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「日記の練習」9月 くどうれいん

小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。そんなくどうさんの9月の「日記の練習」です。


9月1日
どうしてパーマかけたんですか?と訊かれるたびに、この人はきっと前の髪型のほうが好きだったんだろうなと思う。自分でもうまく言えないけど、皆が好きそうで、自分に似合うこともわかっている髪型でいることが突然ダサいようなきがしてきたんです。とも言えず、いやァ~イメチェンしたくってねえなどへらへらしてしまう。ややこしいやつである感じを髪型から表したかったというか、なんかもう、わたしがわたしに飽きちゃったんですよね。でも本音を言えばこっちのほうがかわいい!おしゃれ!と興奮してほしいと思っていたので、みんながわたしのパーマに困惑しているのはそれなりに凹む。

9月2日
山形でトークイベント。Q1はすばらしい施設で、すばらしい施設にはすばらしい大人が付きものなのだと実感する。青りんごを貰った一日。

9月3日
山形からきのう中に戻ってきて、倒れるように眠る。やはり自宅のベッドで寝るのがいちばんいい。これまで県外で仕事があるときは日帰りのほうが疲れるのではないかと思って極力宿泊して、翌日街の中を歩いてから午後に帰宅、というようなことをしていたのだが、この頃はもうトークイベント等をしてしまうと次の日は抜け殻になってしまうので、どっちにしても翌日は仕事や観光やだれかとのお茶なんて出来ず水を飲んで何度も眠ることしかできない。それならば無理してでもその日のうちに家に帰ってきていたほうがよい。一泊二日すると帰宅してからの回復に丸一日かかるので、結果ひとつのイベントに丸三日掛けていることになり、そう考えるとまったく儲けにならない。一泊二日で疲労困憊になるよりも、日帰りの代わりに何度でも行くほうがいいね。好きな仕事だから、やらせていただいているから、折角この場所に来たんだからとついつい欲張りすぎるとからだが持たない。

9月4日
きょうも朝から某フリースペースで作業。となりのお姉さんがZoomをつないですぐ「おはようございます、おじゃましまーす」と言っており、どんな状況だったとしてもオンライン会議に対して「おじゃましまーす」と入ってくる人のことは、ギリギリ、いやかも……と思った。

9月5日

9月6日
ロケ。ディレクターさんが普段アクセサリーを着けないので身につけたいと言う。なにも着けてないのもかっこいいですけどね、と言うと「どっかで野垂れ死んだときに歯型でしかわかってもらえないのたいへんじゃん!」とのこと。わたしが死んだらこの歯医者だからね、そこにわたしの歯型があるから!と歯医者の名前を伝えられたので「なんで白骨化してから見つかる前提なんですか」と笑った。

9月6日夜
久しぶりに「竹を割ったような」と言われた。わたしは今までに数度「竹を割ったような人」と言われているのだが、自分としてはその逆の性格のつもりでいるのでいつも不思議で、夕飯を食べながら夫に言ってみた。「わたしってそんなに竹割ってるかねえ」「割ってるんじゃない? 外では」「じゃあ家では?」「割った竹、撫でてる」「撫でてる……」

9月7日
人生のことを考えてしまうような大きな仕事の話が来て、それからはもうそのことしか考えられなくなった。

9月8日

9月9日
朝、トークイベントを丸々一つやる夢をみてぐったり起きる。進行役の下準備も何もなく、しっちゃかめっちゃかなトークで終始冷や汗をかいていた。英語の先生が「夢で英語を話すようになったら本物」と言っていたことと、俳句の人が「夢で俳句を作るようになった」と言っていたことで、わたしは「夢に見るようになったら本物」と根強く思っているようなところがある。トークイベントを夢に見るようになったら、何の本物なんだろう。

友人が火のついた煙草を二本持って「二刀流!大谷翔平~」と言うので「ばーか」と笑った。こういう「ばーか」を言える相手がどんどん減ってきたような気がする。虎とバナナの靴下を貰ってうれしい一日。

9月10日
「性格悪くならないように、無理しないんだよ」と言われてぐさっときた。ほんとだよな。余裕がないと卑屈になる。

9月11日
仕事は進まなかったが、仕事に準じることにはちゃんと時間を割いたのだからあまり自分を責めないようにしたい一日。大きなゴーヤをふたつ貰ったので、夫が帰ってきたら両手に掲げて見せようと思っていたのにすっかり忘れて1本夕飯に使ってしまった。夫はわたしのゴーヤチャンプルーをうまいうまいとやたら褒めてくれるので、わたしの得意料理はゴーヤチャンプルーになるかもしれない(いまは親子丼)。GeoGuessrというゲームを知り、一回だけやってみたらたまたま出題されたのが銀座で、なんとなく行ったことがある通りにguessしたところ驚くほどハイスコアだった。銀座に詳しくなったかもしれない自分のことがちょっと嫌だった。

