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季節の行事をアップデートしてみたら――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。NHKテキスト『きょうの料理 ビギナーズ』でリアルな生活を綴って人気の連載エッセイ「とりあえずお湯わかせ」が「本がひらく」に場所を変え、リニューアルスタートしました! 料理や日常生活のあれこれに加え、気になった本や映画、旬の話題も取り上げる予定です。ますますパワーアップする柚木ワールドをお楽しみに!
※当記事は連載の第2回です。最初から読む方はこちらです。

#2 「新しい」こいのぼり

 今月のメインイベントといえば端午の節句、こどもの日である。私にとってこの日は、白味噌を思う存分味わえる、年二回の貴重なチャンスのうちの一回である。私は白味噌が大好きすぎて、なんのルーツも持っていないくせにこの十年、お雑煮を関西風に真っ白に仕上げている人間である。夫の実家の味を引き継ごうという気持ちは今のところない。けんちん風のお雑煮なら、義母が作ったのを食べにいくのが一番である。
 さて、白い味噌あんの柏餅は甘いとしょっぱいとこってりを同時に堪能できる、超ハイブリッド和菓子だ。柏の葉のさわやかなハーブのような香りが合わさるところも好きだ。菖蒲を入れた熱いお風呂に入ると、身体がしゃきっとして、元気が出る。が、しかし――。私はジェンダー観をアップデートしようと日々勉強中の一児の母親である。そんな私にとって端午の節句は鬼門といってもいい。なにしろ、鯉のぼりからしてザ・家父長制の象徴だ。カブトや鎧を飾る習慣も戦争肯定に直結している。調べれば、調べるほど、子孫の繁栄を正義とする価値観がそこかしこにちりばめられている、油断禁物なイベントなのである。
 フェミニストの友達が「私は端午の節句はスルーしているよ」とさらりと言い切っていた。確かにそれがいいのかも。でも――。こうやって楽しみを一つずつあきらめて、ストイックに、どっからどうみても「正しい」人間になっていくことが私の望む人生なんだろうか。先ほど登場したフェミニストの友達だって、彼女が愛しているコンテンツ、完全無欠に優等生的とは言い切れない(イケメン俳優のロマンティックラブストーリー大好き)。
 私は柏餅の白味噌あんをたくさん食べたい。海外ドラマ「フレンズ」とか「アリー my Love」の登場人物のように、イベントはできるだけでマメに祝って、単調な毎日の中でも心を高揚できるチャンスを、目を光らせて探していたい。あと、今、疲れているから熱い菖蒲湯に入りたい。ここまで書いてびっくりしたが、子供の成長を祝う日なのに、子供のことが完全に抜け落ちている。自分自分自分!! これはまずい、と子供にあれこれ聞いてみたところ「こいのぼり大好き」らしい。私も青空にはためく大きな鯉のぼりをみていると、胸がせいせいするのは否めない。考えてみたら、鯉のぼりの良さは性別とか家族制度に関係がないのではないか。大きさが均一で性別不明なレインボー七匹であったとしても、なんらひっかかりはないような気もする。そうだ。カブトだってリベラル系の新聞を折ったものを飾ればいいのだろうか。
 ここでふと思いついた。私は何も変わらず、行事の方に変わってもらうことはできないだろうか。白味噌の柏餅をたくさん食べたいという、自分の欲望を私はやっぱり、何よりも優先したいのである。日本女性はいつもいつも相手に譲りすぎだ。やたらと「しなやか」たれ、とメディアは要求してくるが、私は端午の節句の方にしなやかになってもらいたい。
 そんなわけで「やねよりたかい こいのぼり」に私なりのアレンジを加えてみることをことにした。この歌が生まれたの1931年。心に青空が広がっていくようなのびのびしたいい歌だとは思うが、曲の良さはそのままに、アップデートを加えてもそろそろいい時期なのではないか。

やねよりたかい こいのぼり
(ラップ 柚木の人気もたかのぼり)
おおきいまごいは おとうさん
(ラップ 真鯉は魚の種類だから性別関係ないじゃん
     この真鯉だってお母さんかもしれないじゃん
     お母さんが大黒柱でもぜんぜん構わないじゃん)
ちいさいひごいは こどもたち
(ラップ 身体で判断するのはルッキズム
     小さい緋鯉がお父さんかもしれない
     可愛いお父さんがいてもよくない?)
おもしろそうに およいでる
(ラップ 「面白い」ならそれでいい
     自分のセンス恥じないでいい
     青空染め上げるレインボー
     NEW NORMALなKOINOBORI)

 途中から韻を踏むことはあきらめてしまった。

FIN

題字・イラスト:朝野ペコ

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プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)

1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』など著書多数。最新作『マジカルグランマ』が好評発売中。

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