)

本がひらく

たったひとつの方程式からあらゆる事象を導き出す――。そんな科学の究極の目標に、現代物理学はどこまで近づいているのか? “究極理論”の最有力候補とも言われる「ひも理論」研究の第一人者であるミチオ・カク博士が、過去の科学者たちの挑戦の物語から、最新研究の到達点と課題までをコンパクトに記した『神の方程式』の日本語版が発売になりました(斉藤隆央訳・NHK出版)。本書の刊行を記念して、zoomで行った著者インタビューを前・後編に分けて掲載します。
取材:大野和基


アインシュタインが目指したもの

――博士が理論物理学の革命的な進歩について一般向けに書くのは2005年刊の『パラレルワールド』(斉藤隆央訳、NHK出版。日本語版は2006年刊)以来のことです。その間も『サイエンス・インポッシブル』や『2100年の科学ライフ』、『人類、宇宙に住む』などの啓蒙書を発表されましたが、15年以上の年月を経て、今回あらためてご自身の専門である理論物理学の分野について、一般向けの本を書こうと思われたきっかけはありますか?
 
 私が『パラレルワールド』を書いたとき、ひも理論は黎明期で、まだ物議を醸していました。しかし現在では、ひも理論を根本原理とした、理論物理学のなかでも非常に大きな位置を占める一大分野が形成されるに至っています。このことを説明したいと考えたのです。
 すべては私が8歳のときに始まっています。一人の偉大な科学者が他界し、それを報じた紙面に写真が出ていました。誰も座っていない机のうえに書きかけのノートが置かれている。キャプションは、その科学者が手がけていた仕事を完結させられなかったと伝えていました。私はこのストーリーに魅せられたのです。
 現代で最も偉大な科学者が完結させることができなかったほど難解なこととはいったいなんだろう? そう考えて図書館に足を運び、その科学者がアルベルト・アインシュタインという人物であることを知りました。彼がノートに書こうとしていたものこそ“万物の理論”、アインシュタインいわく「神の心を読む」ことを可能にするような、せいぜい数cmほどの長さの“神の方程式”でした。星々や惑星、原子など、私たちの周りにあるこの多様な世界のすべてを統一する理論、たったひとつの方程式が、彼の究極の目標だったのです。

ひも理論とは何か?

 私は「ひも理論」が“万物の理論”の唯一にして最有力の候補だと考えています。「ひも理論」が現代物理学の最重要項目となったのは、私が『パラレルワールド』を書いた当時、最有力の理論は「ひも理論」になろうとしているところでした。ここで簡単に「ひも理論」とは何かをお話ししておきましょう。ひも理論は宇宙を構成する最小単位は極小のひもだとしています。そして「ひも理論」では宇宙を統一するパラダイムは“音楽”だとしています。振動しているひもが一本でも、振動のしかたによって異なる響きが生まれ、「ラ、シ、ド#」といった複数の音に対応します。たった一本のひもが、多様な振動によって、さまざまな粒子や素粒子になるのです。音楽は、全宇宙にある物質の膨大な多様性を説明できるほど豊かです。物理学は、極小のひもが奏でるハーモニーを書き表している――。ひも理論とはそのような理論なのです。 
 その考え方のなかでは、化学反応とは、このようなひもが互いに衝突して分子を形作ることなのです。すると宇宙はひもの“交響楽”で、アインシュタインの言った「神の心」は宇宙の音楽ということになります。神の心である宇宙の音楽によって、自然界のすべてをひとつにまとめられるようになるのです。

「マルチバース」を生んだひも理論

 「ひも理論」は純粋に理論的なものです。つまり、まだ実験によって証明されてはいません。それにもかかわらず、理論物理学の中心的存在となり、さらには、文化にまで浸透しています。
 アインシュタインは我々の宇宙をひとつの泡にたとえました。宇宙がひとつの泡だとするなら、その泡が膨張していると述べるのがビッグバン理論です。一方、ひも理論によれば、その泡はたくさんあることになります。私たちの宇宙は泡風呂のなかのひとつの泡にすぎないというのです。この考え方を「マルチバース(多宇宙)」と言います。
 こうしたマルチバースの考え方がポップカルチャーにも浸透しています。たとえば映画を観に行くと、スパイダーマンなどマーベル映画のヒーローを目にします。それぞれのヒーローは、今の私たちとは違う世界の存在なので、どのヒーローもマルチバースの世界に住んでいることになります。私たちはマルチバースという考え方から逃れられないのです。
 エンターテインメント界をも乗っ取ってしまったといえるこのマルチバースの概念は、もともとは物理学におけるまったく新しいアイデアとして登場したものなのです。
 
――『パラレルワールド』から『神の方程式』に至る十数年の間、理論物理学の分野は進歩を遂げています。カク博士がもっとも大きく変化・進歩したと思われるものは何でしょうか?
 
