戸田山和久『思考の教室──じょうずに考えるレッスン』——『思考の教室』に目を通して、精選5問に挑戦してみよう! 練習問題エクストラ《問題編①》
『思考の教室』の読者のみなさん。拙著を読んでいただいて、ありがとうございます。初めて会う方に「読みましたよ」と言ってもらえたりするのが、著者としてはいちばん嬉しいことなのです。
『思考の教室』はワークブックとしても使えることを目指したので、練習問題をたっぷり掲載しました。ぜんぶで42問。楽しんで解いてもらえたでしょうか。
執筆の過程では、その倍近くの問題を作ってありました。ぜんぶ採用するととんでもない厚さの本になってしまうので、泣く泣く削りました。問題を作るのは難しい。手間もかかる。本文を書くよりじつは大変だったりします。せっかく作った問題が「お蔵入り」するのはもったいない、というわけで、ボツになった問題の中から、最後まで削るかどうか迷った問題を10問選んで、みなさんに楽しんでもらおうと思います。いわば、『思考の教室』の「おまけ」です。
まずはその第1回目、次の5つの問題に挑戦してください。解答と解説は、11月26日(木)に公開します。
問題1 ツッコミについて考えてみよう
(『思考の教室』第3章参照)
根拠+主張にツッコミを入れるには、二通りのやり方がある。
第一に、使われている根拠が間違っているとツッコむ。
第二に、根拠がかりに正しいとしても、それから主張は「出てこない」とツッコむ(反例を指摘する)。
さてそこで、次の主張とそれをサポートしている根拠のペアにツッコミを入れてみよう。そして、そのツッコミから主張を守るにはどんな根拠をさらに付け加えればよいかを考えよう。
根拠 クロエちゃんのご両親はどちらもO型だからね。
主張 クロエちゃんの血液型はO型だと思うよ。
問題2 紙とペンを使って考えてみよう
(『思考の教室』第7章を参照)
第7章で、いっけんローテクに思われる紙とペンこそ、私たちの思考を飛躍的に強化してくれる最強の味方だという話をした。そこで、このことを実感してもらうための問題をやってみよう。紙とペンを使ってうまい表を描かないとぜったいにできない問題だ。
キミはライブハウスの経営者。ライブのスケジュールを立てないといけない。木曜日と日曜日は定休日で、残りの曜日が営業日。出演してくれるのは、ヒップホップ、レゲエ、サンバ、ボサノバのミュージシャンたちだ。どの営業日にも2回のステージ(第一ステージ、第二ステージ)が用意されていて、それぞれのステージには4種類の音楽のうち1種類だけを演奏する方針にしている。また、同じ日の第一ステージと第二ステージには、必ず違う種類の音楽を演奏するという方針ももっている。
さて、ある週(一週間は月曜から始まるものとする)のスケジュールを立てるに当たって、ミュージシャンの都合やお客の要望を考慮に入れると、次の条件を満たさないといけないことがわかった。
(1)土曜日にはサンバもボサノバも演奏できない。
(2)ヒップホップは1回だけ、第一ステージに演奏可能。
(3)レゲエは4回やる。1回は第一、3回は第二ステージ。
(4)サンバは3回やる。すべて第一ステージ。
(5)月曜にサンバをやったなら、火曜日はサンバはできない。
(6)ボサノバは2回やる。二日続けて、いずれも第二ステージにやる(ただし、定休日をはさんだ場合は二日連続とはみなさない)。
キミはどんなふうに演奏スケジュールを組んだらよいだろうか(じつは一通りではない)。考えてみよう。
問題3 ダメダメ文章改善プロジェクト
(『思考の教室』第8章を参照)
第8章の239ページに、一義的に読めないために曖昧な文の例として、「萌ちゃん文」を例示した。これは、どこがどこにつながっているのか曖昧なため何通りかに解釈できてしまう文だった。しかし、曖昧な文が生じる原因はこれだけではない。
(1)否定表現がどの範囲を否定しているのかが曖昧なため、何通りにも解釈できてしまう。
私は母の書棚にあるすべての本を読んでいない。
このように、「すべての」みたいな表現と否定表現が一緒に出てくると、一冊も読んでいないのか(全否定)、何冊かは読んだが、ぜんぶは読んだわけではない(部分否定)、と言っているのかが曖昧になる。さてそこで、全否定と部分否定のどちらなのかがもっとはっきりするように、例文を二通りに書き直そう。
(2)「ように」も否定と組み合わせると曖昧な文を生み出す。たとえば、
私は母のように世の中の不正を見過ごすことができない。
お母さんも不正を見過ごさない人だったのか、見過ごす人だったのか、どっちにもとれてしまう。これについても、どっちなのかがはっきりするように、例文を二通りに書き直そう。
問題4 会議のルールをつくってみよう
(『思考の教室』第10章を参照)
第10章ではこんな話をした。私たちのアタマは、ひとりひとりをとってみるとそれほど上出来ではない。だから、みんなで考えて、個人の賢さの限界を超えようぜ! ってなるわけだけど、これがいつでもうまくいくとは限らない。みんなで考えたことによって、かえってアホな結論や意思決定にいたることもある。そういう「集合愚」に陥ることを避けるためには、みんなで考えるための組織とルールの設計がたいせつだ。
