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昆虫がいなくなったら、地球は動きを止めるだろう――生物学者グールソンは、昆虫の視点から多様性の危機を訴える

8月末に発売され、各新聞紙上で、養老孟司さん(脳科学者)、鷲谷いづみさん(生態学者)、福岡伸一さん(生物学者)はじめ、多くの方々にご高評いただいた注目の書、『サイレント・アース 昆虫たちの「沈黙の春」』。昆虫をこよなく愛する著者デイヴ・グールソン博士のロング・インタビュー全文。今回はその第2弾です。
最初から読む方はこちらです。
(ヘッダー画像:ⒸSumruay Rattanataipob /Shutterstock)
取材:早川健治


――殺虫剤との長い闘い

早川 本書では、殺虫剤の使用というテーマもなかなか包括的に扱われており、イギリスが主軸ではあるものの、世界各地への目配りがされています。ここでもまた、殺虫剤の問題を理解する上で鍵となる数字があれば教えてください。

グールソン 何から話せば良いか悩ましいですが、いくつかすぐに思い浮かぶ数字があります。殺虫剤の使用量は世界的に増えてきており、現在では年間400万トンにのぼります。これは端的に言って毒を大地に撒いているのと同じであり、そのほとんどは食べ物に散布され、私たちはそれを口に入れています。ここには様々な問題があります。
 ところで、今回の本のタイトルは『サイレント・アース』(沈黙の大地)となっていますが、これは言うまでもなくレイチェル・カーソンの『沈黙の春』(1962年原著刊行)を土台としています。60年前に『沈黙の春』が出版されたときには、殺虫剤の害悪を指摘している人はカーソンくらいしかいませんでした。1960年代にカーソンが運動を進めていた頃、アメリカでは37種類の殺虫剤が農場での使用を許可されていました。それが昨今では1000種類ほどの殺虫剤がアメリカの農家に認められています。ここから明らかなように、問題は解決されるどころかむしろ拡大してしまっています。より複雑になり、より悪化しているわけです。そして、こうした超大規模な殺虫剤の使用は自然界に影響を与えるものだということを示す証拠も出てきています。
 日本の例を挙げてみましょうか。宍道湖へのネオニコチノイド殺虫剤による汚染は、無脊椎動物の個体数を壊滅的に減らし、これによって地元の漁業が壊滅させられました。この殺虫剤は近辺の田んぼから川を経由して湖に流れ込み、食物連鎖全体に影響を与えました。このような現象は世界各地で起こっています。私たちは淡水や土地を汚染し、環境を未だかつてないほどひどく破壊しているわけです。昆虫への影響だけでなく、殺虫剤による食料の汚染が私たち自身に与える影響も思ってみると、これはなかなか恐るべき事態です。もっと広く懸念されるべき問題だと思いますが、多くの人たちは問題の存在すら知らない状態です。

早川 ちなみに、レイチェル・カーソンは殺虫剤を「殺生剤」と呼ぶべきだと強く主張しましたよね。昆虫が皆殺しに遭っているだけでなく、生物圏全体が破壊されているからです。そのメカニズムや統計的証拠などを含めた詳細の紹介を、あなたの本はとても優れた形で行っていると思います。
 そのつながりで、この問題をめぐる政治の話に進みましょう。私たちはシニカルな時代に生きており、政治家も一般市民ももはや合理的な議論には耳を貸さないのだという前提に多くの人たちが立っています。そう思うに足る理由や証拠もあります。それでも、本書のネオニコチノイドの章では、合理的な議論が規制当局に正しい行動をとるよう説得した事例が記録されているようにも思えます。そのようなご経験も踏まえつつ、証拠に基づいてものごとを改善しようと頑張っている科学者や活動家に向けて、何か助言はありますか。

