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寄稿「かわいい絵本は訳せません」 金原瑞人(翻訳家)

キャッチーなテディベアの装丁が、海外の児童書ブックフェアで話題になったイギリスの絵本“LOVED TO BITS(『ぼくのしましまテッド』)”が、3月19日(木)に発売されました。刊行にあたり、訳者の金原瑞人さんがメッセージを寄せてくださいました。

 ぼくは絵本を訳すのが下手だ……という、この一文を読んだだけで、下手だろうなとわかってもらえると思う。ぼくの得意分野はヤングアダルト、つまり若者むけの本と一般文芸なので、「です・ます体」で訳すような本は苦手なのだ。
 そのくせ、かなり絵本も訳している。ただ、絵本が苦手という言葉を証明するかのように、ぼくの訳した絵本はあまり売れない。もちろん、よく読まれている絵本もある。たとえば、 ロブ・ゴンサルヴェスの『終わらない夜』から始まるだまし絵のシリーズや、トーベン・クールマンの『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』から始まるネズミの冒険シリーズなどは、コンスタントに版を重ねている。しかしゴンサルヴェスのほうは決してかわいくなくて、どちらかというと怖い、よくいえば、ファンタスティックな感じの内容だし、クールマンのほうもネズミはかわいいけど、文章の量が多いうえに、それこそ冒険物語だ。どちらも「です・ます体」が似合う絵本ではない。
 ぼくは「です・ます体」が苦手で、かわいい絵本が苦手なのだと思う。だから絵本の翻訳を頼まれるとまず、「ぼくが訳したかわいい絵本は売れませんよ」と断ることにしている。ついこないだも、『クジラにあいたいときは』という、ぼくの訳した、ぼくの大好きな絵本が絶版になった。うまい翻訳家が「です・ます体」でかわいく訳したら、こんなことにはならなかったのかもしれない。ごめんなさいという気持ちでいっぱいだ。
 絵本に対してはいつもそんな複雑な気持ちでいるのだが、去年の暮れ、ある児童文学賞の授賞式パーティでNHK出版の編集さんと知り合って少しお話をして、その次の日、絵本の翻訳を、という内容のメールがきた。こちらはいつも通り、「かわいい絵本はだめです」と返事をしたら、ぬいぐるみのクマがぼろぼろになっていく話だという。え、そんな話が絵本になるんだろうかという疑問もあり、興味もわいて後日、編集さんに現物をみせてもらったら、これが、かわいい……のだ。
 「かわいい……のだ」という書きぶりからしてすでに、かわいい絵本は訳せませんよといっているようなものなのだが、このかわいい絵本には、それも許容してくれそうなやさしさが漂っていた。

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 それに、主人公の男の子がすごく、いいやつなのだ。ぬいぐるみの目が取れても、脚が取れても、手がもげても、いつも離さず、そばに置いていて、おかあさんに「もとどおりになおしてあげましょう」といわれても、このままのほうがいいんだという。いっしょに自転車を乗り回したり、かいじゅうと戦ったり、いかだに乗って逃げたり、ゾウと綱引きをしたりしてきた仲だ。体のあちこちがなくなっていく、そのたびに、思い出が増えていく。そんな想いを心に抱いて、そんなクマといっしょにベッドで寝る男の子の話は、やっぱり、「です・ます体」じゃないよなと思って、ついこの絵本の翻訳を引き受けてしまった。
 そんなわけで『ぼくのしましまテッド』という絵本が生まれました(ここから、いきなり「です・ます体」になってしまう)。最後には「しましまもようも すっかりきえて、きずだらけ、あなだらけ。まるいおなかと あたまだけ」になってしまうぬいぐるみテッドと少年のお話。気になったら、読んでみてください。「です・ます体」ではありませんが、少しせつない、けれど、健気な男の子の気持ちが伝わってくると想います。

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プロフィール

金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年岡山市生まれ。翻訳家・法政大学教授。児童文学、ヤングアダルト小説、ノンフィクションなどこれまで翻訳した書籍は550点以上にのぼる。『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』『終わらない夜』など絵本の翻訳も多く手がける。

*『ぼくのしましまテッド』のあらすじ*
テディベアの「テッド」は、全身すてきなしましま模様。しかし、少年とスリル満点の冒険を繰り返すうちに耳はちぎれ、手足はもげ、自慢のしま模様も薄れてしまう。そんなテッドを見たママが、「かわいそうだから元どおりにしてあげよう」と提案するが、少年は首を横にふる。なぜなら、いまのテッドのほうが好きだから──。テッドは、少年が幼いころから喜びも悲しみも全てわかちあってきた特別な存在だ。いまはすっかりボロボロになって、少年のベッドから出られないけれど、友情のかたちは変わらない。ふたりはいつもいっしょ、ずっといっしょ。

作家プロフィール

テリーサ・ヒーピー(文)
イギリスの出版社で児童書の編集に携わったあと、物語作家としてデビューする。Oxfordshire Book Awards(2015)の最優秀絵本賞ほか、多くの受賞経験をもつ。

ケイティ・クレミンソン(絵)
イラストレーター・絵本作家。イギリスの美術学校を首席で卒業。デビュー作の“Box of Tricks” でブックイラスト賞の新人賞を受賞。11か国語に翻訳された“Otto the Book Bear(『くまのオットーとえほんのおうち』)”の作者としても知られる。




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