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「日記の練習」4月 くどうれいん

小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。そんなくどうさんの4月の「日記の練習」です。


4月1日
はあ、憂鬱だねと朝の7時半に同居人のミドリはため息をついた。だれにも嘘ついてほしくないんだよ、と言われてはじめて今日がエイプリルフールだとわかる。嘘がきらいなのかと思って黙って聞いていたら「おもしろい嘘だったらいつでもついていいに決まってるじゃない」とのことで愉快だった。ミドリはぷりぷり怒りながらコーヒーを淹れてくれて、おいしいコーヒーだった。うそねえ、うそ……どこからがうそになるのだろうか果たしてと考えながら整骨へ行った。
今週からはじまった材木町のよ市で牡蠣。後ろに並ぶお兄さんが「ホーンテッドマンションくらい並んでんじゃん」と言ったあと「しかも雨天のホーンテッドマンションだよこんなの」と言うのでビール飲みながら笑った。ディズニーのことはぜんぜんわからないのでホーンテッドマンションのこともまったく知らないけどおもしろかった。蒸し牡蠣は1時間待った結晶みたいにおいしかった。1個100円。

4月2日
Instagramで大学時代の友人が「ミーアキャットはじめて生で見た 春巻きみたいだった」と散歩?しているミーアキャットの写真と共にストーリーズを更新しており、春巻きかぁ〜?!春巻き……かぁ〜……と自分を説得させようとする謎の時間が発生。

4月3日
桜のラベルのお酒を買おうとして手に取って、でもこういうのはなんかむこうの思う壺かもしれないとおもってやめた。
大好きな編集さんと電話。「でも、落ち着いたらとか言ってたらいつになるかわからないし、忙しすぎても書けるものじゃなきゃ名作になんかならんだろと思うし」と言ったら「かっっっこよ!」と言われていい気になった。

4月4日
墓地のど真ん中にある桜の大木が満開になっているのを見て、これじゃあ死んだ人たちも酒飲んじゃうだろうなと思った。いろんなかたちや広さの墓地がぜんぶビニールシート敷いているみたいに見えて愉快だ。
昨晩しなしなになって帰ってきたミドリが、今朝もしなしなとしたまま出社したのでとても気にかけていて、お風呂を溜めて、タッカンマリを作って帰宅を待った。一緒に住むとたしかに遠距離恋愛をしていたころに比べてときめきや興奮は減ってくるものなのかもしれないが、励ましたいときに家事でその気持ちを示すことができるのはとても助かるなあと思う。心配していたよりもずっとげんきそうに帰ってきて、わあいいにおい!と笑うので心底安心した。
あの人とこの人は名前がほとんど同じで漢字一文字しか違わないのだ、というわたしの話の流れでミドリが「四文字のうち二文字変えたら工藤玲音は何になると思う?」と言う。「……工藤静香?」と照れると「工事騒音」と言われて、腹立たしいが妙につぼに入ってしまい、しばらくさくらももこの描くような顔で笑っていた。工藤玲音は工事騒音と半分一緒。

4月5日
取材のため秋田へ。15分前に新幹線ホームに着いて待った。時間の余裕を持って行動している自分に酔いしれていたが、これは東京行きのホームであり秋田行きではないとわかり、ひゅ!と息を吸って慌てて移動した。秋田へ向かうこまちのなかにはあきたこまちらしき稲穂の絵などがそこかしこにあり、大曲に着くと大曲は花火が有名だから花火の絵などがそこかしこにあり、そうやって自分らしいモチーフをどこにでも惜しげなく使うようなことがわたしはかわいくていいなと思うから、ここしばらくは傘の柄や雨の柄のハンカチを集めている。

4月6日
「そうこなくっちゃ!」と送信。

4月7日
ロケのためお団子に結ってもらい、一日中愉快だった。
ミドリは夕食後に紅茶を淹れてくれた。ガムみたいな味がしておいしい。これは本当においしいと思っているのだけど、本当にガムみたいな味がする。ミドリはさて、と読書をはじめて、わたしはえらいなあと思いながらゆきだるまを崩すゲームをした。一泊二日の雑誌取材の翌日にテレビのロケ。とてもつかれている。お団子を解くと自分の頭からUピンがどんどん出てくる。それを黒ひげ危機一発みたいだなあといつも思う。

4月8日
わたしと同じくらいの身長のご婦人に着付けをしてもらいながら「背が低くって(おはしょり大変ですみません)」と言ったら「背が低いぶんみんなより落としたものすぐ拾えるじゃない」と言われて、あの時ほんとうにしばらくぼうっとしてしまって、これからずっと思い出すんだろうなっていうかんじがした。
疲れがひどかったが、外でビールを飲んだらご機嫌になった。

