連載 ロジカルコミュニケーション入門――【第9回】論理パズルを楽しもう!
●論理的思考の意味
本連載【第1回】「論理的思考で視野を広げよう!」では、「論理的思考」が「思考の筋道を整理して明らかにする」ことであると解説した。たとえば「男女の三角関係」のように複雑な問題であっても、思考の筋道を整理して明らかにしていく過程で、発想の幅が広がり、それまで気づかなかった新たな論点が見えてくる思考法である。
【第2回】「論理的思考で自分の価値観を見極めよう!」では、「ロジカルコミュニケーション」によって新たな論点を探し、反論にも公平に耳を傾け、最終的に自分がどの論点を重視しているのか、自分自身の価値観を見極めることの意義を説明した。
【第3回】「論点のすりかえは止めよう!」では、「ロジカルコミュニケーション」の大きな障害になる10の代表的な「論点のすりかえ」について具体的に紹介した。日常的にできる限り論点のすりかえを止めるだけでも、コミュニケーションはかなりスムーズで建設的になるはずである。
【第4回】「白黒論法に注意しよう!」では、とくに詐欺師がよく使う「白」か「黒」しか選択の余地がないと思わせる「白黒論法」を解説した。相手が「白黒論法」のような「二分法」を押し付けてきた場合、命題を整理すると実際の組み合わせは2通りではなく4通りであることが多いのに注意してほしい。
【第5回】「『かつ』と『または』の用法に注意しよう!」では、日常言語では曖昧になりがちな「~ではない(否定)」と「かつ(連言)」と「または(選言)」の組み合わせについて、「論理的結合子」を用いて記号で処理すると、論理的に厳密に表現できることを解説した。
【第6回】「『ならば』の用法に注意しよう!」では、日常言語では曖昧になりがちな「ならば(条件)」および「逆・裏・対偶」が、「論理的結合子」を用いて記号で処理すると、論理的に厳密に表現できることを解説した。
【第7回】「明確に『論証』してみよう!」では、日常言語では曖昧になりがちな「話の正しい筋道」が、アリストテレス以来の「論証」という概念で論理的に厳密に表現できることを解説した。論証には、モダス・ポネンスやモダス・トレンスのように「妥当」なものと、後件肯定虚偽や前件否定虚偽のように「妥当ではない」ものがある点に注意してほしい。
【第8回】「多種多彩な『論証』を使ってみよう!」では、8つの「妥当」な論証形式「MP、MT、HS、DS、Add、Simp、Conj、CD」を確認した。記号化されているため、最初は戸惑う読者もいるかもしれないが、これらを自在に使いこなせるようになれば、日常の議論にも大いに役立つので、ぜひ頭に叩き込んでほしい!
●ナイトとネイブのパズル1[問題]
今回は、論理パズルを楽しみながら、これまでに登場したさまざまな概念を再確認したい。
ある島に、2種類の住人が居住している。「ナイト(Knight: 騎士)」は正直であり、彼の発言はすべて真である。「ネイブ(Knave: ならず者)」は嘘つきであり、彼の発言はすべて偽である。島のすべての住人は、ナイトかネイブのどちらかである。
島の住人Xと出会ったとする。もしXが「日曜日の翌日は月曜日です」と言えば、彼はナイトであり、「日曜日の翌日は火曜日です」と言えば、彼はネイブである。「2は偶数です」と言えばナイトであり、「2は奇数です」と言えばネイブである。要するに、Xが真実を語ればナイトであり、嘘をつけばネイブである。
ただし、Xの1回の発言だけから正体を見破ることができるとは限らない。たとえば、Xが「私はナイトである」と言ったとする。Xは、自分はナイトだと正直に言うナイトかもしれないが、自分はナイトだと嘘を言うネイブかもしれない。したがって、この発言だけからXの正体を決定することはできない。
それでは、問題である。ナイトとネイブの島の住人Xが「私はネイブです」と言ったとしよう。Xの正体は何者だろうか。
●ナイトとネイブのパズル1[解答]
もしXがナイトであれば、自分をネイブだと偽ることはないから、Xはナイトではない。一方、もしXがネイブであれば、自分はネイブだと正直に言うこともないから、Xはネイブでもない。したがって、ナイトとネイブの島の住人が「私はネイブである」と言うことは不可能である。
このパズルは、トリッキーだと思われたかもしれない。島の住人Xが「私はネイブである」と言ったということ自体が不可能であるとか、この問題自体が成立しないとする解答も、もちろん正解である。
ここで理解してほしいのは、①ナイトの発言はすべて真であり、②ネイブの発言はすべて偽であり、③すべての住人がそのどちらかである、という3つの前提に基づいて構成された島のシステムで、住人が「私はネイブである」と発言すること自体が、システムに対する矛盾となる点である。つまり、これはシステムから「飛び出た」発言なのである。