グールソン 良い質問ですが、満足に答えられるかどうかは自信がありません。私もまた政治家に科学的証拠をしっかりと評価し考慮するよう働きかけてきましたが、まさに難行苦行でした。おっしゃるように、ネオニコチノイドの一件では、少なくともヨーロッパでは科学が勝利したかのようにも見えるでしょう。欧州連合は、私の見立てでは現在世界で最も厳格な殺虫剤規制体制をもっています。それでも、これは完璧とはほど遠い制度であり、数多くの有害な殺虫剤が数十年にもわたって許可され市場に出回り続けています。有害性を示す証拠が蓄積されるまでは、この状態が続くでしょう。ネオニコチノイドもまたそのような道をたどりました。
 とはいえ、蓄積された科学的証拠に政治家がようやく目を向けたという事実は喜ばしいものです。2018年にヨーロッパでネオニコチノイドが禁止されましたが、これも政治家たちがわりと妥当な行動をとった一例だと言えるでしょう。科学が政策に直接的かつ計測可能な形で影響を与えた、とても稀な例でもあります。まったく同じ科学的データは、世界各地の他の規制当局にも知られているはずですが、同じ殺虫剤であるにも関わらず他のどの地域も使用に制限をかけていません。つまり、アメリカや中国や日本など、実に多くの場所でこれは相変わらず大量に使用されているわけです。ヨーロッパからネオニコチノイドが無くなったことは小さな勝利ですが、大局的にみると依然として状況は暗澹たるものです。
 さらにひどい問題として、ヨーロッパではネオニコチノイドが禁止された後も、これと化学的な性質が酷似した次世代殺虫剤が使われるようになったという事実が挙げられます。思うに、こうした新手の殺虫剤も20年後から30年後には証拠が十分に蓄積されて禁止に至るでしょう。そうやってイタチごっこが続くわけです。様々な問題の解決を殺虫剤に(あるいは「殺生剤」に)任せているうちは、人間による環境破壊も終わらないでしょう。
 歯がゆいことに、作物管理のための代替策はしっかりと存在します。いわゆる「総合的病害虫管理」(IPM)ですが、これはもう数十年前からある方法で、大学の学部生だった頃に私も習いました。IPMは有識者の間ではほぼ満場一致で最善策だといわれています。端的に言うと、IPMとは作物の病害虫を軽減するためのツールキットであり、そこには耐性のある作物品種の採用、生物的防除因子の促進、そして優れた輪作の実践などが含まれます。殺虫剤はあくまで他のすべての方策が失敗した後に使う最後の手段という位置づけです。こうすれば殺虫剤の使用量は一気に減りますし、実践の成功例もたくさんあります。
 しかし、農家が実際にIPMを採用するのは稀です。ロビー団体からの大きな圧力があるからです。殺虫剤産業は大々的な営業や販促をかけてくるもので、農家は本来ならば必要ない製品を使うよう説得されてしまいます。このロビー活動につぎ込まれている金額に比べてみると、環境団体からの反対運動は取るに足らないものです。要するに、ネオニコチノイドの場合のように、たしかに小さな戦いに勝利したこともありますが、一歩引いて全体を俯瞰してみると、戦況は明らかに不利なのです。
 ところで、こういうインタビューをするとついつい暗い話ばかりしてしまう悪癖がありまして(笑)、申し訳ありません。現実の一部は暗鬱としていますが、希望だってもちろんありますよ。

早川 「心には悲観主義を、意志には楽観主義を」というアントニオ・グラムシの言葉を思い出すと良いかもしれません。

グールソン ええ、なかなか言い得て妙だと思います。

――ひとりの科学者としてあるべき姿勢について

早川 ところで、先ほどのお話の結びの一言にもつながる質問ですが、科学者としての、また著述家としてのあなたの倫理に興味があります。ある現象への説明として、本書では作品全体をとおして様々な仮説がていねいに紹介されています。また、あなたはご自身の専門知識の限界や、本書で取り上げられている各説の様々な不確定要素も潔く認めています。一般向けの科学本によくあるパターンとして、すべてを単純化し、あたかも著者がすべてを知っているかのような書かれ方がされることもありますが、本書にはそのような感触がまったくありません。そこには、科学者や著述家としてのあなたの倫理が反映されているようにも思えたのですが、いかがでしょうか。

