人と一緒に料理をすることでしか感じられない心の揺れと、人の気配があるおいしさ。「敵にレシピは教えないでしょう?」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加
自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。世界中の「日常のごはん」を求めて海外を旅している山口さんが次に訪ねたのはポルトガル。そこではどんな体験や発見、出会いがあったのでしょうか。
※第1回から読む方はこちらです。
#16 敵にレシピは教えないでしょう?
「敵にレシピは教えないでしょう?」
ポルトガルで料理を教わったクリスティーナさんの言葉が、今でも心に残っています。私の人生の道がパッと照らされたような、一言でした。
2024年6月、世界の自炊をめぐる旅の3か国目にポルトガルを訪れました。ポルトガルはヨーロッパの中でも最もお米と海産物を消費する国であり、シンプルな家庭料理をベースにしたポルトガル料理は日本人の舌に合うことでも知られています。ポルトガルには3週間滞在し、その最後の数日間を首都・リスボンで過ごしました。
ポルトガルで日本人向けにツアーコーディネーターのお仕事をされている東裕子さんの紹介で出会ったのは、クリスティーナ・カステル・ブランコさん。私は「南蛮漬け、天ぷら、カステラの元になったお料理を紹介してくれる女性がいます」という裕子さんからの情報だけで彼女の家を訪れました。玄関を開けると彼女は浴衣で私を出迎えてくださり、私は目を丸くしました。話を聞き始めて分かったのは、彼女はポルトガルで著名なランドスケープデザイナーであること。東京の大学でもランドスケープデザインを教えた経験があり、日本で何度も講演をするなど、日本の文化や歴史について詳しく、日本の食文化も大好きとのことでした。まだ何も教わっていないのに、彼女と出会えただけで嬉しかったことを覚えています。
彼女は日本でキリスト教を広めた、ポルトガル生まれの宣教師であるルイス・フロイスについての本を書いていて、日本とポルトガルの歴史にとても詳しい方でした。1543年に種子島にポルトガル人が上陸し、鉄砲が日本に伝わったことは有名ですが、それ以外にも「おいしい外交」が当時行われていました。今では日本人にとって馴染み深い料理やお菓子の数々が、ポルトガルから伝わっていたのです。その日はその中からポルトガルでも今なお現役で食べられている天ぷらの元になったペイシーニョス・ダ・オルタ(Peixinhos da horta)、南蛮漬けの元になったエスカベッチェ(Escabeche)、カステラと瓜二つのパン・デ・ロー(Pão de ló)を教えてくれました。料理のセレクションに物語があるところに、彼女のセンスを感じます。
料理を作る前に、彼女は次のように話してくれました。
「当時の日本人にとって、ポルトガル人は見たこともない顔だちで、料理は手で食べるし、お酒は分けないし『野蛮な人たちだ』と感じたかもしれません。でも、きっと『悪くはない人たちなんだろうな』と思ったはず。そうじゃないと、レシピを教わったり、作ったりしないでしょう? そして、ポルトガル人もきっと同じように日本人のことを感じていたはず。だって、敵にレシピは教えないでしょう?」
「確かにその通りだ」と感じました。言葉もうまく通じないなかで、具体的にどうやって料理を習ったのかは不明ですが、もし作っているところを見させてもらうなら、台所がある場所、つまり家のなかにおじゃましないと見られません。私自身、世界中の家庭で料理を教えてもらいながら感じることですが、料理の作り方を見せてもらうと、自然と相手の文化に対して敬意が生まれます。いうなれば、好きじゃない人から料理を習うことは、心が喜ばないと思うのです。
料理がおいしそうに見えて作ってみたこと自体が、言葉や文化の違いを超えて、人間同士でつながっていることを感じさせます。
彼女が作ってくれた料理は、今日本にあるものとは少しずつ違っていて面白かったです。例えば、天ぷらの元になった「ペイシーニョス・ダ・オルタ」は「畑の魚」という意味で、モロッコインゲンをスティック状に切ってふわふわの衣で揚げます。お手伝いさんのおばあちゃんも後からやってきたクリスティーナさんと友達も、全員が揚げたてを味見していて、「揚げたての味見は最高」というのはポルトガルも同じなのだ! と嬉しくなりました。
日本の南蛮漬けは出汁や醬油、酢を合わせたタレに、小魚を揚げてすぐに漬け込んでいくのが定番ですが、「エスカベッチェ」はその逆のような作り方。まず、ニンニクと塩でアジをマリネして数時間置き、そこに衣をつけて揚げます。その後、玉ねぎを薄切りにしてからたっぷりのオリーブオイルで炒め、火が通って柔らかくなったところに酢と砂糖を入れて味をつけ、それを揚げた魚の上にのせて一晩寝かせるのがポルトガル流です。日本のものよりも液体に浸かっていない分、衣のカリカリ感が残っていて酸味の効いたマリネと相性抜群。相性抜群で、日本の南蛮漬けとはまた違ったおいしさがありました。
「パン・デ・ロー」は冷めてからのほうがおいしく食べられるとのことで、持ち帰って翌日一人で味見しました。食べた瞬間に「ほぼカステラじゃん!」と笑ってしまいました。「本当にこの国からカステラがやって来たんだ」と身体で理解できた瞬間です。
彼女と交わした言葉の数々を振り返り、「私は人と作って食べることの純粋な喜びを分かち合うために旅に出ているんだ」と、自分でもびっくりするほど腹に落ちました。いろんなコミュニケーションの取り方があるけれど、人と一緒に料理をすることでしか感じられない心の揺れと、人の気配があるおいしさをこれからも味わっていきたい。そう強く思った旅でした。
第17回を読む 第15回へ戻る
※本連載は毎月1日・15日更新予定です。
プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)
1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。