島の内部では、いかなる真実もナイトが発言できるし、いかなる嘘もネイブが発言できる。それでは、一般の社会と同じように、何でも発言できるはずだと思われるかもしれないが、実は、そうではない。ナイトとネイブの島に、「私はネイブである」という発言は、永遠に存在しないのである。
●ナイトとネイブのパズル2[問題]
ナイトとネイブの島において、「私はネイブである」という発言は不可能であることがわかった。これ以外に、ナイトとネイブにとって不可能な発言はあるだろうか。
●ナイトとネイブのパズル2[解答]
不可能な発言は、無数にある。「私はネイブである」と同じ理由から、「私は嘘つきである」や「私はナイトではない」も発言できない。
これらの論理的矛盾を生み出す「システムから飛び出た発言」に加えて、実は、ナイトとネイブは、日常会話の大部分も発言できない。たとえば、「あなたの名前は何ですか」や「なんて美しい花だろう」や「コーヒー頂戴」も、すべて不可能な発言である。
●真理の対応理論
ナイトとネイブは、なぜ簡単な日常会話を発言できないのだろうか。ここで、再確認してほしいのは、ナイトの発言はすべて真であり、ネイブの発言はすべて偽だという定義である。
ところが、「疑問文・感嘆文・命令文」などの発言は、真でも偽でもない。これらの文は、日常的なコミュニケーションにおいては有効だが、論理的には、真や偽の「真理値」を持たない語用とみなされる。だから、ナイトとネイブには発言できないのである。同じ理由から、「こんにちは」や「さようなら」の挨拶語でさえ、彼らは発言できない。
それでは、何を基準に真と偽が定められているのだろうか。ここでは、発言が事実と一致すれば真であり、事実と一致しなければ偽であると考えている。この考え方が本連載第4回で説明した「真理の対応理論」である。
ここで「事実」とは何か、「発言」と「事実」との対応関係をどのように認識するのか、といった疑問が生じるかもしれない。これらは当然の疑問なのだが、それより先は哲学的な議論となるので、とりあえず真理の対応理論を前提として話を進めてほしい。
真か偽を決定できる事実が「命題」と呼ばれることも説明した。命題は、発言でも文でもなく、「事実」そのものであることに注意してほしい。
たとえば、21世紀最初の元日は月曜日である、という事実がある。この事実は、カレンダーを見れば、真であることを検証できる。よって、「21世紀最初の元日は月曜日である」という事実は、命題を表している。ところが、この命題は、次のように言い換えることもできる。
(1) 2001年1月1日は、月曜日である。
(2) 2000年12月31日の翌日は、月曜日である。
(3) 2000年12月30日の翌々日は、月曜日である。
……
このように、「21世紀最初の元日は月曜日である」という一つの事実を表現する発言は、無数にあることがわかる。さらに、この事実は、日本語以外の英語でもフランス語でも中国語でも、無数の言語で表現できる。
そこで、論理学では、同じ命題を表現する無数の平叙文や言語の煩雑さを避けるために、命題を記号化するわけである。たとえば、「21世紀最初の元日は月曜日である」という事実を命題P、「21世紀最初の元日は火曜日である」という反事実を命題Qと定めるとする。このとき、命題Pは真であり、命題Qは偽である。
●ナイトとネイブのパズル3[問題]
ナイトとネイブの島において、2人の住人XとYと出会った。するとXが「私はネイブであり、Yはナイトです」と発言した。XとYの正体はわかるだろうか?
●ナイトとネイブのパズル3[解答]
ここで「Xはネイブである」という命題をP、「Yはナイトである」という命題をQとおく。するとXの発言は「P∧Q」と記号化できる。Xはナイトかネイブのどちらかでなければならないので、2つのケースに分けて考えてみよう。
まず「P∧Q 」の真理表を作成する。
(1) Xはナイトであるとすると、Pは偽である。さらに彼は正直者なので彼の発言「P∧Q」は真でなければならない。ところが、真理表により、「P∧Q」が真になるのはPとQの両方が真の場合のみ(1行目)なので、Pは真であることになり矛盾する。よってXはナイトではない。
(2) Xはネイブである。よってPは真である。さらに彼は噓つきなので彼の発言「P∧Q」は偽でなければならない。真理表により、Pが真であると同時に「P∧Q」が偽になるのはQが偽の場合のみ(2行目)なので、Qは偽である。よってYはネイブである。
以上の論証により、Xはネイブであり、Yもネイブである。
●ナイトとネイブのパズル4[問題]
ナイトとネイブの島において、3人の住人XとYとZと出会った。するとXが「Yはナイトです」と発言し、Yは「もしXがナイトならば、Zもナイトです」と発言した。XとYとZの正体はわかるだろうか?
