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「NHK出版新書を探せ!」第8回 アメリカ例外主義に別れを告げて――三牧聖子さん(国際政治学者)の場合〔前編〕

 突然ですが、新書と言えばどのレーベルが真っ先に思い浮かびますか? 老舗の新書レーベルにはまだ敵わなくても、もっとうちの新書を知ってほしい! というわけで、この連載では今を時めく気鋭の研究者の研究室に伺って、その本棚にある(かもしれない)当社新書の感想とともに、先生たちの研究テーマや現在考えていることなどをじっくりと伺います。コーディネーターは当社新書『試験に出る哲学』の著者・斎藤哲也さんです。
 ※第1回から読む方はこちらです。

<今回はこの人!>
三牧聖子(みまき・せいこ)

1981年生まれ。高崎経済大学経済学部准教授。専門はアメリカ外交・平和思想研究。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学助手、米国ハーバード大学、ジョンズホプキンズ大学研究員、関西外国語大学助教などを経て現職。著書に『戦争違法化運動の時代――「危機の20年」のアメリカ国際関係思想』(名古屋大学出版会、アメリカ学会 清水博賞受賞)。訳書に『リベラリズム 失われた歴史と現在』(ヘレナ・ローゼンブラット著、川上洋平らとの共訳、青土社)がある。

戦間期に花開いたラディカルな平和主義――戦争違法化運動

――このインタビューは、ちょうどアメリカ大統領選挙が行われるころに掲載される予定です。それも多少意識しながら、今日はアメリカを中心に国際政治学を研究しておられる三牧さんに、マクロな視点からアメリカの国際関係思想についてお聞きできればと思っています。
 最初に、三牧さんの研究者としての歩みについて伺いたいのですが、2014年に上梓した『戦争違法化運動の時代』のあとがきにある、もともとは日本史研究者としてスタートしたという記述が目を惹きました。そこからアメリカ研究者に転じた経緯をお聞かせ願えますか。

三牧 卒業論文や修士論文の段階では、石橋湛山や吉野作造の対外論を研究テーマにしていたんです。当時の日本のリベラリストにとって、アメリカは大きな参照点になっていました。大正時代はアメリカの外交にとっても転換期となりました。教科書的には、アメリカは第一次世界大戦を契機に、孤立主義的な「旧外交」から世界に対して積極的にミッションを果たして民主主義を世界に拡張していく「新外交」へ転じていったと説明されます。その転換を担ったのが、第一次世界大戦の戦時指導を担い、戦後、国際連盟の創設(1920年)を主導したウッドロー・ウィルソン大統領でした。

 石橋湛山や吉野作造は、ウィルソンが掲げる「新外交」に日本も適応させていこうとしていた。しかし他方で、近衛文麿のように、アメリカが掲げる「新外交」を欺瞞だと冷めた見方をする知識人もいました。美辞麗句を掲げて他国を安心させておいて、結局アメリカは自国に有利な「平和」をつくりあげようとしているだけだ、戦後の国際秩序の実態はそれまでの帝国主義的なものと変わらないのだと。こうした彼らのアメリカ観の差異や分裂は、その後彼らが主張することになる対外政策論にも決定的な影響を与えたと思っています。このように研究を進めていくうちに、大正期の日本ではアメリカ外交の見方が分裂していたことがわかり、それならアメリカ外交そのものを知りたいという気持ちが高まっていったんです。

――『戦争違法化運動の時代』では、第一次世界大戦から第二次世界大戦までの戦間期に、アメリカで展開された戦争違法化運動を精緻に分析されています。本で中心的に取り上げられているのは、その時代に、あらゆる戦争を違法とする非常にラディカルな平和主義の思想を唱えたサーモン・O・レヴィンソンというシカゴの弁護士です。
 おそらく日本の多くの人は耳慣れない人物だと思いますし、私も本を読んで初めて知りました。アメリカ外交への関心から、レヴィンソンや彼が始めた戦争違法化運動に着目したのはなにかきっかけがあったのでしょうか。

三牧 ちょうどアメリカ外交に対する関心が高まったときに、交換留学制度を活用してイェール大学で研究する機会を得たんです。留学したのは、2006~2007年ですが、そのころアメリカでは長引くイラク戦争について盛んに議論されていました。その際に、イラク戦争という間違いを犯したアメリカが回帰すべき理想主義的な外交の原点として主張されていたのが、ウィルソンの外交でした。

