戸田山和久『思考の教室──じょうずに考えるレッスン』——第2弾は、さらに手ごたえのある問題を揃えたぞ。『思考の教室』に目を通して、挑戦してみよう! 練習問題エクストラ《問題編②》
『思考の教室』の読者のみなさん。拙著を読んでいただいて、ありがとうございます。初めて会う方に「読みましたよ」と言ってもらえたりするのが、著者としてはいちばん嬉しいことなのです。
『思考の教室』はワークブックとしても使えることを目指したので、練習問題をたっぷり掲載しました。ぜんぶで42問。楽しんで解いてもらえたでしょうか。
執筆の過程では、その倍近くの問題を作ってありました。ぜんぶ採用するととんでもない厚さの本になってしまうので、泣く泣く削りました。問題を作るのは難しい。手間もかかる。本文を書くよりじつは大変だったりします。せっかく作った問題が「お蔵入り」するのはもったいない、というわけで、ボツになった問題の中から、最後まで削るかどうか迷った問題を10問選んで、みなさんに楽しんでもらおうと思います。いわば、『思考の教室』の「おまけ」です。
いよいよ第2弾、次の5つの問題に挑戦してください。解答と解説は、12月9日に公開します。
問題6 ツッコミについてさらにツッコんでみよう
(『思考の教室』第3章参照)
反例型のツッコミはいつでも可能なわけではない。次の形をした主張と根拠の組みには、決して反例を見つけてツッコミを入れることができない。それはなぜかを考えてみよう。A、Bには、それぞれなんらかの文が入るものとする。
(1)
根拠1 AならばBである。
根拠2 そしてAである。
主張 Bである。
(2)
根拠1 AならばBである。
根拠2 なのにBではない。
主張 Aではない。
問題7 ツッコミをいつまでも繰り返すと、どういうことになるか?
(『思考の教室』第3章参照)
ツッコミとそれに対する答え、そしてまたツッコミ……というやりとりをどこまでも繰り返していくと、やがていつの間にかやりすぎのツッコミに突入してしまう。このことの例はすでに370ページの廃業したラーメン屋の事例で見た通りだ。ここでは、キミにもそれを実感してもらうために、次のやりとりの先のシナリオを書いてもらおう。
A:恐竜の絶滅は巨大隕石が地球に衝突したことによるものじゃ。
B:なぜ、そう言えるんですか?
A:それはじゃな、恐竜の化石が出る中生代の地層と、恐竜がいなくなる新生代の地層との境目にある薄い地層をK-T境界というのじゃが、この地層にはイリジウムという元素が異常にたくさん含まれておる。しかも、世界各地のK-T境界がそうなっとる。イリジウムは地球上には少ないが、隕石には多く含まれていて、中生代の終わりに地球に衝突した隕石のイリジウムが世界中にばらまかれたと考えられる。
B:先生がそれを発見したんですか?
A:いや、これはルイス・ウォルター・アルバレスという物理学者と、その息子のウォルター・アルバレスという地質学者の発見でな。
B:どうして、アルバレス親子の言うことが信用できるってんです?
問題8 もう一回、紙とペンを使って考えてみよう
(『思考の教室』第7章参照)
前回の「問題2」と同様、言葉で考えるのと図で考えることの違いを実感するためにもう一つ問題をやってみよう。
(1)ロバート、エイドリアン、ビル、ジェイミーの4人はミュージシャン。ロバートとエイドリアンはギタリスト、ビルとジェイミーはパーカッショニストだ。今日は台北での公演を終えて、4人だけで中華料理を食べに出かけた。彼らは円卓に等間隔に座った。何を注文しようか相談の結果、まずは点心を一人一品ずつ頼んでシェアすることにした。この夜の彼らの食事についてキミが知りえた情報は次の通りだ。
(a)ロバートとビルは隣り合って着席した。
(b)ジェイミーの正面に座った人は、小籠包を頼んだ。
(c)エイドリアンの左隣に座った人は、餃子を注文した。
(d)肉まんを頼んだ人の左隣はギタリストだった。
さて、これらの情報通りだったとすると、ロバートとエイドリアンは向かい合って座ってはいなかったことが推論できる。このことを、図を使わずに証明してみよう。ヒントは次の通り。「かりに、ロバートとエイドリアンは向かい合って着席していたとする」から始めて、矛盾することを示せばよい。つまり背理法。
(2)問題の続き。注文された点心は3品までわかっている。さて、もし大根もちも注文されていたとするなら、その大根もちを注文したのはいったい誰だろうか。これは図を描いて考えないとちょっと手強い。うまい図を考えよう。
問題9 図による思考増強の威力を実感してみよう
(『思考の教室』第11章参照)
思考増強手段である図表によって、想像力の限界を突破することができる。このことを実感してもらうための問題だ。
ある大学のある学部には、自然学科と社会学科の2つの学科がある。ある年の入試について、この学部は女性差別をしているのではないかとクレームがついた。女性受験生の合格率が男性に比べて明らかに低いというのである。調べてみると、学部全体の女性受験生の合格率は男性の合格率よりかなり低かった。ところが、次に学科ごとに調べてみたら、自然学科でも社会学科でも男女の合格率にそれぞれまったく違いがなかった。ぼんやり考えていると、こんなことは不可能に思える。どっちの学科でも男女平等なのに、合わせると女性差別? そんなことあるもんか。