「みんなで考える」ためのしくみとして「会議」というものがある。みなさんのスケジュール表も会議だらけなのではないかな? 遠隔にせよ対面にせよ、私もとにかく毎日会議だらけ。ところが私たちは、この会議というのがどうもヘタクソだ。時間の浪費になってしまう会議の何と多いこと。それどころか、やらない方がかえってよかった会議もちらほら。
さてそこで、以下におなじみの「会議あるある」が並べてある。会議がこういう事態に陥るのを避けるためには、それぞれどんなルールやしくみをあらかじめ定めておけばよいだろうか。
(1)販促イベントのテーマを今日中に決めないと間に合わない。なんでも自由に提案してくださいと言われてもなあ。この場ですぐに名案を思いつければ苦労はないって。さっきからみんな黙ったままだ。この調子だと、この会議、いつになったら終わるんだ。
(2)あれ。またその話にもどるの? さっきみんなで方針を決めたじゃないか。なんど議論しても結論は変わらないと思うんだけどなあ……。この会議、いつになったら終わるんだ。
(3)イベントの日程とメインテーマを決めたのはよかったけど。さっきから、すごく細かいことを延々議論しているなあ。参加者に配るタオルの色までいちいち議論していたら、いくらでも話し合わなきゃならないことが出て来ちゃうぞ。この会議、いつになったら終わるんだ。
(4)あ、部長がまた「昔はこうやってうまくいった」の自慢話を始めちゃった。昔と今では状況も違うし、その話なんども聞かされて耳タコだから、みんな知ってんだよね。それでいて、話がこれまた長いときている。あーあ。この会議、いつになったら終わるんだ。
問題5 言葉で考えることと、図で考えることの違いを実感してみよう
(『思考の教室』第11章を参照)
説明なしにまずは取り組んでもらいたい問題。まずは次の文章を読んで、内容を頭に入れておこう。
古代ギリシア三大悲劇詩人の一人であるソポクレスが戯曲にしたオイディプス王の伝説を、キミは知っているか。こんな話だ。テーバイの王ライオスは、妻イオカステとの間に男児をもうけた。しかし、「この子はいずれ自分の父親を殺し、母親を娶るであろう」と予言されたため、ライオスはその息子を召使いに命じて殺させることにした。ところが召使いは殺すことができず、山に捨てる。捨てられたライオスの息子は隣国で育ち、オイディプスと名づけられる。
ライオスと再会したオイディプスはそれが自分の父であることを知らず、諍いから相手が誰であるかもわからぬままに殺してしまう。そして、オイディプスはライオスにとって代わりテーバイの王になるとともに、前王の后イオカステを娶って自分の妻にした。二人の間にはアンティゴネ、イスメネという二人の娘と、ポリュネイケス、エテオクレスという二人の息子が生まれた。オイディプスは前王ライオスの殺害犯を探すうち、それが自分自身であることを知り、自分が父親を殺し母親と交わったことを知る。絶望したオイディプスは、自らの目を刺し貫き盲の乞食になりテーバイを去った。(ここまでが戯曲『オイディプス』で描かれる。ここから先は戯曲『アンティゴネ』で描かれる)。
次のテーバイ王になったのは、イオカステの兄であるクレオンだった。クレオンは后のエウリュディケとの間に、息子のハイモンをもうけていた。ハイモンとアンティゴネは許婚となる。
ポリュネイケスはテーバイの王座を狙って失敗し殺されていた。新王クレオンはポリュネイケスの死骸を弔ってはならない、違反した者は死刑に処すとお触れをだすが、アンティゴネはそれにもかかわらず、ポリュネイケスをねんごろに弔い、刑死する。許嫁に死なれたハイモンも自殺し、それを知ったエウリュディケも自殺する。一人残されたクレオンは、自分はこの世で最も惨めな人間だと述懐する。
……途中でアタマが爆発しそうになりませんでしたか? めげずに次の問題に答えてください。
(a)アンティゴネから見て、ライオスは何にあたるか。
(b)ハイモンとアンティゴネは許婚の間柄だが、血縁関係はどうなっているか。
(c)もしかりに、この物語がハッピーエンドになって、ハイモンとアンティゴネの間に子どもが生まれたら、その子はオイディプスの何にあたるか。
(d)クレオンは、アンティゴネ、ハイモン、エウリュディケの3人を相次いで失うことになったが、この3人はクレオンから見るとそれぞれ何にあたる人たちか。
プロフィール
戸田山和久(とだやま・かずひさ)
1958年東京都生まれ。89年、東京大学大学院人文科学研究科単位取得退学。専攻は科学哲学。現在、名古屋大学大学院情報学研究科教授。著書に『新版 論文の教室』『科学哲学の冒険』(以上、NHKブックス)、『「科学的思考」のレッスン』『恐怖の哲学』(以上、NHK出版新書)、『論理学をつくる』『科学的実在論を擁護する』(以上、名古屋大学出版会)、『知識の哲学』(産業図書)、『哲学入門』(ちくま新書)、『教養の書』(筑摩書房)など。
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