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増える本、どうする?――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今月は小説家にはつきものの悩みについてです。
※当記事は連載の第25回です。最初から読む方はこちらです。


#25 ときめきでは決められない

 新型コロナウイルスが発生してから三年。ものすごく本が増えてしまったのだ。物書きの家に本が多いのは当たり前だし、物書きに限らず自粛の間にネットで本を買いまくった人は多いだろうと思う。しかし、我が家のそれは、生活に支障が出るくらいの多さなのである。本のタワーのせいで、通帳を仕舞っている棚まで行けない。同じ本が何冊もあったりする。『にごりえ・たけくらべ』は五冊。なんでこんなに本が増えたのか理由をあげてみようと思う。

一.歴史物の仕事が増えた
母校の創立者の人生を描いた『らんたん』。明治大正昭和の人物伝、生活文化の記録、教育史史料、地図など、あまりにも膨大で、その数、大きめの段ボール約三箱分である。さらに『らんたん』を出版後、明治大正に活躍した女性、さらに今は亡き昭和の有名作家についての原稿依頼が多く、確認のために段ボール三箱は捨てるに捨てられない。なによりも、史料としてけっこう高かったものも多いから、手放すのが惜しい。あと、友達の作家が近現代史を書くときに、貸してあげられるかな、と思っていたりもする。
 
二.献本が増えた
私くらいのキャリアの物書きはみんなそうかもしれないが、この数年で、書評依頼が増え、各出版社から新刊がたくさん届くようになった。ありがたいし、できるだけ読むし、書くようにしているが、どうしても分厚い海外のシリアスめのノンフィクションを積読する傾向にある。

三.自分の出した本が単に増えた
自分が寄稿した雑誌はとっておきたいが、自分のページだけやぶってファイリングしている。しかし、ファイルだけでも膨大で、それに単行本、文庫本、アンソロジー、ムック本をあわせるともう本棚一つ埋まるくらいの量である。

四.どこにも行けないので、絵本を気の向くままに買いまくった
最近出版された絵本は、面白くて発想が新しいものも多く、私の勉強にもなる、とつい言い訳してしまう。子どもも絵本の雪崩の中で生活しているようなものである。

五.人に本をあげる機会が減った
コロナ前は読んだ本は積極的に人にあげていた。うちに出入りする人が多かったので、「これ、面白そう」「あ、読み終わったからあげる!」というやりとりが自然に行われていた。それが途絶えた今……。

 いつかは片付けねばならない。しかし、一冊一冊に著者や関係者がかけた労力を想像すると、同業だけに、どうしても捨てられない。昔のこんまりメソッドでときめくときめかない、で判断しようにも、ときめいていなくても捨ててはいけないんじゃないか、本は? という声がどこかからする。ときめいているといえば、全部にときめいてもいるのである。「売れば?」という意見もあるが、史料にしても本にしても、出版社からもらったものもかなり多い。もらったものを売るのはダメだ! という気持ちが強い。自分で購入したものだとしても、この出版不況、自ら進んで書籍を安価な市場に出回らせてしまっていいのか? とブレーキがかかる。私も作家デビュー前は、図書館やブックオフを大活用していたので、借りて読んでもらうのも古本で読んでもらうのも大歓迎だが、以前、尊敬する先輩に「できるだけ私は本は定価で買って、売らないようにしている。もったいないけど、あげるか捨てるにしている」と聞いて以来、私もそれを真似ているのだ。
 
 しかし、ついに二日前、四時間かけて私は家中のもう読まない本という本をかき集めて、ビニール紐でしばった。堂々巡りに自ら終止符を打ったのだ。その塊、しめて二十一である。資源ゴミの日に、何回かに分けて、捨てていくつもりだ。どうして踏ん切りがついたのか、それは、『らんたん』に使った中で一番高い史料を捨てる、と決意したことが多い。たった一冊、捨てると決心した、ただそれだけであるが「あの一番高い本を捨てたんだから、じゃあこれも捨てる」「あれも捨てるか!」とドミノ倒しのように次々に廃棄が決定した。近現代史の史料、誰かが使うんじゃないか、という気持ちも捨てた。それはその人が自分で揃えればいいのだ。本を捨てるのがしのびない人に是非、伝えたいのだが、潔く手放すことで、また本を買いたくなるし、手放したことを後悔したときには、またその本を買う動機が生まれるから、どっちにしろ、出版界全体にとってはいいことなのだ。
 我が家は急に広くなった。不思議なもので本を捨てると、読書がいつもよりはかどる。この分だと、また捨てた分くらい買ってしまうのではないかと心配だ。

次回の更新予定は5月20日(土)です。

題字・イラスト:朝野ペコ

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プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)

1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『らんたん』など著書多数。最新書き下ろし長編『オール・ノット』(講談社)が好評発売中。

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