でも、ありうるんだなあ、これが。でも、手を動かさないで考えてもダメだ。ヒントを表の形で示してあげよう。どうせ極端なケースじゃないと起こりそうにないことがらだろう。だから、両学科で受験者の男女比率がすごく偏っていて、しかも逆になっている場合を考えてみればよさそうだと思って作った表だ。
この表にうまく数を当てはめて、以上のような場合がありうるということを示してみよう。図がキミの思考を導いてくれることを実感できるよ。
問題10 最後にもう一つ、図による思考増強を実感するためのワーク(R指定)
(『思考の教室』第11章参照)
最後の練習問題はR指定だ。なぜなら、映画を観てもらって、それを題材に課題に取り組んでもらうつもりなんだけど、その映画がR指定だから。よい子のみなさんは、大人になってから挑戦してちょうだい。
とりあげるのは、クエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』。小説や映画は直線的なメディアだ。最初のページからずっと一直線に読んでいく。あるいは、オープニングからエンディングまで、一つの画面をずっと見ている。でも、作品には幾人もの人が登場するので、その人たちの身に降りかかることや、その行動を描こうとすると、どうしても話が行ったり来たりせざるをえない。
タランティーノ監督は、虚構世界の中でものごとが起こる順番を、そのとおりに描かない。映画内の世界では、A、B、Cという順番に出来事が起きていても、それをわざとB、A、Cといった具合に順序を入れ替えて描く。このことによって観客を混乱させる。それがまた、観る側にとってはたまらなく面白い。頭の中で出来事の順序をじっさいに起きた順番に並べながら観ないといけないからだ。
さて『パルプ・フィクション』では、その方法がかなり極端な形で採用されていて、一回観たくらいでは出来事の流れがすんなり頭に入らない。そこで、まずは『パルプ・フィクション』を虚心坦懐に観てみよう。楽しんでください。
次に、もう一回、今度は出来事がほんとうはどういう順番で起こっているのかを注意しながら、下に示すような表をつくりながら観てもらおう。縦軸は映画に描かれた世界で流れている時間、横軸に主要キャラクター(ヴィンセント&ジュールスとブッチ)が書きこまれている。ここにそれぞれの人物に何が起こるかを物語世界の時間の流れに沿って書き込んでいく。その上で、次の問いに答えよう。
(1)ヴィンセントが若者たちを殺して金を回収した日から、何日後にヴィンセントは殺されたか。
(2)映画で語られるたくさんのセリフのうち、物語内の時間で最後に語られたのは、誰のどういうセリフか。
(3)ブッチとウォレスが八百長試合の相談をしているバーに、ヴィンセントとジュールスがやってくる。ヴィンセントは回収した金を届けに来たのだが、ジュールスはもうひとつの用件があったはずだ。それは何か。
(4)ブッチがボクシングの試合で相手を殴り殺してしまったのと、ミアが麻薬の過剰摂取で死にかけたのはどちらが先か。
(5)食べ物や飲み物をとるシーンが何度か出てくる。映画に映る順番は、5ドルのミルクシェイク(ミア)→インスタントのトースト(ブッチ)→パンケーキ(ヴィンセント)だが、これらは物語世界の中ではじっさいにどういう順番で胃袋に収まったのだろうか。
これらはおそらく表を作らないと答えられないはずだ。一度観ただけで答えられたら、キミは相当の見巧者だ。
というわけで『パルプ・フィクション』のあらすじを紹介したいところだけど、それをしてしまうと問題が成り立たなくなってしまう。だからあらすじの代わりに、主な登場人物を紹介しておこう。これだけでも、観るのがだいぶ楽になるはず。
・マルセラス(ヴィング・レイムス):ギャングの親分。黒人ででっぷりしている。ヴィンセントとジュールスが子分。麻薬取引とボクシングの八百長試合であくどく稼いでおり、豪邸に若く美しい妻、ミア(ユマ・サーマン)がいる。ミアにぞっこんの様子。ボクサーのブッチに八百長をやらせようとする。
・ブッチ(ブルース・ウィリス):ボクサー。マルセラスからもちかけられた八百長に応じて金をもらったにもかかわらず、対戦相手をぶちのめしてしまう。そのため、マルセラスの報復を恐れて、恋人と一緒に街から逃げようとする。
・ヴィンセント(ジョン・トラボルタ)とジュールス(サミュエル・ジャクソン):マルセラスの子分。黒いスーツに黒いネクタイでキメている。ヴィンセントは麻薬取引のためアムステルダムに「赴任」していて帰ってきたばかり。ボスを騙して金をせしめた若者たちを殺して金を回収したり(ジュールスと一緒)、マルセラスの留守中にミアをエスコートして食事に連れて行ったり、逃走しようとしているブッチを殺せと言われたり、はげしくこき使われている。
プロフィール
戸田山和久(とだやま・かずひさ)
1958年東京都生まれ。89年、東京大学大学院人文科学研究科単位取得退学。専攻は科学哲学。現在、名古屋大学大学院情報学研究科教授。著書に『新版 論文の教室』『科学哲学の冒険』(以上、NHKブックス)、『「科学的思考」のレッスン』『恐怖の哲学』(以上、NHK出版新書)、『論理学をつくる』『科学的実在論を擁護する』(以上、名古屋大学出版会)、『知識の哲学』(産業図書)、『哲学入門』(ちくま新書)、『教養の書』(筑摩書房)など。
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