9月12日

9月13日
昼過ぎ、打合せのために安藤さんが来て目の前で餅屋の包みを開けだした。こっちは痩せようと努力しているというのに、と思いながら「お茶餅ですか」と言うとにやりと笑い、お茶餅が有名なお店だが、それは大福だった。ひとついりますか、と言うので胡麻大福のほうを貰って食べた。もちゃもちゃ食べながら明日大きな賞の発表日なんですけど、落ちていると思うのでそのあと凹むのだと思うとしんどい、と話すと「お茶餅か大福かもわからなかったひとは落ちてるんじゃないですか」と笑う。むっとしかけたが、落ちてますよと言われたほうが不思議と気持ちは軽くなるもので、「そうかもしれないです」と胡麻だらけの口で笑った。

9月14日
「きょう発表までどうやって過ごすべきだと思う」と尋ねると夫は「寝ていなよ」とやさしく言って出勤した。生理痛が重く、結果的に本当に一日中寝ていた。夕方には結果がわかると思っていたが17時に起きてもまだ結果は来ておらず、最終的な落選の連絡が来たのは20時だった。結果を知って具合が悪くならないように、夜は前の会社の元社長との夕食の予定を入れていた。鰯の芋鮨、鰆の幽庵焼き、角煮、湯葉揚げ。メールをひらき目の前で「だめでした」と言うと元社長は「大丈夫だ、それがなんだっていうんだ」と笑ってくれたけれど、わたしにはまだ、そういう言葉を受け取るにはあまりにも結果を受けてすぐだった。帰り道で夫が「れいちゃんは落ちてないよ、候補作になっただけですごいことで、プラスなことで、もっとプラスにならなかっただけで、ちっとも落ちてないんだよ」と言ってくれたけれど、やっぱり、そういう言葉を受け取るにはあまりにも結果を受けてすぐだった。ひとりでバーへ行こうかとも思ったけれど、そういうげんきがあるわけではなくて、目の端からぼろぼろ涙を溢しながら眠った。

9月15日
悪夢を見たが思い出せないということはそこまでの悪夢では無かったのかもしれない。起きては泣き、トイレへ行き、また寝て、起きて泣く。その繰り返し。秋祭りの「やーれやーれやーれやーれ」という掛け声が聞こえてきて本当に嫌だった。何が祭りだよと思う。こっちは落選して落ち込んでいるというのに。あまりにお祭りの音が聞こえるのでその中で落ち込み続けるほうが難しく、仕方なく起きてもち麦と納豆とキャベツの千切りとサラダチキンをぐちゃぐちゃに混ぜたものを食べた。こんな目つきの悪さで明日サイン会なんて無理なんじゃないの。
BOOKNERDへ行き、ふかくさへ行き、前の会社の上司とすれ違い、全員に顔色を心配される。運動をするといい、うまいもんを食べるといい、海へ行くといい、温泉へ行くといい、うんうんうんうんうんぜんぶね、わかってる、知ってる、でもいや。どれも嫌! 自分の手札にある自愛のすべてをしたくないのだった。とはいえ唸り続けるにも限界があり、夕方はバーへ行き、ノンアルコールのモスコミュールを頼むとマスターは「こういうときにお酒に頼らないのはえらい」と言ってくれる。夫と合流して秋祭りをすこしだけ見て、帰宅して、作ってもらったパスタを食べ、それでもやはり不機嫌さが治らない。お祭りを見て夫と会話して食事を取れば機嫌が直ると思っていたのにだめだった。ここまで不機嫌な人間が家に居るのは十分暴力なのではないかとさらに落ち込む。やはりひとりで飲みに行くべきだろうか、しかし……着替えずに項垂れていたら、わたしの落ち込みを察したりんちゃんから近くに居るので飲まないかと誘いが来る。ありがとうりんちゃん。わたしの舟。家を出ると向こう側の歩道をりんちゃんは走って来て、赤信号でその場駆け足したまま「れいんさーん!」と言う。泣きそうになった、というか、一粒だけ泣いた。暗かったから見えなかったと思うけど。何年経ってもこうして「れいんさーん!」と走ってきてくれる人がいれば、わたしは、少なくとも今夜は大丈夫。1時に帰ってきて、なかなか着手できていなかった短篇小説に手を付けて、眠くなって寝る。

9月16日
ストレッチをしてゆっくりシャワーを浴びて化粧をした。午後から「よ市」で出店の間借りさせてもらいサイン会など。いろいろと用意してもらったが人が来なかったらどうしよう、と思っていたら、開始時間には30人くらい並んでくれてアドレナリンが出た。落ち込んでいる暇はない。ひっきりなしにお客さんが来てくれて3時間が一瞬で終わって、終了後もやけに元気であと30人はできるなどと強気を言っていたが打ち上げまでの間の2時間ですっかりぐったりした。「いやあこんなに来るとは」と言いながらみんな疲れていておもしろかった。一仕事、って感じだった。えび天をもらい、ひじきの煮物を残した。大学の喫煙所に居る人のものまねを見て腹を抱えて笑った。帰り道ひとりで川を眺めながら、あしたからはもう大丈夫だって思った。