 他方で、「中東の民主化」を掲げて、イラクへの軍事介入に突入していったブッシュ大統領は、非常に「ウィルソン主義」的な大統領だと言われていたんです。いったい「ウィルソン主義」というのは何だろうという疑問が深まりました。第一次世界大戦後の国際連盟創設や国際協調の代名詞のように言われることもあれば、イラク戦争のような単独行動主義的な行動にほかならない軍事介入の正当化にも使われるわけですから。

 米国の歴史では、軍事介入が失敗すると、その後は、「孤立主義」へと閉じこもる、ということが繰り返されてきました。イラク戦争が泥沼化する中でも、軍事介入はもう懲り懲り、「世界の警察」であるかのように振る舞うことはやめようという雰囲気が生まれました。しかし、ここで一つの疑問が生まれました。米国が世界との関係においてとりうる選択肢は、軍事介入か「孤立主義」かという極端な二択しかないのだろうか、という疑問です。
どちらのアメリカも、私たちには困りものです。アメリカが世界に関与するアプローチには、非軍事的なものも含めてもっと多様な選択肢があるはずだし、歴史的にみればアメリカ自身がそういう模索をしてきたんじゃないか。「介入か、孤立か」という単純なレンズでアメリカ外交の歴史をみることで、見落としてきてしまったものがたくさんあるのではないか。

こうした問いから、アメリカ外交の歴史に、非軍事的な外交思想の系譜を探る試みを始めました。こうした疑問を調べていくうちに、現代のアメリカで理想主義の代名詞とされているウィルソンよりもさらに理想主義的で、非軍事的な戦争違法化運動を展開したレヴィンソンという人物がいることがわかり、その思想や運動を探究することにしたんです。

戦争違法化運動の時代

三牧さんが2014年に上梓した著書『戦争違法化運動の時代』

アメリカの世界関与は両極化しやすい

――ウィルソン大統領というと、1918年に14か条の平和原則を発表するなど、国際協調主義の立役者のように思われていますが、三牧さんの著書や論考を読むと、それは単純化した見方だということがよくわかりました。

三牧 ウィルソンの平和原則では「民族自決」が有名ですが、ウィルソン自身はこれを広く、非西洋諸国にも適用されるものとして提示したわけではありませんでした。オーストリア=ハンガリー帝国下の諸民族の自治など、個別に言及されるにとどまっています。「新外交」といっても、ラテンアメリカに対しては「民主主義を教える」という傲慢な大義を掲げて武力介入を何度もしていますし、外交では美辞麗句を並べているけれども、ホワイトハウスに人種隔離政策を再導入するなど、人種差別的な大統領でもありました。彼の人種差別的な政策への批判は以前からありましたが、とうとう今回のBLM(Black Lives Matter)運動の高まりを受けて、学長を務めたプリンストン大学の学部やキャンパス内の建物からウィルソンの名前は外されました。

――著書では、戦間期という時代に、戦争の違法化が、戦争の廃絶という究極的な理想に向けた、現実的な第一歩として真剣に議論されていたこと、しかし戦後になると、戦争違法化を追求した人々は、あたかも戦争を法で禁ずるだけでそれが廃絶されると考えた夢想的な人々という形で批判の対象となり、レヴィンソンは専門家の間ですらほとんど注目されてこなかったことが指摘されています。

三牧 戦間期には第一次世界大戦への反省から、世界各国で平和運動が活発になりました。その集大成といえるのが、1928年に締結されたパリ不戦条約です。不戦条約では、国際紛争の解決や国策の手段としての戦争を放棄することを誓うもので、アメリカ、フランス、イギリス、ドイツ、イタリア、日本など、当時の主要国を含む15か国が調印しました。しかし第二次世界大戦が勃発し、米ソ冷戦が進むにつれ、現実主義の外交論が主流となり、不戦条約は否定的に評価されるようになります。つまり、武力を用いずに世界平和に貢献できるなんてお花畑のような理想主義である、結局、第二次世界大戦も防げなかったと。

――三牧さんの著書は、忘れ去られたレヴィンソンの戦争違法化思想に光を当て、世界との軍事的な関わり方を強めてきたその後のアメリカ外交や国際秩序のあり方を捉え直すことを狙いとしているように読めました。ただ同時に、本の終盤では、戦争違法化運動の限界として、彼らもまた、アメリカを唯一道義的に高潔な存在とみなして特別視する「アメリカ例外主義」や世界をアメリカ中心に考える傾向から抜けきれなかった点を挙げています。

