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世界中で昆虫の数が激減している!? それが意味することは何か?――生物学者グールソンは語る!

8月末に発売され、各新聞紙上で、養老孟司さん(脳科学者)、鷲谷いづみさん(生態学者)、福岡伸一さん(生物学者)はじめ、多くの方々にご高評いただいた注目の書、『サイレント・アース 昆虫たちの「沈黙の春」』。昆虫をこよなく愛する著者デイヴ・グールソン博士に、本書で伝えたかったことを1時間にわたり伺いました。そのすべてをあますところなく、3回に分けてお伝えします。
取材:早川健治


――昆虫にまつわる衝撃的な数字

早川健治 『サイレント・アース』には多くの豊かで興味深いデータが詰まっています。本書を書き進める中であなたが特に面白いと感じた数字をいくつか教えてください。

デイヴ・グールソン 本書を書くきっかけにもなった数字として、昆虫の数の減少率があります。かなり深刻で暗鬱とした気分になる数字です。ただし、始めに一つ付言しておきたいのですが、この分野は解明済みよりも未解明の部分の方が大きく、ほとんどの昆虫がしっかりと数えられていないため、大きな知識の空白も存在します。さて、私がこの問題を切実に実感するようになったきっかけは、母国イギリスのチョウに関する数字でした。私は子どもの頃に虫捕り網を振り回してチョウを追いかけていましたが、それに比べると今では個体数がほぼ50%まで減っています。つまり、私の子どもたちの世代は、私たちと比べてチョウが半分しかいない世界で育っているわけです。
 よりドラマチックな数字としては、2017年に発表されたドイツのクレーフェルト昆虫学会による研究が挙げられます。そこでは27年間で飛翔性昆虫が76%も消えてしまったという結果が出ました。27年という期間は決して長くなく、私が今まで生きてきた時間の半分にも届きません。私もこの研究に携わっていましたが、これは世界中で新聞の見出しにのぼるような研究でした。昆虫の世界で何らかの危機が起こっているらしいという事実に人々が気付き始めたのも、この頃からだったと思います。

 ヨーロッパ以外の国々からのデータもあるにはありますが、残念ながら日本からのデータは私が知る限りまだなく、アジア全域についても同様です。実のところ、昆虫の個体数に関する長期研究は世界のほとんどの地域において不足しています。ヨーロッパと北アメリカの一部くらいしかデータがありません。

早川 クレーフェルト研究に言及されましたが、「27年間で76%減少」という数字に辿り着くために必要な、膨大な労働量についてお話しいただけますか。本書でもかなり詳細に踏み込んだ描写がされており、それは多くの人々の想像の範囲をはるかに越えるものだと思います。

グールソン 本当にそうです。昆虫に関する質の高い長期データが不足している原因は、そもそもデータ収集がとても難しいからです。昆虫はとにかく種類が多いですからね。減少傾向にあるとはいえ、それでもなおたくさんの種類が存在します。
 クレーフェルト昆虫学会の研究ではトラップを使い、重量にして50キログラムほどの昆虫を集めました。個体数を数えるところまでしか作業は進んでおらず、それだけでも完了に数年間を要しました。次のステップは、個体ごとの種を判別し、どの種が減っており、どの種が大丈夫なのか等々といった調査です。数十年かかってもおかしくないような、実に骨の折れる作業です。気の遠くなるほどの数の虫たちを捕まえた後、その一匹一匹を専門家が顕微鏡で見るわけですからね。それに、あまり広く知られていない昆虫の種を判別できる専門家は、そもそも今の世界にあまりいません。
 よって、こうしたデータ収集には大きな実践上の障壁が伴います。ほとんどの場合、私たちは無償で作業をするアマチュア愛好家に頼ってもいます。この手の研究調査につく研究費は限られているからです。あまり「かっこいい」と思われていないかもしれませんが、だとしたら残念な話です。昆虫の世界の解明は、実はとても大切なことですからね。

――アマチュア科学者たちが果たす地味だけれど大きな貢献

早川 ええ。今のお話も本書の魅力のひとつです。つまり、プロの研究者へアマチュアから大きな後押しがあるというお話は興味深いものでした。クレーフェルト研究だけでなく、昆虫学一般におけるアマチュア科学者の役割について、さらに詳しくお話しいただけますか。というのも、多くの人たちは「アマチュア科学者」と聞くと、例えば天文学でプロよりも先に彗星を発見したアマチュア天文学者というようなイメージを持っていると思います。それに比べると、花壇にやってくるチョウの数を毎年数えるというような作業は、天文学の「大発見」に見劣りすると感じる人も多いでしょう。ところが、あなたの本を読むと、こうした一見地味な作業が実はとても面白いということに気付かされます。

グールソン そもそも、宇宙の彼方を探索し、生命体の存在の証拠を探し、他の惑星や彗星を見つけ出すために、私たちは多大な労力をつぎ込んでいるわけですが、この状況そのものがちょっと変だと私は思います。というのも、私たちはまだこの地球を探索しきれていないからです。この星に生きる生物種の大多数は特定すらされていません。例えば、地球上の昆虫は現時点で110万種ほど特定されたと言われていますが、まだ発見も命名もされていない昆虫の種類は300万〜500万種にのぼり、もしかしたらそれ以上かもしれないとすら考えられています。私たちの身のまわりに、まだまだ多くの探索の可能性が残されているわけです。裏庭に転がっている石の下に新たな生命体が眠っているかもしれないのに、数億光年の彼方に生命体を見つけ出そうとする計画に労力を注ぎ込んでいる現状は、なんとも惜しいものだと思います。