4月9日
「デリケートジャスミンだよ」と起こされ、なんのことかと思ったら入浴剤の名前で、お風呂入れたからあなたも床で寝ていないで入りなさいという意味だった。「ワイルドチューリップ」と答えてまた寝た。

4月10日
整骨。眠たくなかったのだが「眠そうですね」と言われたので眠いことにした。

夜桜を観た。「シネマティックモードで!シネマティックモードで撮らせて!」と彼女らしき女の子に懇願してスマートフォンを向ける男の子がいて、そりゃ恋した女の子のことをシネマティックモードで撮りたくもなりますわな。と思う。女の子は「まあ、いいけど……」みたいな感じでそのスマートフォンに向かって気だるげな目線をし始めて、自ずからシネマすな。とがっかり思う。

「桜 super loveって知ってますか、きょうそんなかんじがする」「桜 super loveって名前がもうずるいですよね」「そうそう」「田舎もんのおれらは桜 super loveを大学生になってようやく知るじゃないですか、東京育ちだったら違うのかなあ」
前にも後ろにも進めないのがなんとなく青春っぽく、永遠にこの夜が伸びていけばいいのにと思うような夜だった。桜は毎年最終回みたいな顔で大袈裟に散るくせに、どうせまた来年になればぼるんぼるんと枝に膨らむように花をたくさん咲かせるんだろ。

4月11日
突然花束を貰った。へんなトルコキキョウが入っているのがうれしくて、わあ、へんなトルコキキョウ入ってるじゃんと言ったらプロポーズとのことだった。プロポーズは二度目である。へー!よろこんで!と答えて、夕飯に茹でた豚バラとキャベツをもりもり食べた。

4月12日

4月13日

4月14日
啄木忌のため渋民へ。本物の法要で、本当に石川啄木が死んだのだとわかる。いろんなことを考えながらいろんなことを思って頭が重くなって、いろんなことを考えてしまうね、と母に言うと「でも玲はそんなこと気にしなくっていいよ、なんとかなるもんだよ」と言われて、それもそうかもなと思って帰宅。案の定ローカルニュースの啄木忌の報道にはわたしがお焼香をするところが流れていたらしく、メディアめ。というきもちに。

4月15日
たけのこが260円で売られていて(めちゃくちゃ安い!)と感動していたら、後ろから来たお姉さん二人組のうちの一人が筍の前で急ブレーキするように立ち止まって「ええっ!たけのこが!安い!」と大きな声で言ったので、たまらなくかわいらしいと思った。たけのこが安いことがわかる人は、たけのこが高いのを知っている人だ。それも、歩いていたのに思わず立ち止まって、ええっ!とでかい声を上げる。最高だ。

仙台のアーケード内でアンケートイベントをしていて、「寒い日はカレーを貰おう!」と書いてあった。寒い日はカレーを食べよう!ならわかる。貰おう!という元気な図々しさにしばらくうけていた。

4月16日
この世の終わりのように泣いている赤ちゃん、一周回って爆笑しているように聞こえることがある。

4月17日
「そんなことないのに」と思っていても「そうでしたか」と言うのが正解な日もある。告白と懺悔の1日。寝る前になって変に目が冴えて、しかしいま書いても使い物にはならんだろうと諦めて寝た。

4月18日
朝にシャワーを浴びながら、いっちょ今日はからだからいい匂いをさせてみるかと思い、ボディスクラブをおしりや腕に揉み込んでいたら右手の中指の付け根にピーン!と細く鋭い痛みが。もう治ったと思っていた切り傷が治っていなかったらしい。思った以上にしみるのでボディスクラブのラベルを見ると「ミネラル豊富な死海の塩」と書かれている。傷口に死海の塩。

4月19日
(そろそろだなあ)と呑気に思っていた予定が明後日に迫っていることに気づき、びっくりして「ブワ~」と声が出た。「ブワ~」と言っている場合ではないが、焦って緊張するともう「ブワ~」と言うくらいしかできることがない。

ベランダの床に白い楕円のなにかが4つあるのを発見し、なんらかの虫の繭なのではないか、それもこびりつく系の……と怯えたが、近づいて見てみると桜の花びらだった。花びらだけでは桜だとすぐにわからないものなのか。近くに桜の木はあるけれどベランダの反対側で、強風で飛んできたのだとしたら随分長旅だ。おつかれさん、と思い、特に拾ったり掃いたりせずにそのままにしておいた。

4月20日
前の職場に遊びに行くと、新入社員に女性がいて本当にうれしかった。女ひとりだったわたしの次にまた女性が採用されるというのは、ほんの少しだけでも、前に自分がいたことへの評価であるような気がした。前の取引先のお兄さんとばったり会ってお昼にお蕎麦を食べる。ネクタイに蜉蝣がくっついていたので「かげろう」と言って摘まんで人差し指にのせた。黒い蜉蝣はあんまりかわいくない。