●ナイトとネイブのパズル4[解答]
ここで「Xはナイトである」という命題をP、「Yはナイトである」という命題をQ、「Zはナイトである」という命題をRとおく。するとXの発言は「Q」、Yの発言は「P⇒R」と記号化できる。Xはナイトかネイブのどちらかでなければならないので、2つのケースに分けて考えてみよう。
まず「P⇒R」の真理表を作成する。
(1) Xはネイブであるとすると、Pは偽である。さらに彼は嘘つきなので彼の発言「Q」は偽でなければならない。よってYもネイブであり、「P⇒R」も偽でなければならない。ところが、真理表により、「P」と「Q」と「P⇒R」のすべてを偽にする組み合わせはないので矛盾する。よってXはネイブではない。
(2) Xはナイトである。よってPは真である。さらに彼は正直者なので彼の発言「Q」は真でなければならない。よってYもナイトである。真理表により、「P」と「Q」と「P⇒R」のすべてを真にする組み合わせはRが真の場合のみ(1行目)なので、Zはナイトである。
以上の論証により、Xはナイト、Yはナイト、Zもナイトである。
●ナイトとネイブのパズル5[問題]
ナイトとネイブの島において、住人Xと出会った。すると彼は「私はアリスを愛しています」と発言し、さらに「もし私がアリスを愛していたら、私はベルも愛しています」と発言した。Xの正体はわかるだろうか? また彼が誰を愛しているかわかるだろうか?
●ナイトとネイブのパズル5[解答]
ここで「Xはアリスを愛している」という命題をP、「Xはベルを愛している」という命題をQとおく。するとXの発言は「P」と「P⇒Q」と記号化できる。Xはナイトかネイブのどちらかでなければならないので、2つのケースに分けて考えてみよう。
まず「P⇒Q」の真理表を作成する。
(1) Xはネイブであるとすると、彼は嘘つきなので彼の発言「P」と「P⇒Q」は偽でなければならない。ところが、真理表により、「P」と「P⇒Q」の両方を偽にする組み合わせはないので矛盾する。よってXはネイブではない。
(2) Xはナイトである。彼は正直者なので彼の発言「P」と「P⇒Q」は真である。真理表により、「P」と「P⇒Q」を真にする組み合わせはQが真の場合のみ(1行目)である。
以上の論証により、Xはナイトであり、彼はアリスもベルも愛している。
●ロジカルコミュニケーションの第9歩は多種多彩な論理パズルを楽しむこと![第1歩~第8歩は、本連載第1回~第8回参照]
このように多種多彩な「論理パズル」を楽しむことによって、論理的思考力が鍛えられる。今回は、その入り口を示しただけだが、これまで学んできた記号を使用することによって、スムーズに正解が見えてきたはずである。以下に課題を挙げておくので、自力で解いて楽しんでほしい!
●[課題1]ナイトとネイブの島において、住人Xと出会った。すると彼は「私はアリスを愛しています」と発言し、さらに「もし私がアリスを愛していたら、私はベルを愛していません」と発言し、さらに「私はアリスかベルのどちらかを愛しています」と発言した。Xの正体はわかるだろうか? また彼が誰を愛しているかわかるだろうか?
●[課題2]ナイトとネイブの島において、住人Xと住人Yと出会った。以下の状況で、XとYの正体はわかるだろうか?
(1) Xは「私はネイブであるか、Yはナイトであるかのどちらかです」と発言した。
(2) Xは「私たち2人のうち、少なくとも1人はネイブです」と発言した。
(3) Xは「もし私がナイトならば、Yはネイブです」と発言した。
(4) Xは「もしYがナイトならば、私はネイブです」と発言した。
(5) Xは「私がナイトであるときに限ってYはネイブです」と発言した。
●[課題3]ナイトとネイブの島において、住人Xと住人Yと住人Zと出会った。以下の状況で、XとYとZの正体はわかるだろうか?
(1) Xは「私たち全員がネイブです」と発言した。
Yは「私たちのうち1人だけがナイトです」と発言した。
(2) Xは「私がナイトであるときに限って、YとZはどちらもナイトです」と発言した。
Yは「もし私がナイトであれば、Xはネイブです」と発言した。
(3) Xは「私とZのどちらかがナイトです」と発言した。
Yは「私とXのどちらかがネイブです」と発言した。
(4) Xは「私たち全員がネイブです」と発言した。
Yは「私たちのうち1人だけがネイブです」と発言した。
(5) Xは「私たちのうち1人だけがナイトです」と発言した。
Yは「私たちのうち1人だけがネイブです」と発言した。
参考文献
高橋昌一郎(著)『東大生の論理』筑摩書房(ちくま新書)、2010年
高橋昌一郎(著)『20世紀論争史』光文社(光文社新書)、2021年
高橋昌一郎(監修・著)/山﨑紗紀子(著)『楽しみながら身につく論理的思考』ニュートンプレス、2022年
スマリヤン(著)/高橋昌一郎(監訳)/川辺治之(訳)『記号論理学』丸善、2013年
イラスト・題字:平尾直子
高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)
國學院大學教授・情報文化研究所所長
専門は論理学・科学哲学。主要著書に『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『実践・哲学ディベート』(NHK出版新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など多数。
動画【ロジ研#8】ロジカルコミュニケーション入門【第8回】のご案内
本連載の内容について情報文化研究所の研究員たちがディスカッションしています。ぜひご視聴ください!
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