 「双対性」と呼ばれるものではないかと思います。双対性とは、まったく異なる二つの理論が、実は数学的に等価であるような性質のことです。「ひも理論」はひとつではなく、多くの顔を持ちながら、同じ理論なのです。
 「ひも理論」のひとつの顔は重力です。私たちをこの大地の上に立たせているだけでなく、太陽系を結びつけている、この重力のことです。一方、光は重力とはまったく違うものです。アインシュタインは、重力と光を統一しようとして失敗しました。しかし、現在では、重力と光が双対性の関係にあり、それによって統一できることが分かっています。
 双対性はひもに見いだせる数学的な性質です。それにより、ひも理論は単にひもに関係しているだけではなく、宇宙を明るくしている光の粒子などのゲージ粒子[編集部注:力を媒介する粒子で、たとえば電磁力なら光子]にも関係することがわかっています。たとえひも理論が嫌いでも、強い核力(*)や弱い核力、原子物理学の分野について研究している物理学者はひも理論を学ばなければならなくなっているのです。ひも理論が原子物理学に新しい見方を提供してくれ、また原子物理学はひも理論に対する別の見方にほかならないからです。このように、ひも理論は双対性の性質をもっているほど豊かな理論なのです。ひも理論には重力の顔があるように、強い核力の顔もあるということです。
 
*核力 原子核を構成する素粒子間に働く力のこと。「万物の理論」は、具体的には自然界に存在する四つの力(重力、電磁力、強い核力、弱い核力)をひとつの理論にまとめるものとして構想されている。

ひも理論は証明できるか?

――それでは、逆に「ひも理論」に依然として大きな問題があるとすれば、それは何でしょうか?
 
 「ひも理論」が正しいことをどのように証明するか、そこに大きな問題があります。ひも理論は、宇宙が唯一ではなく、いくつもの宇宙から成るマルチバースであると予測しています。すると、「へえ、それは理論の弱点になりますよね。もしマルチバースが泡風呂の泡のようにたくさんの宇宙だとするなら、どの宇宙が私たちの宇宙になるんですか?」と批判する人が出てきます。
 私の見方はこうです。ニュートンの運動方程式にはいくつの解があるでしょうか? 砲丸、ゴルフボール、ビー玉、惑星、恒星……そうした無数のものの運動がニュートンの方程式で表現できるので、解は無数にあるのです。ひも理論が無数の並行宇宙、すなわちマルチバースの存在を予測するのは、これと同じことなのです。ニュートンの方程式の解が砲丸かビー玉かで違うのだから、「どの宇宙が私たちの宇宙になるんですか?」と訊く人には、「どの宇宙にいたいのですか?」と問い返さないといけないのです。
 
――「マルチバース」の考え方が人々を惹きつけるのはなぜなのでしょうか?
 
 人々は「マルチバースはどこにあるのか?」と訊きます。「あそこですか? ここですか?どこですか?」。かつて私も、スティーヴン・ワインバーグに、「ほかの宇宙はどこにあるのか、説明してほしい」と頼んだことがあります。「エルヴィス・プレスリーがどこかの宇宙でまだ生きているとしたら、エルヴィスはどこで歌っているのですか?」
 ワインバーグはノーベル物理学賞を1979年に受賞した人物ですが、彼の答えは次のようなものでした。「リビングルームで、ラジオのスイッチを入れてみましょう。そこには、たくさんのラジオ番組の電波が飛び交っています。ラジオをつけると、そのうちのひとつの周波数に合わせることになります。他の周波数の電波も存在しますが、一度に合わせられるのはひとつの周波数の電波だけです」 
 ラジオの電波を物質の波に置き換えて考えてみましょう。私たちの周囲には無数の波が存在しています。恐竜の波、海賊船の波、怪物の波、エイリアンの波だってあるかもしれません。そういったあらゆる波がここに存在するとしても、私たちの「ラジオ」はそれらの周波数にチューニングされていないのです。私にとっては、この宇宙の、今年の、マンハッタンの波にしか合わせられていないということです。
 「どこかでエルヴィスが歌っているのなら、なぜ彼の歌が聞こえないのか?」
 その答えは、私たちが同じ周波数で振動していないから、ということになります。それがマルチバースの謎を解くカギなのです。量子力学ではすべてのものは振動しています。電子は振動します。原子も、分子も振動するのです。
 
*「物理学者にとって美とは何か?」をテーマにしたインタビューの後半を読む。

著者プロフィール
ミチオ・カク Michio Kaku

ニューヨーク市立大学理論物理学教授。ハーヴァード大学卒業後、カリフォルニア大学バークリー校で博士号取得。「ひもの場の理論」の創始者の一人。『アインシュタインを超える』(講談社)、『パラレルワールド』『サイエンス・インポッシブル』『2100年の科学ライフ』『フューチャー・オブ・マインド』『人類、宇宙に住む』(以上、NHK出版)などの著書がベストセラーとなり、『パラレルワールド(Parallel Worlds)』はサミュエル・ジョンソン賞候補作。本書『神の方程式(The God Equation)』は『ニューヨーク・タイムズ』紙ベストセラーとなり、Amazonで2,000件超の評価がつくなど、読者の圧倒的な支持を得ている。BBCやディスカバリー・チャンネルなど数々のテレビ科学番組に出演するほか、全米ラジオ科学番組の司会者も務める。最新の科学を一般読者や視聴者にわかりやすく情熱的に伝える著者の力量は高く評価されている。[著者サイト]www.mkaku.org
 
訳者プロフィール
斉藤隆央(さいとう・たかお)

翻訳家。1967年生まれ。東京大学工学部工業化学科卒業。訳書にミチオ・カク『パラレルワールド』『サイエンス・インポッシブル』『2100年の科学ライフ』『フューチャー・オブ・マインド』『人類、宇宙に住む』、フィリップ・プレイト『宇宙から恐怖がやってくる!』(以上、NHK出版)、ニック・レーン『生命、エネルギー、進化』、ポール・J・スタインハート『「第二の不可能」を追え!』(以上、みすず書房)、ホヴァート・シリング『時空のさざなみ』(化学同人)、ジム・アル=カリーリ『エイリアン』(紀伊國屋書店)、キース・クーパー『彼らはどこにいるのか』(河出書房新社)ほか多数。

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