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「あゆ」になれなかったわたし――お題を通して“壇蜜的こころ”を明かす「蜜月壇話」

タレント、女優、エッセイストなど多彩な活躍を続ける壇蜜さん。ふだんラジオのパーソナリティとしてリスナーからのお便りを紹介している壇蜜さんが、今度はリスナーの立場から、ふられたテーマをもとに自身の経験やいま思っていることなどを語った連載です。
第1回からお読みになる方はこちらです。


#19
「ああ」と声が出てしまうほど恥ずかしい恋愛エピソード

 子供のころは、「魔法少女」系のアニメやマンガに夢中だった。とにかく変身して大活躍、愛と希望を振りまく魔法少女に憧れて、いつか自分にも「変身して大人のお姉さんになり、アイドルや何かの技能者になって大活躍!」というチャンスが訪れるんじゃないかと本気で考えていた。
 当時の魔法少女と呼ばれる存在は、小学生くらいの女児が魔法の力を与えられ、変身して、違う存在としてアイドル活動や人助けやなど、さまざまな活躍をするのが大体だった。
 なかには、一見普通の少女だが、じつは社会勉強のために人間界にやってきた魔法の国のプリンセスという設定もあった。こうなると、憧れを超えて「最初からプリンセスなら、魔法を使ってどうこうできる素質もあるよね」と、謎のあきらめのような感情を抱いたものだ。

 魔法少女の設定で魅力的な要素として大きかったのが、「誰にも知られてはいけない」だった。たいがいお目付役のような、後見人のようなマスコット的キャラクターが少女たちのお世話やアドバイスをする。飼っているペットがしゃべりだしたり、新たな生き物が魔法の国経由で送られてきたりする「秘密感」にもドキドキした。たとえて言うなら、家族に内緒でペットを飼うような……。
 魔法少女には、ある日突然魔法の国から打診が来ることが多かった。異空間にさらわれるようなかたちで異世界の船や使いの者が現れ、「愛と希望を振りまいて」と頼まれ、現実に戻ると、手には魔法少女になるためのステッキやブレスレットがある。そして教えられた呪文を唱えると、体がみるみるうちに大人になるため、小さいころはいつ魔法の国から呼び出されてもいいように覚悟していたものだ。何に対しての覚悟かはわからないが、とりあえず正気でいよう、頼まれたらイエスと言おう、という覚悟だったのかもしれない。

 当然お呼びがかからないまま成長して、あれはフィクションだったんだとあきらめられる年頃になった。魔法少女の衣装のドレスや変身グッズのCMを見ていて、画面の下に「へんしんはできません」と書かれているテロップが目に入り、「変身できないんだ。ステキな大人のお姉さんにはなれないんだ」と、ショックを受けたこともあった。映像の中の少女も、呪文を唱えてもドレスに着替えただけで姿は少女のままだったのが強く記憶に残る。急には大人になれない、大人には徐々になっていくものらしいとなんとなく悟ったのは10歳くらいだった。

 そんな憧れをこじらせているうちに、女子大生になった。エスカレーター式で、中学・高校・大学と女子だらけの世界で過ごしていると、大学に進学したあたりから「彼氏がほしい、モテたい」と思いはじめた。
 彼氏がほしいとモテたいは、同居していい心理かどうかはわからないが、当時は彼氏がいる友人は「彼氏が、彼氏が」としじゅう言って楽しそうだったので、うらやましかった。彼氏ができないと魅力がないんじゃないかと自分の存在すら疑問になったほどだった。
 「モテれば、彼氏もこちらで選べる」と思い、女性誌やファッション誌をひたすら読むようになった。茶髪にしたり、ピアスを開けたり、カラーコンタクトを入れてみたり……派手にセクシーにという主張を始めるようになる。網タイツをはいたりもしていた。

 しばらくして、彼氏ができた。友人の紹介という名の「合コン」で知り合ったのだ。彼は男子が多い大学に通う少し年上の人で、派手にセクシーにをモットーとして合コンに出席した私に興味を持ってくれた。
 数回デートを重ね、付きあいましょうとなると、私にもようやく彼氏ができたんだなぁとうれしい気持ちになった。ナンパやアルバイト先での出会いなんかもあるにはあったが、真剣に彼氏にしたい、彼女になりたいという気持ちを抱いたのはその彼がはじめてだったように思う。そんな彼と付きあいはじめて少したつと、彼が提案をしてきた。「あゆみたいになってほしい」と。
 「あゆ?」。鮎ではない。彼の言う「あゆ」とは、歌姫、浜崎あゆみさんのことだった。彼は浜崎あゆみさんの熱狂的なファンであった。よくコンサートにも一緒に行っていたのだが、あゆのファンだから彼女にもあゆっぽくなってほしいと思っていたとは気づかなかった。
 あゆみたいに……。わかった、やってみる、と受け入れたのも若気のいたり。すべては当時の彼に「モテていたい」という気持ちがあったからだろう。
 彼のためにあゆみたいなメイク(とにかく目を大きく見せるメイクやコンタクトレンズ)、あゆみたいな服装(肩を出したファッションやギャルっぽい格好)、あゆみたいな髪型(明るいセミロング茶髪のゆるふわカール)などなど、学校やアルバイト先に注意されないギリギリのラインまで派手にセクシーにを極め、あゆを目指した。習っていた日本舞踊の師匠が、中高時代の私からは想像もできないような仕上がりに驚愕していたのは今でも申し訳ないと思っている。
 あゆみたいに、と研究と解釈をして自分なりに近づけていった2年あまりは、なかなかの勘違い時代だったと自信を持って言える。似合う似合わないの問題ではなかった。モテるため、だったのだ。
 ちなみに「あゆみたいに」は疲れ果てた結果、似合わないという自己判断をくだし、「あゆには変身できません」と彼氏に告げた。彼とはその後もしばらく付きあったが、若かったなぁ……。

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プロフィール
壇蜜(だん・みつ)

1980年秋田県生まれ。和菓子工場、解剖補助などさまざまな職業を経て29歳でグラビアアイドルとしてデビュー。独特の存在感でメディアの注目を浴び、多方面で活躍。映画『甘い鞭』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『壇蜜日記』(文藝春秋)『たべたいの』(新潮社)など著書多数。

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