エクアドルのヨツコブツノゼミは、なぜこのような形状をしているのか、
まだ何も調査されていない(Ⓒ Science Photo Library/amanaimages)

 専門訓練を受けていない科学者による「市民科学」は、私たちの理解の向上に大きく貢献してきました。歴史を見ても、ほとんどの科学者は無償で働いていました。昆虫学や広く自然史の研究に時間を費やせるような、幸運な境遇にあった人たちです。現代では世界中にたくさんのプロの科学者がいるわけですが、それでもなお熱心なアマチュアの人数はこれをはるかに凌駕しています。アマチュアの中には、ある昆虫属に関してはプロの科学者よりも的確に生物種を特定できる人たちも存在します。ハチやカリバチなど、自分のお気に入りの種に深く入れ込んでおり、百発百中で生物種を特定できる人もいます。こうした能力を持っているにも関わらず、この人たちには報酬が一切支払われていません。
 例えば、イギリスのチョウの数が半減したという先述のデータも、すべてアマチュアの人たちによって収集されました。1976年から、数千人のアマチュア愛好家たちがトランセクト(植生調査)法を使ってチョウの数を数え続けてきたのです。2週間に一度数えるわけですが、これを数十年間続けてきた人もいます。おかげで膨大なデータ群が使えるようになりました。これは他の方法では入手困難なデータです。例えば、イギリスの科学者の人数では、これほど多くのトランセクトを監視することはできません。市民科学者は専門能力に長けている場合があるのみならず、人数も多いわけです。この人たちのおかげで、より大規模なデータを集められるようになります。
 市民科学の力は大きいですが、そこには限界もあります。例えば、データの質は入念にチェックされる必要があります。中には特定が非常に難しい昆虫も存在します。卓越したアマチュア科学者も存在しますが、総じて質の高いデータを集めるために必要な専門能力をもつ人たちは少ないです。とはいえ、欠点を補ってあまりある利点が市民科学にはあります。

早川 なるほど、面白いです。ところで、アマチュア昆虫学者の分布については、先進諸国に偏っていると思いますか。それとも、世界中に均等に分布し、データをまんべんなく集められるようになっているのでしょうか。

グールソン いえ、そうはなっていません。先進諸国に偏っています。これは問題です。なぜなら、昆虫の減少に関しては、先進諸国の状況しか解明されていないからです。そこへより貧しい国々の状況が反映されているとは考えにくいでしょう。どれくらい一般化できるかもあやしいものです。
 例えば、アフリカや南アジアからはほとんどデータが得られていないので、このふたつの地域では虫たちがどういう状況に置かれているのかがわかっていません。地球上で最も生物多様性が高い地域であるにも関わらずです。ドイツで観察された現象が、例えばウガンダで起こっていることを反映しているとは思えないですよね。とはいえ、発展途上諸国の人々は、当然ながらチョウを数えるよりもまずは食料の確保を優先するものです。それに、アマチュア科学者として自然界を研究するという伝統もこうした国々にはありません。惜しいことに、環境保全、すなわち自然界の保全や観察への関心は、比較的裕福な人だけに許された贅沢になっています。保全運動は先進諸国から出てきた場合がほとんどですが、世界の生物多様性の大半が貧しい国々にあることを思うと、こうした現状は変えていく必要があります。

早川 たしかに、これは難しい問題ですね。昆虫学だけでなく、科学論という角度からも研究されるべき分野だという気がします。

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早川健治プロフィール
翻訳家。英訳書に多和田葉子著『Opium for Ovid』(Stereoeditions)、邦訳書にノーム・チョムスキー&ロバート・ポーリン共著『気候危機とグローバル・グリーンニューディール』(那須里山舎)、ヤニス・バルファキス著『世界牛魔人―グローバル・ミノタウロス』(那須里山舎)などがある。
ウェブサイト:https://kenjihayakawa.com/

『サイレント・アース 昆虫たちの「沈黙の春」』
著者プロフィール
デイヴ・グールソン Dave Goulson

生物学者。1965年生まれ。英サセックス大学生物学教授。王立昆虫学会フェロー。とくにマルハナバチをはじめとする昆虫の生態研究と保護を専門とし、論文を300本以上発表している。激減するマルハナバチを保護するための基金を設立。一般向けの著書を複数出版している。

訳者プロフィール
藤原多伽夫 ふじわら・たかお

翻訳家。1971年生まれ。静岡大学理学部卒業。おもな訳書にブライアン・ヘア、 ヴァネッサウッズ 『ヒトは〈家畜化〉して進化した』、パトリック・E・マクガヴァン『酒の起源』(ともに白揚社)、スコット・リチャード・ショー『昆虫は最強の生物である』、チャールズ・コケル『生命進化の物理法則』(ともに河出書房新社)、ジェイムズ・D・スタイン『探偵フレディの数学事件ファイル』(化学同人)ほか。

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