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「NHK出版新書を探せ!」第7回 歴史を通して思考を鍛えるとは?――藤野裕子さん(歴史学者)の場合〔後編〕

 突然ですが、新書と言えばどのレーベルが真っ先に思い浮かびますか? 老舗の新書レーベルにはまだ敵わなくても、もっとうちの新書を知ってほしい! というわけで、この連載では今を時めく気鋭の研究者の研究室に伺って、その本棚にある(かもしれない)当社新書の感想とともに、先生たちの研究テーマや現在考えていることなどをじっくりと伺います。コーディネーターは当社新書『試験に出る哲学』の著者・斎藤哲也さんです。
 ※第1回から読む方はこちらです。

<今回はこの人!>
藤野裕子(ふじの・ゆうこ)

1976年生まれ。東京女子大学現代教養学部准教授。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。著書『都市と暴動の民衆史 東京・1905-1923年』(有志舎、第42回藤田賞受賞)『民衆暴力――一揆・暴動・虐殺の日本近代』(中公新書)、共著に『震災・核災害の時代と歴史学』(青木書店)、『歴史学のアクチュアリティ』(東京大学出版会)、『公正から問う近代日本史』(吉田書店)などがある。

歴史を通して思考を鍛える

――『民衆暴力』は新書とはいえ、200ページ強とコンパクトですよね。内容的にはいくらでも膨らませることができると思うのですが、ここまでコンパクトにまとめたのは何か意図があるんですか。

藤野 「あとがき」に書いたように、読者が細かい知識に触れるだけの本にはしたくなかったんです。知識だけではなく、歴史を通して思考を深められる本にしたかった。こんな説もあんな説もありますと言いながら、どうすれば整合的な理解ができるのかを一緒に考えていくような、そういう本にしたかったんです。結果的に、ページ数としてはコンパクトなんですが、考えるべき論点が多い本になりました。私もゲラを校正していて、章が終わるごとに頭が疲れたぐらいですから。

――何を削るかという判断がとても難しいだろうなと想像したんですが。

藤野 本当にそうですね。最新の個別研究を全部さらうことはしませんでした。本質的な論点がどこにあるかがわからなくなる可能性がありますので。一方で、オーソドックスに積み重ねられてきた議論が、いま忘れられかけているように感じるんです。だからこの本では、オーソドックスな学説相互の関連や論点の移り変わりを伝えることを重視しました。

――よくわかります。コンパクトではありながら、一つの事件に対するさまざまな学説を絶妙に配置していることが読後の印象として強く残りました。こういう説がある、でもそれだけでは現象を適切に捉えきれないということを指摘して、別の学説を提示して議論を展開する。歴史的な思考を深めるのにはうってつけの本ですね。

藤野 そういう感想をいただけると、本当にうれしいです。これで平気かなと思いながら書いていたので(笑)。書き手というのはどれだけ想像力を働かせたとしても、本当に読者にこちらの意図が伝わるかどうか、確信が持てないんですよね。いまの感想には救われるものがあります。

 歴史研究者は、一つの出来事の評価についていろいろな議論をしてきました。ある発展段階モデルに合わせて、ここに位置づけられるんじゃないかとか。でもそうしたモデルに出来事を当てはめようとすると、当時の人びとの感覚とはかけ離れた評価になるんじゃないかとか。当時の人びとに近づくためには今の価値観を相対化することが大事だけど、でも相対化しっぱなしでいいんだろうかとか。
 そうした議論をふまえて出来事を考察すると、一般に流布しているイメージとは異なる、驚くような側面が見えてくることがあります。

 加えて、ああでもない、こうでもないと、さまざまな歴史の見方を追ってみると、現在の私たちのあり方を振り返る機会にもなる。ついこの間まで、暴力をめぐってこんなに政治や社会が揺れ動いていたのに、なぜ私たちはいま暴力を忌避して済ませていられるのだろうか。そう考えると、いまの当たり前が当たり前じゃなくなるし、むしろいまのほうが不思議なのかもしれません。さらにそこから、いま暴力はどこにあるのだろう、これからどうすればいいんだろうと考えていくこともできます。
 過去の民衆がふるった暴力を直視して理解することで、暴力に対する見方や考え方を鍛える。そしてそれを通じて、現代の感覚を見直してみる。それが歴史を通して思考を鍛えることの一つだと思うんです。

「真夜中の補講」と「生煮え研究相談会」

――話題は変わりますが、藤野さんは早くから、ツイキャスで学術書の著者インタビューや研究教育の雑感などを配信する「真夜中の補講」や、研究者が生煮えの研究を相談する「生煮え研究相談会」を開催されていますね。どういう経緯でこうした活動を始めたんですか。

藤野 最初の本を出したときに、宣伝もかねてツイッターを始めたんですが、ツイッターをとおして、「せんだい歴史学カフェ」さんが学術的なネット番組をツイキャスで配信していることを知ったんです。それを見たときに、「ああ、これは私が以前やろうとしていたことだ」と思い出したんですよ。
 以前、交通事故にあってほとんど寝ているしかなかった時期があるんです。ケガの影響で、その時期は文章を書くことが困難だったんですね。文字を読むのもつらい。当然、研究もできませんでした。でも自分の知がなくなっているとは思えなかったんです。それまで読んできたことや考えてきたことは自分のなかにあるはずで。もしかしたら、それを音声で発信することはできるんじゃないか。当時、そういう妄想を膨らませていたんです。そのとき私はまだ大学院生で、定職もありませんでした。院生や若い研究者が論文ではない形で自分の研究を発信したら面白いだろうと。その後、練習を重ねて、文章の読み書きができるようになったので、そのことをすっかり忘れていたんです。

