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久々のホームパーティーで披露したものとは?――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今月は、久々に参加したホームパーティーで披露した、ある出し物についてのお話です。
※当記事は連載の第16回です。最初から読む方はこちらです。


# 16 高座に穴をあけるな

 東京の新型コロナ感染者数は1万人を超えた。これまでの自粛生活と工夫が全部無駄に思えて泣きそうになりながら、再び穴ぐら生活に戻っている。前回、体調が回復したかも、と喜んでいたが、のっけから残念なお知らせである。今、私は声が出ない。
 先月は、そろそろ自粛をまた緩めてもいいかなあ、と久しぶりに自分から友達に会いにあちこち出かけた。下手をしたら全員、数年ぶりの再会となるので、期待で胸がはりさけそう。どの席でも、しゃべりすぎてしまったのである。しゃべりすぎて声が出ないなんてことあるのか、と半信半疑な方も多いと思うのだが、私は幼年期、母親がノイローゼになりかけたほど、毎晩ずっと作り話をしゃべり続けていたことで有名なのだ。そんな人間がもう三年近く、家族以外とほとんど会わないで暮らしていたから、推して知るべしである。ちなみに、家族の会話は喧嘩を含めて多い方で、子どもも私に似ておしゃべりで、私の話によく笑う。しかし、友達の反応というものは全然違うのだ。笑うではなく「笑ってくれる」のである。この「笑ってくれる」の有り難さを貪り続けた一ヶ月であった。
 その象徴的な出来事が、六月の頭、数年ぶりに親友が開いたホームパーティーだ。盛り上げたい一心で私は創作落語を準備した。なんで創作落語かというと、話はさかのぼるが、ここでも書けないし、SNSでもつぶやけない、ある事件が自粛期間中、私の身に起こったのである。簡単に言うと、高額が間違って私の口座に振り込まれ、騒動になった。でも、振り込んだ人に悪気があるわけではない。この件をウケたいためだけに書き散らして、無邪気に相手を罰するのが一番いけない。今は個人にも特定が簡単にできる時代だ。でも、仕事関係ではない、よく知っている人たちにこの件を話して反応を見るくらいはいいのではないか――。披露するチャンスがないまま時は流れた。
 不謹慎だが六月は、給付金誤送金問題が連日ニュースを騒がせていた。時は来た、と思った。あの一件を時事にからめた落語にして身内のホームパーティーで披露すれば、誰も傷つけないし、しかも、かなりウケるのではないだろうか――。
 思いついてしまったからには、やるしかない。伝統芸能の業界で活躍される方に、自分で書き上げた落語を読んでもらい、「すごく面白いよ!」とオッケーが出たそばから台本を何度も読んで暗記した。当たり前だが、落語家って、噺を暗記しないといけないから、大変だよな、と気付いた。「笑点」の小遊三の動きを研究し、数十年前、落研に所属していた夫の前で、繰り返し披露し、身振りや抑揚のアドバイスをもらった。本編に入るところで羽織りを脱ぐのだが、羽織りがないのでカーディガンで代用。パンと音が出る扇子がないので、夫が厚紙を折りたたんでテープで止め、工作してくれた。こういう時だけ、本当に頼りになる。出囃子をYouTubeで探したり、スケッチブックに筆で演目を書いたり、それだけではなく前日から持ち寄りのお寿司やケーキの材料を買いに行ったり、てんてこまいである。そうこうするうちに、子どもが風邪をひいてしまい、私は一度はあきらめてホームパーティーにいかずに看病しようと思ったのだが、夫に「高座に穴をあけるな。俺が面倒見る」と言われ、一人で出かけることを決めた。迎えた当日。尋常じゃない気合をもってし、数年ぶりに個人宅を訪れた。
 久しぶりに揃った友達たち。私の作ったお寿司やケーキを美味しいといって食べてくれる顔にまず、胸を打たれてしまった。羽織り(カーディガン)を忘れたので、ジャケットを貸してもらった。厚紙の扇子を手にソファを高座に見立てて、正座させてもらい、夫の指示通り、ゆったりと客席(子ども含め五名)を見渡して、口を開く。「ええ、4360万円の誤送金が話題になっていて、随分批判されておりますが。あれは間違って高額を振り込まれた人間以外、どうこういってはいけないお話だと思います。これは私の身に実際に起きたお話。今から3年前でございます」友達の一人がさっそく笑い出した。彼女はいつも一番大きな、だけど耳に優しい、からっとした乾いた笑い声をあげることで有名で、ネット空間や電話越しでもよくそれに癒されているのだが、生で聞くそれはまばゆいような調べだった。それにつられて、みんなも次々に笑い出した。それはとても温かだった。出たがりなのにずっと家にいた、私へのいたわりのある笑い声だった。大喝采のまま、私の初舞台は幕を閉じた。美味しいといってくれる、笑ってくれる。そんなの「相手が気を使っているだけだ」という意見もあるだろう。周りがいい人で、甘やかされていて、調子に乗っている、という見方もできる。でも、大爆笑に潜んだ気遣いや優しさの香りが、なによりも、自粛疲れをした私にはしみたのである。
 これをきっかけにあちこちでしゃべりつづけた結果、声が出ないまま友達のラジオに出演し、またしても好意に甘え、大迷惑をかけることになるのだが、お後がよろしいようで。

FIN

題字・イラスト:朝野ペコ

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ダメ出し続きの新人作家に話しかける菊池寛の銅像、デート仕様の鮨屋に子連れで現れた女性……柚木さん初の独立短編集が好評発売中!

プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)

1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『らんたん』など著書多数。最新短編集『ついでにジェントルメン』が発売中。

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