グールソン この問題について、最適なバランスを見つけるのはなかなか難しいです。それに、活動家に限りなく近い言動を行うのも、科学者としてはやや心地が悪いものです。殺虫剤に関する研究を始めて以来、何をもって行き過ぎとするかという問題には常に悩まされ続けてきました。
 科学者の中には、科学者は学術誌に研究結果を発表するだけが役目であり、余計なことはするべきではないと言う人たちもいます。しかし、私はこれには反対です。自分の研究やデータがもつ意味を一番よくわかっているのは科学者本人だからです。そのため、私たち科学者は自分たちの分野で起こっていることの含意を、科学界の外にいる人々にも広く説明していく必要があると思っています。そうしなければ、研究結果が行動に結びつくこともなかなかないでしょう。
 とはいえ、これは実に微妙な問題です。そもそも、科学者として何がどこまで許されるのか。例えば、私は、環境保護団体エクスティンクション・レベリオン(XR)の人たちと電話で話したことがあります。XRからは、科学部に参加しないかと誘われました。その後、XRは私に向けて、ロンドンの王立学会本部の玄関にペンキをかけるよう求めてきました。

早川 それはすごいですね。

グールソン 本当の話です。XRいわく、王立学会は気候変動やこれに必要な対策について十分な発言をしてこなかったからとのことでした。言うまでもなく、私はこの要求を拒否しました。明らかにおかしい行動だと思ったからです。それでも、これはグレーゾーンだと思います。何がどこまで許されるのか、はっきりしないからです。
 もうひとつ、科学者は誰しも著作物において公平性を期すように、また誠実であるようにするための訓練を受けるものです。現実として、多くの問いに関しては、正直なところ何が真実なのか判断がつかないこともしばしばあります。例えば、本書には除草剤のグリホサートについての章がありますが、そこでは人間に対して発がん性があるかどうかを考える上での証拠資料を紹介しました。真実にたどり着くのはとても骨が折れる作業です。それは科学者としての専門訓練を受け、あるテーマに関係する文献を網羅的に読んだ後でもなおそうなのです。私はいまだにグリホサートに発がん性があるかどうかを決めかねています。個人的にグリホサートを使いたくないと思うだけの証拠は十分にありますが、確固たる結論に至るとなると難易度は一気にあがります。

水田への農薬散布-韓国(Ⓒnop popeye77 /Shutterstock)

 残念ながら、現代世界には雑多な情報源やガセ情報があり、既得権益がしばしば意図的にことの真相を歪め、それについて間違ったイメージを作り出してもいます。これは1970年代から1980年代にかけて煙草産業がとった戦略にさかのぼり、その後化石燃料産業はこの戦略を気候変動に対して採用し、殺虫剤産業も殺虫剤を擁護するために同じことをしました。『懐疑の商人』(Merchants of Doubt)に書かれているとおりです。

早川 オレスケスとコンウェイの本ですね(*既刊の邦題は『世界を騙しつづける科学者たち(上・下)』ナオミ・オレスケス、エリック・M・コンウェイ著、福岡洋一訳、楽工社、2011年)。

グールソン そのとおりです。懐疑の商人たちは疑いの種をまき、混乱を引き起こし、それによって政治家に現状維持を正当化するための口実を与えます。他方で、グリホサートの例に戻ると、ほとんどの人にとって真実を自力で見極めるのは不可能だと思います。そのことを明確にするのは大切だと、私はこの本を書きながら感じました。分野によっては、本当に解明が進んでいない場合もあるわけです。
 もっと明るい話題に移りましょうか。昆虫については、まだまだ未解明なことがたくさんあります。ワクワクしますよね。先ほど申し上げたとおり、命名すらされていない生物種はたくさん存在します。まだ発見すらされておらず、生活環も生理学も習性もまったくわかっていないわけです。そもそも自然界の仕組み自体がまだ謎に包まれています。それは心を熱くさせると同時に人間を謙虚にさせる事実でもあります。というのも、自然界を研究すればするほど、今の私たちの理解の薄っぺらさが実感できるようになり、これから発見されるかもしれないものごとへの期待が膨らむからです。エキゾチックな場所へ行かなくても、私たちの身のまわりにはそのような発見の可能性が満ちあふれています。