――それで「せんだい歴史学カフェ」さんの番組を見て、思い出したわけですね。

藤野 そうです。これは昔自分がやりたかったことだ、じゃあやってみようと、2016年5月から始めたら、ずっと続いてしまって。始めた当初は、「真夜中の補講」と名付けたからには、絶対に午前0時をまたがないといけないと、なぜか思い込んでいました。だから夜の11時くらいから始めて、1時ぐらいまでやってました。若かったんでしょうね(笑)。今はそんな体力はなくて、午後8時、9時の、全然「真夜中」じゃない時間帯にやっています。

 最初は本当に雑談のような配信でしたが、やっているうちに学術書の著者インタビューが主軸になってきました。「立ち読み感覚で聴いてください」というコンセプトで、著者に本の内容を紹介してもらい、視聴者にはコメント欄に質問を書き込んでもらう。それにもまた著者に答えてもらって。このインタビューがきっかけになって本に手を伸ばしてくださる方もけっこういます。いきなり学術書を読んだら難しいけれど、前もっておおまかな話を聞いておくと、難しい本でもとっつきやすくなると思うんです。

――研究者が研究者にインタビューするのは画期的なことだと思います。研究者ならではの質問も出るだろうし、しかもそれを音声で、ライブで聞けるのもいいですね。活字になるインタビューはどうしても構成してしまうので。

藤野 音声のログをずっと公開したままだと、どうしても発言が制限されるんですよ。すごい気を遣って発言しなきゃいけないので。なので、以前はログを完全に非公開にして、もう言いたいことを言っちゃってください、という形でやってました(笑)。今は配信後一週間くらい公開することが多いです。

――インタビューする人はどうやって決めているんですか。

藤野 日本史を取り上げると狭い範囲の話になってしまうので、それはなるべくやめようと。だから社会学や政治思想、西洋史とか、私の専門から少しずらすようにしているんです。そうすると日本史好きの視聴者も、視野が広がるかもしれませんし、いろいろな分野の研究者の話を聞けたほうが楽しいだろうし。

――もうひとつの「生煮え研究相談会」はどんなことをしているんですか。

藤野 これは、つい最近、新型コロナウイルスが流行してから始めたものです。その名のとおり、まだ研究会や学会に持っていくほどには煮えていない段階で、研究のプロセスを気軽にシェアして意見を言い合える場があるといいなと思って始めました。緊急事態宣言が出たりして、私自身がそういう場がほしかったんです。誰も集まらなかったとしても、私しか聞いている人がいなかったとしても、その会に向けて研究内容をまとめるだけでいい機会になるし。そういう場があることで、いろいろな人の研究活動がちょっとでも進んでいけば、学界全体が少しでも足を止めずに動くことになるんじゃないかと。そんなことを考えてやっています。

文化史と事件史を重ねてみる――『天皇のページェント』

――最後にこの連載の恒例で、お読みになっているNHK出版新書を1冊紹介していただけますか。思いつかない場合は、NHKブックスでもかまいません。

藤野 T・フジタニさんの『天皇のページェント――近代日本の歴史民俗誌から』というNHKブックスを取り上げようと思います。天皇や皇室に関する儀礼や儀式がもつ政治的な意味や効果を解き明かした本で、1994年に出ているんですよね。私は95年に大学に入り、大学生のときにこの本を読んで、文化史研究の面白さを実感しました。

天皇のペーシェント

 たとえば天皇の巡幸がどういう意味を持っていたかとか、あるいは錦絵などに天皇がどう描かれ、それがどういう政治的な効果を持っていたかといったことが、詳しく考察されています。現代の私たちにとっても、皇居の場所や宮中の儀式や儀礼がもつ意味を考えるいい機会になる本です。

 一方で、いま読み返すと、少し物足りないところもあって。天皇制が機能していくプロセスに、儀式や儀礼が大事なのは確かですが、それだけでは効果が限定的だったのではないかと。やっぱり大逆事件のように、国がふるってきた暴力の側面を、儀礼、儀式の効果と合わせて考える必要がある。そういう意味では、文化史研究にも事件史が大事なんじゃないかなと思ったわけです。せっかくなので、私の研究ともつなげて紹介してみました(笑)。

――すばらしい(笑)。今日はどうもありがとうございました。今後の「真夜中の補講」も楽しみにしています。

*取材・構成:斎藤哲也/2020年9月上旬、オンラインにて取材

〔第8回へ続く〕

〔第6回へ戻る〕

プロフィール
斎藤 哲也(さいとう・てつや)

1971年生まれ。ライター・編集者。東京大学文学部哲学科卒業。ベストセラーとなった『哲学用語図鑑』など人文思想系から経済・ビジネスまで、幅広い分野の書籍の編集・構成を手がける。著書に『もっと試験に出る哲学――「入試問題」で東洋思想に入門する』『試験に出る哲学――「センター試験」で西洋思想に入門する』がある。TBSラジオ「文化系トークラジオLIFE」サブパーソナリティも務めている。
*斎藤哲也さんのTwitterはこちら
*NHK出版新書編集部のTwitterはこちら

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