三牧 現代、さらにこれからのアメリカ外交を考えるうえでも、非常に重要なポイントです。戦争違法化運動は、アメリカの世界に対する関与は、決して軍事力によるものだけではないこと、非軍事的な、多様な選択肢があることを改めて思い起こさせてくれる、貴重な歴史的・思想的資源であることは言うまでもありません。でも、いまおっしゃってくださったように、レヴィンソンが戦争違法化運動によってめざした国際平和とは、あくまでアメリカ中心。アメリカのリーダーシップの下で、アメリカの価値観に基づく平和を世界に拡張していこうという、アメリカ中心主義的な思想を原動力としていました。

 この点で、政治学者ルイス・ハーツの『アメリカ自由主義の伝統』(1955)というアメリカ政治思想の古典が参考になります。ハーツの中核的なテーゼは、アメリカはヨーロッパと違って封建制の歴史を持たず、最初から「自由」な国だったので、ヨーロッパのように保守主義vs自由主義といった対立はなく、自由主義の伝統しかない、そこで展開されてきた様々な思想的な対立はあくまで、大きな枠として自由主義を共有した上でのものだったというものです。

 自由主義の思想的伝統しかない国が世界と向き合ったとき、どういった反応が生まれるのか。ハーツはこの点でも示唆的な主張を展開しています。彼によれば、アメリカの世界関与は、二つの両極化した対応をとることになりました。一つは、汚れた世界からアメリカを隔離しようと引きこもる孤立主義です。しかしこうした孤立主義は、国際的な相互依存の深まりとともに不可能になっていきます。アメリカも世界に関与せざるを得ない。そこでもう一つの反応が生まれます。すなわち、世界全体をアメリカ好みに、アメリカ化するというものです。この二つの反応は、一見、遮断と関与という正反対のものに見えるけれど、アメリカの政治システムやそれが体現する価値観は世界で最もすばらしい、アメリカは変わらなくていい、変わらなければならないとしたらそれは世界や他国である、そうした認識において一致しているのですね。

 細かく見ていけば、ハーツの論にも突っ込むところはいろいろありますが、アメリカ外交の歴史的な、大きな傾向として、彼の指摘はいまも示唆的であり、思考の準拠点になると思います。

アメリカの若者たちの「逆・例外主義」

――ハーツ自身は、そういうアメリカ外交の傾向をどう評価していたんですか。

三牧 大事な点です。ハーツはそれを良しとはしていなくて、「アメリカのイデオロギーは世界で最もすばらしい」という独善的な観念を相対化して、他国の価値観をきちんと尊重し、世界と建設的な関わりを結べるようになってほしいというニュアンスで結んでいます。いまのアメリカの考えは若すぎる、ハーツ自身の言葉で言えば、「成年」になってほしい、と。
 ハーツが指摘するように、私もアメリカに、言葉の真なる意味で、国際協調主義や多国間主義はあったのかと疑問に思っています。国際協調主義の元祖とされるウィルソンだって、根本的には単独行動主義的であり、アメリカ中心主義的でした。アメリカの利益が深刻に損なわれない限りで世界と関わり、アメリカの価値観の普遍性を自明視していました。

 でも現在の世界を見ると、アメリカ中心主義や例外主義はもはや終わりを迎えつつあるようにも感じるんです。それを象徴するのが、自国に対する若い世代の評価の低さです。政治システムもボロボロで、社会保障もダメ。BLM運動が示したように、制度的に埋め込まれた人種差別がある。話題となった近著ではインドのカースト制度にもたとえられています。アメリカはこの100年くらいずっと、自分の国は世界における例外だ、どの国よりも卓越しているのだという認識でやってきた。そのアメリカで、「逆・例外主義」と言えるような、自国に対する肯定感が低い世代が生まれています。
  
21世紀に入ってからのアメリカを見れば、若者たちの自国への低い評価にも納得します。彼等は生まれたときから、アフガニスタンやイラクなどへのたび重なる軍事介入、その泥沼化を目撃し、辟易してきた世代です。成果に乏しい対外介入を続ける一方で、リーマンショックがあり、格差は拡大の一途をたどっている。この世代は、アメリカが弱体化していることを肌身でわかっている世代といえます。