――昆虫の存在意義を問うことをやめてみる

早川 本書の始めの方で、あなたはE・O・ウィルソンの思想を引き継ぎつつ、次のような趣旨のことを述べておられます。「私たちは昆虫の存在意義を考えるときに、人間にとって昆虫が役立つかどうかという風に考えがちだ。でも、本当ならば私たちは、昆虫には内在的な価値があり、人間の役に立たなくても保存されるべきだという見方をするべきだろう」。本書を読むと、昆虫に対してまさにこのような感情が読後感として残ります。

グールソン そうであってほしいと思いながらこの本を書きました。本書を読めば一目瞭然だと思いますが、私はとにかく虫たちが好きで、熱心すぎるところすらあります。昆虫が人間にとってなぜ重要なのかということを説明する際に、人間が虫たちの活動に依存している例(受粉など)を列挙することもしばしばありますが、それは私が虫たちを気にかけている本当の理由ではありません。他の人たちと昆虫の話で盛り上がるときにも、虫たちの有用性が私たちの心を動かしているわけではありません。本音を言うと、虫たちが単にクールで魅力的な生き物であるという理由が本当のところなのです。虫たちはきらきらした目をもっており、実に多彩な視点から世界と関わっています。人間と同じくらい、虫たちにも生きる権利があります。
 一般向けの講演会では、「カリバチがいる意味って何ですか」という感じの質問がよくお客さんから出ます。蚊やナメクジが槍玉に上がることも多いです(ナメクジは昆虫ではないですけどね)。それに答えて、私は「カリバチは生物的防除因子です」「送粉者です」という風に、昆虫の有用性を列挙していた時期もありましたが、最近では「そういうならば、人間がいる意味って何ですか」「そもそも意味なんて必要でしょうか」と言うに留めています。人間はこの惑星をおびただしい数の多彩な生物たちと共有しており、生き物たちにはそれぞれ取り替え不可能な個性があります。宇宙の彼方に思いを馳せたくなる気持ちもわかりますが、私たちが暮らしているこの岩のかたまりは唯一無二であり、私たちはこれを価値あるものとして丁重に扱い、世話をする必要があります。言うまでもなく、今の私たちは実にお粗末な仕方でこの惑星を扱っています。
 自然界への畏敬の念を回復する必要があるわけです。すべてを人間のための有用性で正当化しようとするのはもうやめるべきでしょう。そもそも自然界には一種の魔力が満ちています。あるいは、自然とのふれあいは人間の健康や幸福にとってプラスになるという証拠もたくさんあります。それだけでも、自然界を大切にする理由として十分でしょう。宗教めいた発言にも聞こえるかもしれませんが、私は特に信心深いわけではありません。ただ、自然界には魔法のような側面があり、それこそが最も重要であると考えているだけです。

(*は編集部注)

次回につづく

早川健治プロフィール
翻訳家。英訳書に多和田葉子著『Opium for Ovid』(Stereoeditions)、邦訳書にノーム・チョムスキー&ロバート・ポーリン共著『気候危機とグローバル・グリーンニューディール』(那須里山舎)、ヤニス・バルファキス著『世界牛魔人―グローバル・ミノタウロス』(那須里山舎)などがある。
ウェブサイト:https://kenjihayakawa.com/

『サイレント・アース 昆虫たちの「沈黙の春」』
著者プロフィール
デイヴ・グールソン Dave Goulson

生物学者。1965年生まれ。英サセックス大学生物学教授。王立昆虫学会フェロー。とくにマルハナバチをはじめとする昆虫の生態研究と保護を専門とし、論文を300本以上発表している。激減するマルハナバチを保護するための基金を設立。一般向けの著書を複数出版している。

訳者プロフィール
藤原多伽夫 ふじわら・たかお

翻訳家。1971年生まれ。静岡大学理学部卒業。おもな訳書にブライアン・ヘア、 ヴァネッサウッズ 『ヒトは〈家畜化〉して進化した』、パトリック・E・マクガヴァン『酒の起源』(ともに白揚社)、スコット・リチャード・ショー『昆虫は最強の生物である』、チャールズ・コケル『生命進化の物理法則』(ともに河出書房新社)、ジェイムズ・D・スタイン『探偵フレディの数学事件ファイル』(化学同人)ほか。

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