4月21日
鎌倉。夢のような一日。眠れない。

4月22日
5時に起きてラジオ体操に連れて行ってもらった。鎌倉マダムたちは体操の数分前までこの花が珍しいとかあそこの桜がまだ咲いているとかわいわい話していて、俳句をはじめたばかりのころ、よく吟行でこういう光景があったから懐かしくなった。わたしが「ウラシマソウ」だと思っていた植物を「ムサシアブミ」と皆さんが言うので「これは東北ではウラシマソウと呼んだりします」と言うと「ウラシマソウとムサシアブミはよく似ているけど別の花、ウラシマソウはこっちでも咲くよ」と教えてもらった。ヒデ子さんは大きな犬に「こんにちは」と話しかけて逃げられ、すぐに別の大きな犬にターゲットを変えて近寄っていてかわいらしい。ミドリが鎌倉まで迎えに来てくれて麻婆豆腐を食べた。すごい麻婆豆腐だった。レトルトを買う。

4月23日
鎌倉の大仏の近くにはこれぞJAPANという土産屋があり、手裏剣とまきびしが売っていた。「まきびしいいな、売ってるとこあんまりないよね」と言うと「だってあぶないもん」とミドリは笑った。土産屋を通り過ぎたわたしたちとすれ違った親子の子どもから「うおーっ」という雄たけびが聞こえてふたりで笑った。手裏剣にうおーっと叫んだのだとわたしは信じている。
盛岡に着くと寒くて冬だった。

4月24日
竜宮城から帰ってきたような心地。ずっと寝ていた。夜にブラタモリを見ると本当に下北沢の書店で『わたしを空腹にしないほうがいい』をバックにタモリさんが喋っていたので「タモリさ~ん」と声が出た。

4月25日
お昼を食べる約束をしていたキコがとてもよいチャイナ的なアウターを着て現れた。ちょうどわたしがずっと探し求めていたような服、あまりにもいいかんじの上着だったので「ひさしぶり」とか「やっほー」とか言うよりも先に「それいいなどこの欲しい!」と言った。きょうたまたま気が向いて着ただけで随分前に買ったままほとんど着ておらず、メルカリに売りに出すと言うのでその場でお金を払って買った。カレーを食べ、チーズケーキを食べ、自転車で帰ると暑いからもうそのまま着て帰っていいよ、とキコは上着をその場でくれて薄着で帰った。「着ている服を『それちょうだい』ってお金払って自分のものにするなんて、なんだかとても富豪のするようなことをしてしまった」と言うと「わたしはこの服を着たかったんじゃなくて見たかったのかもしれない、あなたが着てくれればわたしはそれをたくさん見れるってことで、こんな最高なことってないですわ」と、似合う似合うと褒めまくってくれた。アイヤー!というかんじがしてうれしい。たくさん着よう。

4月26日
ベランダに出ると息が白かった。大雨の中、向かいの屋根の上でずっと首を傾げ続けている鶺鴒がいて、しばらく目が合った。

4月27日
すれ違ったおじさんのくしゃみが完全に「action!!」だったので(監督……)とこころの中で呼んだ。

信号待ちをしていたら「ママは何色が好き?水色かあ、わたしはねえ、金!」という女の子がいた。頼もしい。

4月28日

4月29日
ひとりでバーへ。カウンターの常連さんたちと仲良くなり、バーはこうでなくちゃという会話に溢れて大変たのしかった。話しながら「れいんちゃんそれはちょろすぎるよ」とひとりに言われると、そうだそうだおまえはちょろいぞという話で盛り上がってしまい、こちら、ちょろい人へのサービスナッツです、とナッツまでもらう始末。
そうちゃんから借りた傘、盗まれちゃった。と言ったらそうちゃんがまた傘を貸してくれた。1時半。

4月30日
動物園へ。ネズミの展示コーナーで、前にいた女性が走り回るネズミを見ながら「トムとジェリーみたい」と言い、彼氏らしき男性が「ジェリーとジェリーだろ」と言っていた。


4月の「日記の本番」は5月上旬に公開予定です。

タイトルデザイン:ナカムラグラフ

「日記の練習」序文

プロフィール
くどうれいん

作家。1994年生まれ。著書にエッセイ集『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD)、『虎のたましい人魚の涙』(講談社)、絵本『あんまりすてきだったから』(ほるぷ出版)など。初の中編小説『氷柱の声』で第165回芥川賞候補に。現在講談社「群像」にてエッセイ「日日是目分量」、小説新潮にてエッセイ「くどうのいどう」連載中。

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