9月17日
山に登ったが霧で何も見えなかった。

9月18日

9月19日
どんな人が好きかと聞かれたので「墓参り好きそうな人」と咄嗟に答えた。

9月20日
木曜日みたいな水曜日。

9月21日
金曜日みたいな木曜日。

9月22日
夕飯が出来上がると夫がワインを飲もうと言う。ワインをよくいただくのに我が家にはまともなワインオープナーがないため、缶切りにくっついているささやかなネジのようなもので大変苦戦しながら開けた。絶対にちゃんとしたワインオープナーがあればしなくていい苦労なのに、いろいろやって缶切りを使って結局開いてしまうせいで我が家は一向にまともなワインオープナーを買わないのだ。夫はずっと効率よく確実に開けられる方法を調べており、わたしはとにかく作ったばかりの料理が冷めることに耐えられず力づくで引っこ抜こうとした。前も結局力づくで開いたからだ。今回は力づくではなかなかうまくいかず、結果的に夫が長考の末発見した方法で抜けた。抜けるや否や夫があきれ顔でそもそもこれはれいちゃんが最初に深く差し込みすぎたので抜くことが出来ず云々と言い出したので「ごちゃごちゃうるせえ開いたらまずはわーいだろうが」と暴言を吐いた。「開いたらまずはわーいだろうが」。わたしは問題にぶち当たったときにとにかく感覚と力づくで突き進むので、まずは立ち止まって考えましょうと夫が言いはじめるとじれったくていらいらしてしまう。ワインを注いで乾杯する頃にはスープはすっかり冷めていた。とはいえおいしく、お腹がいっぱいになってきてさっきのは言いすぎたと思って謝った。謝ったがこれからも夫が眼鏡を光らせて考え出すたびにわたしはごちゃごちゃうるせえと言ってしまうと思う。

9月23日
高校時代の恩師と数年ぶりに会った。「16歳のとき、玲音は『わたしはとにかく人をびっくりさせたいんですよ』と言っていたけど、今も相変わらずそう思いながら書いているでしょう」と言われてびっくりした。自分に自信がないときいつもわたしは(どうやったらもっと驚いて貰えるんだろう)とばかり考えてしまうのだけれど、高校のときからそんなこと言っていたなんてぜんぜん覚えていなかった。
帰宅して夫に午後の予定を尋ねられ「海に行きたい!」と思い付きで言ったら夫はすぐに家を出る用意をしてくれたけれど、自分でも原稿から逃げているだけだとわかっていたので「ごめん、海はなんというか逃避の海なので行かなくていい、行かないほうがいいです」と白状し、しぶしぶ仕事をした。

9月23日 18時
海に行っときゃよかったかもしれない。

9月23日 27時
書き終わった。やれば終わる……海に行かなくてよかった。

9月24日
音楽フェスがあったので音楽フェスっぽい格好をしたが特に目当てのアーティストはいない。若人は元気だのうと思いながら結局友人とドトールでタピオカを飲んだが、元気じゃないのはきのう夜更かししたからだと思う。

9月25日
サイト自体が潰れてしまい、わたしの力ではもう見ることができなくなっている昔のブログをゆきちゃんは画面保存して持っているというので、ゆきちゃんのガラケーでそれを見る会をした。うわあ~、と言っていたら4時間経っていて、プールに入り終わったようにぐったりした。10年間わたしはほとんど同じことを言い続けているということがわかった。

夜8時過ぎまで仕事して家に帰ったら急にすべてが不安になってしまい泣きじゃくった。夫は寝室で潰れているわたしの腹の上にたくさんぬいぐるみを並べて「こりゃだめだ」「こりゃだめだね」と一匹一匹違う声色で言わせた。家じゅうのすべてのぬいぐるみを並べ終わるまでそれは続いて、最後の一匹が「こりゃだめだ」と言うのを聞いて、力なく笑って、でも、たすかった、と思いながら寝た。

9月26日

9月27日

9月28日
母と名古屋へ。味噌煮込みうどんと、半田の新見南吉記念館と、ひつまぶし。伊勢のタクシーは夜ほとんど機能していないということがわかった。

9月29日
伊勢神宮で月を見た。一生分の親孝行をしたような思いあがった気持ちになるけれど、親孝行は親のためではなくて自分のためにするものであるような気がした。

9月30日
伊勢のタクシーは朝ほとんど機能していないということがわかった。名古屋でサイン会。ものすごい人数。福岡から来てくれた子が感極まって泣いてしまい、自分に会うことで感極まって泣く人がいるという今の状況があまり信じられずへらへらしてしまった。花火貰った。花火貰うのはうれしいけど、火をつけたらぜんぶ終わってしまうのがこわくてこれはいつまでも火をつけられないぞ。


9月の「日記の本番」は9月中旬に公開予定です。

タイトルデザイン:ナカムラグラフ

「日記の練習」序文

プロフィール
くどうれいん

作家。1994年生まれ。著書にエッセイ集『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD)、『虎のたましい人魚の涙』(講談社)、絵本『あんまりすてきだったから』(ほるぷ出版)など。初の中編小説『氷柱の声』で第165回芥川賞候補に。現在講談社「群像」にてエッセイ「日日是目分量」、小説新潮にてエッセイ「くどうのいどう」連載中。2作目の食エッセイ集『桃を煮るひと』が発売中

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