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ミステリー小説や食エッセイから、小中学生向けの教養読み物まで、さまざまな興味・関心を刺激する作品を取りそろえています。
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#言葉

わたしたちはもっと怒るべきなのかもしれない――「ことぱの観察 #16〔めまいと怒り〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 めまいと怒り ニランジャン・バネルジーというインドの詩人と共演したことがある。ニランジャンはかの有名なタゴールの精神を継ぐアーティストであり、タゴール館の館長でもあるという。共演のあと、わたしはどうしてか彼と親しくなり、吉祥寺のあんみつ屋さんでお茶もしたし、来日に合わせておこなわれた書の展示も見に行っ

関係につける名前なんて問題にならないぐらいの、あなたなのだ。――「ことぱの観察 #15〔友だち(訂正)〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 友だち(訂正) 三十になろうかという秋の夜、「お友達になりたいです」と言われた。この、もっぱら人づきあいが苦手で、友だちの少ない、そして「友だち」という語のうまく使えない、わたしが。そうメッセージをくれたのは同年代の女性で、その日の昼間にはじめて仕事で会ったばかりの相手だった。  わたしはびっくりして

愛するためには、愛に抗わなくてはならない――「ことぱの観察 #14〔愛する〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 愛する 愛のことを考えたかっただけなのに、ずいぶん離れたところまで来た。愛のまわりをぐるぐる遠回りするように試してきた定義を、ここで一度見なおしてみたい。 好きになる:
自分の一部にしたいと思ったものが、しかし自分ではないとわかること。それでいて、他者であるそのものを好きな自分、つまり対象そのもので

半分ずつをお互いに持ちあう――「ことぱの観察 #13〔つきあう〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 つきあう 「わたしたちって、つきあってるってことで、いいんだよね?」  と聞いたら、 「ちがう……んじゃないか……!?」  と言われて、気まずかった。夫にである。恋人になる前のことではない。つい先月、ふたりで暮らすリビングでのことだ。「なんでじゃ」と返す。 「つきあってるだろうが。かれこれ十年経つ

ひとりの被雇用者として、見て。――「ことぱの観察 #12〔性欲〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 性欲 愛を見分けるために、ここまで近くをうろつくようにして考えてきた。愛のことを考えたかっただけなのに、恋のことを考え、ときめきのことを考えて、ついには欲望のことを考えなければいけなくなってしまった。前回にも書いたけれど、わたしはセックスの欲求というものがおそらく希薄で、実感としてはとても疎い。だから

これが、セックスの欲望?――「ことぱの観察 #11〔ときめき〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 ときめき 「ドキドキしたりしないの?」と聞かれるたびに疑問に思うのは、ある相手のことを好きなのかどうかを判別しようとするときに、どうして身体のリアクションをあてにするほかないのか、ということだ。好きになるという現象は心のなかで起きることであるはずなのに、それが身体にまで波及していなければ好きということ

恋かもしれん。――「ことぱの観察 #10〔恋(後編)〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 恋(後編) かように恋に疎いわたしだが、一度、これは恋だろうかと思ったことがある。  通っていた大学のキャンパスには、建物の裏手に一本の銀杏の木が立っていた。ふだん講義を受けたりサークル活動をしたりするときには通らない道を、さらに並木の中へ分け入ったところに、その木はある。わたしはときどきその木の足元

わたしたちは愛についてなにも言えていない。――「ことぱの観察 #09〔恋(前編)〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 恋(前編) しかしまあ、愛がなにかを言おうとすると、なにか言う前からもう胃もたれしてくる。どうも気が乗らない。もちろん、簡単には手出しできない強敵だから、ということもあるけれど、もっと明確で、しょうもない理由がある。  ここまでいろいろな言葉を取りだしては定義をしてきた。定義をするのはおもしろい。どん

まあ、好きということでいいんじゃないですかね……――「ことぱの観察 #08〔好きになる〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 好きになる 目を覚ましたら新しいプレイリストができていた。年末になると音楽のサブスクリプションサービスから通知が届いて、この一年どんな音楽を聴いてきたか教えてくれる。それが来たのだ。  わくわくしながらリストをひらいて驚いた。今年のわたし、ぜんぜん音楽を聴いていないじゃないか。たしかに、秋のはじめにC

このわたしの、ああ、人間そのもののくさみ――「ことぱの観察 #07〔くさみ〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 くさみ 料理をしていると、「くさみ」という言葉にたびたび行き合う。そして、それはだいたい悪いものとして登場する。魚に塩をふって水を出すのはくさみを抜くため、レバーを牛乳につけるのも、豚骨を茹でたお湯を一度めは捨てるのも同じだ。ちなみに、三つめを「茹でこぼす」と言う。ほかの局面では見かけないけれど、質感

こんにちは。くじらちゃんですよ。――「ことぱの観察 #06〔忘れる〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 忘れる 「ふーん」と相槌を打ったら、話していた夫がなにかちょっと言い淀んだ。 「うーん。まあ、どう考えても君も知ってる人ですけど……」 「うそっ。どこの人」 「サークルだね。おれと君とが入ってたサークル」 「マジ?」  聞けばマジであるという。  べつに、夫が巧妙な叙述トリックを使って話してい

知っていると思っているもののことさえ、本当はなにもわかっていない。――「ことぱの観察 #05〔確認〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 確認 週末、夫とふたりで一日乗車券を買って、東京じゅうをぶらついていた。決まった行き先は特にない。どこにでも行けるとなると、かえってどこに行けばいいかわからなくなる。せっかく乗り放題なのだからあちこち行かないともったいない、という貧乏性も加わって、わたしたちはヒット・アンド・アウェーで駅から駅を渡り歩

言葉の「ば」を「ぱ」に変えて「ことぱ」。――「ことぱの観察 #02〔遊びと定義〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 遊びと定義 十年くらい前、インターネットで、ハンドルネームの頭文字を「ぽ」にするとかわいい、という遊びがあった。「あいこ」さんなら「ぽいこ」さん、「木原」さんは「ぽはら」さん。わたしはそのとき「ふみ」という名前を名乗っていたから、「ぽみ」。これを気に入って、「ふみ」を名乗らなくなったいまだに、ときどき

たくさんの言葉を、ほんとうは見過ごしながら暮らしている。――「ことぱの観察 #01〔友だち〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 友だち「いろんな言葉を定義していく、みたいなのはどうでしょう」  編集者さんとの打ち合わせで連載のテーマをそう提案してもらって、真っ先に思い浮かんだのは、友だちとの会話によく出てくるひと言だった。たとえば、わたしが愚痴を聞いてもらっているとき。 「もうほんとに最悪。終わりです」 「ブチギレやんか」 「