体質が似た人から健康法を学ぶ――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子
『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。年末の忙しいなか、柚木さんが元気に過ごす秘訣をお届けします。
※当記事は連載の第45回です。最初から読む方はこちらです。
#45 私のお手本
最近、案外、自分に体力がついてきたことに驚く。
十代〜二十代は肺炎で入退院を繰り返していた。産後は乳腺炎やマイナートラブルに悩まされ、身体がヘロヘロしていたし、コロナ禍では自粛を余儀なくされたせいで、朝夕の感覚がよくわからなくなり、睡眠トラブルに見舞われた。しかし、2024年の今、コロナ禍も収束し、忘年会やホームパーティが完全解禁となり、尚且つ仕事のハードな年末進行、大きくなってきた子供の予定がどんどん増えて、休日早起きを余儀なくされても、とりあえず風邪を引かずに、乗り切れている。なんでだ?と考えた結果、気がついたことがある。簡単な話なのだが、私はついに、記憶の中の自分の母のライフスタイルをそのまま完コピするようになったのである。
完全に人によると思うのだが、私は母と体質が似ている。眠りが浅く、歯軋りが止まらず、気圧の変化に弱くて、一回疲れると元気がなかなか出なくて、ダラダラ横になって、時間がうまく使えなかったと気ばかり焦る。
マヌカハニー、梅肉エキス、プロポリス、薬用養命酒。私が十代の頃、四十代の母はなんだかいつも茶色のねっとりしたものを舐めていた記憶があり、試しにひと匙 口に運んで、うわっと顔を顰 めていたのだが、今では全部即、体内でエネルギーに還元されるのがわかる。特にプロポリスは、あの独特の不味ささえ美味しい。そういえば、母は冷たいジュースみたいなものは絶対に飲まなかった。母は生の生姜をすりおろし、スパイスをたっぷり入れたチャイを作っていた。どの料理にも薬味をふんだんに使っていて、市販のお菓子を好まなかったし、煎餅、チップスを口にしなかった。ジムには通っていなかったけど、信じられない距離をスタスタと運動靴で歩いていた。寝る一時間前くらいから、木の棒でのツボ押しやら体操やら、睡眠のためのチルタイムがあって、その間はテレビからも遠ざかっていたが、通販番組だけは別。母にとって通販番組は睡眠薬だった。薄手の腹巻きや靴下の重ね履きを欠かさなかった。父との生活はストレスも多そうだったが、母は美術館 めぐりや、映画鑑賞などで、うまく発散していた感じもある。母に連れられたアート鑑賞は、実はあまり覚えていないのだが、白い巨大な空間(室内なのに水が流れていたりする)だけはやけに記憶に残り、今も夢に出てきたりしている。あの頃はまだ大人すぎて魅力がわからなかった、母が好きだったジーナ・ローランズやアヌーク・エーメの良さが最近私にもジンジンと伝わり始めている。
しかも、記憶の中はもちろん、写真で見ても、四十代の母は私よりずっと身綺麗で若々しいので、参考になりやすい。おまけに大人っぽくて、口紅をちゃんとつけて、髪もセットしているのだ。なんだか、自分が誰かの目の前で女神の住む池に落ちて、「お前が落としたのは金の麻子か、銀の麻子か」とその人が聞かれて、正直に答えたゆえに出てきた、金の自分感がある。
ネットでも雑誌でも、芸能人やインフルエンサーがタフになるためのサプリや健康法を伝授しているが、あの人たちは元々人並み外れた体力と気力を持っている。真似したところで続かないし、そもそも心がついていかないのではないか。家族でなくても、自分と体質が似た手本を探した方が、近道だ。
夜、電話をかけては、母とお互いの体調の話をしあう。今の母は水泳やジム通い、バンド活動などをしていて、私よりよほどアクティブで、比べると自分はダメだなあ、と思うが、なんもしないよりはマシなので、靴下を重ねてちょっとだけ歩いてみたりしている。
ちなみに、私は昔、母が年末に、ギラギラした銀色に輝く繊維で編まれた、暖かそうなニットを着ていた時、「紅白にでも出るのか」と思っていたのだが、この冬、同じものが欲しくて仕方がない。
次回の更新予定は1月20 日(月)です。
題字・イラスト:朝野ペコ
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プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)
ゆずき・あさこ 1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『らんたん』『オール・ノット』『マリはすてきじゃない魔女』『あいにくあんたのためじゃない』など著書多数。雑誌でのドラマ批評連載をまとめた最新刊『柚木麻子のドラマななめ読み!』が好評発売中。