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キャラクター料理をもっと美味しく――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今月は「キャラクター料理」と「おいしい」の両立についての考察です。
※当記事は連載の第24回です。最初から読む方はこちらです。


#24 推しと美味

 祖師ヶ谷大蔵がテレビ番組に取り上げられ、その中で紹介されたウルトラマンカフェが気になったので、ママ友と子どもたちと一緒に行ってみた。物販には新旧たくさんのウルトラマンや怪獣が並び、飲食スペースでは、パスタやカレーも楽しめる。私はそこで、ウルトラマンのキャラクターが模されたラテアートを注文した。
 ふわふわのミルクが浮かんだラテ、バルタン星人の形にココアの粉が抜かれている。最小限のシルエットでも、それがバルタン星人だとわかる。とてもかわいい。なんの無理もなく美味しい。もちろん、その時の気分もあったのかもしれない。子どもも仲良しと一緒のせいかまあまあよく食べてくれていたし、ママ友ともツーカーの仲で子どもたちそっちのけで話も弾む。そんな中ですするあつあつラテ、美味しくないわけがない。
 テンションが上がったので、物販スペースでは、ウルトラマンのシリコントレーを買い求めた。熱には230度まで耐えられるらしく、これならば生地を流し込むだけで、ウルトラマンの形のマドレーヌが焼ける‼ と俄然やる気が出てきた。
 この連載を読んでいる方ならわかると思うが、コロナ禍、子どもを喜ばせようとして、私はキャラクター料理をいろいろ作ったが、どれも空振りに終わった。パンどろぼうを模したサンドイッチ、アンパンマンを模したあんぱん、ノラネコぐんだんを模したオムライス――。私の腕の問題もあるが、見た目がキャラクターに近づくと味がお留守になり、美味しいとキャラクターの造形から遠くなる。肝心の子どもは調理を楽しんではいたが、ほとんど口をつけてはくれなかった。あまりにも労力に見合わないので、ずっと遠ざかっていたキャラ料理。でも、先だってのバルタン星人ラテがとても気に入ったので、再チャレンジしてみたくなってきた。
 そもそも、私はこれまでキャラクターフードを誤解してはいなかったか。作るのがめちゃくちゃ大変な何か。そして、外で食べるときは、見た目がなにより大事だから味に期待してはいけない。そんな風にどこかで思ってはいなかったか?
 キャラクターフードはもはや日本の一大産業といっていいほどのコンテンツだ。土産屋さんに行けば、有名キャラのクッキーやせんべいは一通り揃っているし、アニメのコラボカフェは話題を呼び、最近ではアイドルのイベントで本人が企画した料理(曲にちなんでいたりする)が食べられたりもする。しかし、そのどれもが完全に美味しいというわけではない。大きな声ではいえないが、さる商業施設のパステルカラーで彩色された可愛らしいフード類、見た目とは裏腹の凄まじい味、例えるならバリウムのような硬い甘さで、完食に苦労したことがある。あと、食品の最新インクジェットプリント技術を否定するつもりはないし、実際キャラクターが鮮明に印刷されたクッキーを、嬉しく買い求めたこともある。でも、あの味が楽しみかっていうと……。
 でも、バルタンラテで私は学んだ気がする。キャラクターフードもまた美味しくあるべきで、そのためには最低限のモノクロの線だけで判断がつくものを積極的に採用にするべきだ。いってしまうとお菓子だったらココア、食事だったら海苔で再現できるもの。それだと必然的に味も美味しくなるのである。というか、まずくすることがほぼ不可能だ。シルエット、そう、すべてはシルエットだったのだ。ミッキーマウスやスヌーピー、ハローキティ、クレヨンしんちゃんは、実によくできていると思うのである。
 美味しいキャラクターフードから逆算してキャラクターを考えたら、優れた物語も生まれたりして? そんなことを考えながら焼いたウルトラマンマドレーヌ。贅沢にはちみつとバターをたっぷり入れて、プレーン味とココア味で焼きあげた。味はとても美味しいが、頭部の形で焼きあがるので、こんがりしたウルトラマンの首から上だけがケーキクーラーにずらりと並ぶと、やっぱりちょっと怖い。
 それでも、「推し」と「おいしい」が重なったら、幸せは二倍だ。だからこそ、そろそろ本当に、出ている演者も出てくる料理も私にあいそうなディナーショーを見つけ、年内にデビューしようかと考えている。


次回の更新予定は4月20日(木)です。

題字・イラスト:朝野ペコ

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プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)

1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『らんたん』など著書多数。

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