―― 一概に比較できませんが、コロナ対応も決してうまくいっていませんよね。

三牧 今回の感染拡大も若い人の自国観に大きく影響しそうです。新型コロナ感染による死者はすでに、20世紀にアメリカが体験した多くの戦争の死者数を上回っています。アジア諸国はどこも、アメリカよりもうまく感染症に対応しています。ヨーロッパでもドイツは、メルケル首相のもとで適切な対応をとっている。生まれたときから戦争や経済危機で疲弊しているアメリカを見て育った若者たちは、「アメリカ例外主義」を自明のものとはせず、むしろ他国のいい点を学んでいく必要性を感じているのではないでしょうか。

 それはコロナ対応だけでなく、経済システムにもいえることです。実際、昨年の世論調査を見ると、若い人ほど社会主義をよいものと回答しています。これは何も、旧ソ連のような共産主義を支持しているのではなく、北欧のようなヨーロッパの社会民主主義的なシステムを評価しているわけです。

 日本から見ると、社会主義を唱えるサンダースはラディカルな左派のように見えるけれど、主張のひとつひとつを見ると、社会民主主義的な国なら当たり前のことしか言ってないんですね。国民皆保険制度がない国なんて、主要国のなかではアメリカぐらいです。だからサンダース的な主張は、若者にとっては別にラディカルなものではなくて、むしろ「なぜそれは今までアメリカになかったの?」というニュアンスで受け取られていると思います。

アメリカ外交論のゆくえ

――「アメリカ例外主義」というものが今、終わりつつあるとしたら、外交政策のあり方も大きく変わっていきそうな気がするんですが。

三牧 そこが難しいところで、若者は、アメリカが単独行動主義的にテロの脅威と戦い続けることには嫌気がさしています。20年間、テロと戦い続けても、いまだにテロをなくすことはできていない。だから国益を追求するにしても、これからは他国と協調して、敵をなるべくつくらない方法でやっていくべきだと考える。アメリカ人の国連嫌いも少しずつ変わってきていて、世論調査を見ても、国連に対する肯定的な感覚はむしろ高まっているんですね。

 ただ、サンダースのような左派は内政に関しては明確な主張をしているんですが、対外政策はあまり練れていないことも事実です。レヴィンソンの戦争違法化思想の弱点とも通ずるかもしれない。戦争はダメ、軍事介入はダメ、といったように、「何をしてはいけないか」は明確です。他方で、世界平和に向けて「何をしなければならないか」は、不明確なのです。軍事介入や戦争は、もちろん望ましいものではありませんが、では、それにただ反対していれば平和は築けるか、というほど甘い話ではない。アメリカでも、第二次世界大戦前、ナチス・ドイツが台頭したときに、同様の論争や葛藤がありました。戦争違法化論者も、ナチス・ドイツのような悪が跋扈していても、それでも戦争は違法である、軍事介入はダメだと言うのか、と問われました。この問題に、レヴィンソンたちも、きちんとした回答はできませんでした。

今日の米国の左派も、大規模な人権侵害が行われていたとしても、軍事介入はあくまで選択肢から排除するのか、という問いに明快な回答ができていません。この点は、「正しい戦争はあるのか」を問い続けてきた哲学者マイケル・ウォルツァーが『アメリカ左派の外交政策』で厳しく批判しているところです。

 このように課題はたくさんありますが、今後アメリカ外交が、若い世代の台頭とともに辿るであろう方向性については、私は期待を持っています。いまやアメリカだってグローバリゼーションの中に取り込まれ、一国ではさまざまなことを決めることができない。その反動でいまは少し内向きになってしまっているけれど、他方で、こうした世界との関わり合いの中で、「アメリカ例外主義」といった傲慢な考えを相対化し、そこから解放された世代が、本当の意味での国際協調的な、世界との関わり方を見つけていくのではないでしょうか。

〔後編(第9回〕へ続く〕

*取材・構成:斎藤哲也/2020年10月7日、弊社にて取材

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プロフィール
斎藤 哲也(さいとう・てつや)

1971年生まれ。ライター・編集者。東京大学文学部哲学科卒業。ベストセラーとなった『哲学用語図鑑』など人文思想系から経済・ビジネスまで、幅広い分野の書籍の編集・構成を手がける。著書に『もっと試験に出る哲学――「入試問題」で東洋思想に入門する』『試験に出る哲学――「センター試験」で西洋思想に入門する』がある。TBSラジオ「文化系トークラジオLIFE」サブパーソナリティも務めている。
*斎藤哲也さんのTwitterはこちら
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