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その土地で食べられている家庭料理を作ると、新しい食材の組み合わせや調理法に出会える。「おいしいミネストローネの秘密」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加

自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。イタリアを旅した山口さんがかねてから自炊するのが“念願”と楽しみにしていた、ある食材を使ったミネストローネとは――。
※第1回から読む方はこちらです。


#21 おいしいミネストローネの秘密

 「ずっと海外へ旅をしていると、外食続きで疲れませんか?」とたまに聞かれます。外食はその土地の歴史や文化に触れられるので大好きです。けれど、もともと胃腸が弱い私にずっと外食は無理難題。加えて、お金がかかりすぎてお財布がもちません。なので、私は国内外関係なく、旅の時でも二日に一回は自炊するのがおきまりです。キッチン付きの宿に泊まり、地元の市場やスーパーで買い物をし、簡単に料理を作ります。その土地で食べられている家庭料理を作ると、新しい食材の組み合わせや調理法に出会えることも私にとっては大きな学びです。海外では訪れた国の料理を作ることが多く、日本で作ったことがある料理でも食材が異なるのでより本場らしい味わいになり、それも醍醐味です。
 今回はイタリア人から教えてもらった「ミネストローネの秘密の食材」をご紹介します。

 日本で「ミネストローネ」といえば、「イタリアの具沢山トマトスープ」と思う人もいるかもしれません。でもスペイン人によってメキシコからヨーロッパにトマトが持ち込まれるまでは、ミネストローネにはトマトを入れていなかったんです。ミネストローネは伝統的なレシピがある料理というよりは、各家庭でその日家にあるもので作られた「冷蔵庫の残り物料理」。例えば日本でいうなら、各家庭で豚汁の具材や調理法、味付けが微妙に違うような感じですね。

 2023年の秋にイタリア半島の“かかと”に位置するプーリア州を訪れた時、滞在先の地元の家庭に遊びに来た近所の男性が「ミネストローネをおいしくする秘密の食材」について教えてくれました。

 「私のお母さんは、ミネストローネにパルミジャーノ・レッジャーノチーズの皮を入れるんだよ。そうするとスープがすごくおいしくなるんだ」

 パルミジャーノ・レッジャーノチーズは最低12か月(平均24か月)熟成させたハードタイプのチーズなので、叩くと音がなるような硬い皮が作られます。そのまま食べるには硬すぎる皮の部分を“出汁”としてスープに使うわけです。私はこの言葉を聞いた時、口の中で味を想像して、いつか絶対に作ってみたいと心に決めました。

 念願叶い、翌年にパルミジャーノ・レッジャーノチーズで有名なイタリア北部のエミリア・ロマーニャ州を訪れることができました。チーズ工場を見学して、チーズの皮入りミネストローネへの期待はますます高まるばかり。その後日、夢にまで見たミネストローネをつくるべく、朝から市場に出かけ、まずは八百屋で野菜を買うところから始めました。

 八百屋のおじさんに「ミネストローネ用に入れる食材をください」とお願いして、彼に選んでもらうことに。自分では選ばなさそうな野菜がいくつもあったので、お願いしてよかったと感じました。

彼のミネストローネに入れる野菜が垣間見られて面白い

 同じ市場にあるチーズ屋さんで「パルミジャーノ・レッジャーノチーズの皮を買えますか?」と尋ねると「もちろん!」とその場で切ってくれて、薄い袋にポンと入れてくれました。手のひらサイズのチーズの皮は、お値段たったの60円程度。こんな食材が日常的に買えるなんて、イタリアの人がうらやましいなぁ。

本格的なチーズが日常的に買えるイタリアがうらやましい!

 さて、宿に帰ったらさっそくミネストローネ作りに取りかかります。まずは角切りにした玉ねぎ、にんじん、セロリをオリーブオイルで炒めます。香りが出てきたところでパンチェッタ(塩漬けにした豚肉)を入れ、さらに炒めます。パンチェッタに火が通ったら水と角切りにしたズッキーニ、パプリカ、いんげん、カーボロネロ、トマト、白インゲン豆の水煮を丸ごと、チーズの皮を入れ、一旦沸騰させたらあとは弱火でコトコトと時間に料理してもらいます。あぁ、楽しみ。

香味野菜は最初に炒める。

 30分後、蓋を開けると野菜の香りとほのかなチーズの香りがふわっと立ち上り、鼻息が荒くなります。塩で味付けをしてお皿に盛り付け、少しだけ黒胡椒をひいて、一口食べました。

 野菜の甘み、苦味、酸味、チーズのうまみ、全てがスープに溶け込み「素晴らしくおいしい」の一言。こういう料理が作れた時、「私が料理に対してできることはほんの少しで、あとは素材の力と時間がおいしくしてくれる」といつも思います。

 翌日のお昼にスープを温め直すと、チーズのうまみがさらに溶け出し、味が濃厚になっていて驚きました。肉の量はほんの少しなので、ほぼ野菜とパルミジャーノ・レッジャーノチーズだけでこれほど深みのある味が出せるのかと、イタリア食材の力強さに大感動。日本の食材で作った時にどんな味になるのか試してみたくて、チーズの皮をたんまり買って日本に帰りました。

第22回(12月25日更新予定)へ続く   第20回へ戻る
※次回更新日は12月25日です。
1月1日はお休みしてその次は1月15日更新予定です。
※本連載は毎月1日・15日更新予定です。

プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)

1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。

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