脳全体(ホール・ブレイン)を活かして思考のクセを変える――『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』
あなたの「脳」には〈4つの人格〉がある!?
ベストセラー『奇跡の脳~脳科学者の脳が壊れたとき』(竹内薫訳、新潮社)の著者、ジル・ボルト・テイラー博士の最新刊『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』が発売されました。脳卒中を克服した脳科学者が気づいたのは、「脳」と「自分」の関係を見つめなおして、心穏やかな人生を送る方法でした。
本書を訳しながら、次第に心が楽になっていったという、翻訳者の竹内薫さんのあとがきを抜粋してご紹介します(*見出しは編集部)。
――右脳型/左脳型の神話から自由になろう
テイラー博士は、右脳/左脳というありきたりな分け方には、それなりの意味があるけれど、本当の話ではないという。では、何が本当かといえば、右脳と左脳のそれぞれに「考える」役割と「感じる」役割があり、それぞれに解剖学的な根拠があるという。
脳の内部には、クルミのような大きさの扁桃体、ポセイドンが乗っていそうな形の海馬、そして帯のような形の帯状回が「ある」ことだけ押さえてください。本書では、この3つが「大脳辺縁系」の代表として図示されている。もっと詳細な解剖図を載せればいいかとも思うが、本書は、脳の解剖学的な事実に引っ張られることなく、すんなりと、脳の主役の「役割」へと読者を誘うのが目的なのだと感じる。なお、脳の周囲には誰でも知っている大脳皮質(ヒトの場合、大部分は新皮質)がある。
――「脳」の中の「4つのキャラ」とは?
本書には「4つのキャラ」が登場する。それぞれに、脳の解剖学的な根拠がある。スケジュール帳のように几帳面な〈考えるキャラ1〉(左脳の大脳皮質)、たいていネガティブになってしまう〈感じるキャラ2〉(左脳の辺縁系)、今ここでの歓喜に浸る〈感じるキャラ3〉(右脳の辺縁系)、そして、あなたの本質であり、哲学者であり、経営者であり、宗教家でもある〈考えるキャラ4〉(右脳の大脳皮質)の四つだ。
――脳卒中がもたらした〈キャラ〉体験
テイラー博士は、重度の脳出血により、〈キャラ1〉と〈キャラ2〉が徐々に停止してゆき、ほぼ、〈キャラ3〉と〈キャラ4〉だけになる世界を体験した。自分の体の境界線が消えて、宇宙と一体になる、悟りのような境地。こればかりは、なかなかわれわれが想像するのも難しいが、ヨガ、瞑想、深い宗教的心などで、その世界を垣間見ることが可能なのだという。
現代社会は忙しなく、ストレスの連続だ。それは、〈キャラ1〉と〈キャラ2〉に偏った社会だ。実際、子供のころから〈キャラ3〉が優勢だったテイラー博士自身も、きびしい科学者の競争に巻き込まれてゆき、〈キャラ1〉と〈キャラ2〉が優勢になった時期が続いた。脳出血でこのふたつのキャラを失って初めて、能天気な〈キャラ3〉と思慮深い〈キャラ4〉の存在に気づき、〈キャラ1〉と〈キャラ2〉が復活した後も、あえて〈キャラ3〉と〈キャラ4〉を主役にすえた人生を送ることを決めたのだという。
――自分の〈キャラ〉と向き合う方法
周囲から押し付けられる価値観や評価ではなく、自らの内面の価値観や評価で生きる方が、人は幸せになれる。でも、誰もがテイラー博士のような闘病生活を送らなければ、このような境地に達することができない、というわけではない。誰もが実践できる方法は「脳の作戦会議」だ。
まずは、読者それぞれが、自分の〈キャラ1〜4〉に名前をつけて、作戦会議を開く習慣をつける必要がある。特に、すぐに落ち込む駄々っ子のような〈キャラ2〉は要注意で、このキャラが全面に出てパニックを引き起こしたときは、「90秒ルール」を適用し、〈キャラ2〉が落ち着くのを待つべし。それができるようになったら、今度は、周囲の人々のキャラに注目しつつ、家族や友人がみな幸せに生きられるよう努力を続けよう。
恋愛やギャンブルやアルコール依存症など、人生のさまざまな場面で、自分や恋人や家族や友人を苦しみから解放してあげる魔法の処方箋。それは、「4つのキャラ」について理解し、作戦会議を開き、最終的に真の自己(セルフ)に立ち帰ること。
どのキャラが支配的であるかは、世代によっても大きく異なる。本書では、アメリカの世代が紹介されているが、多かれ少なかれ、日本にもあてはまるように思う。会社などで、世代間ギャップに苦しんでいる読者は、世代に特有のキャラ、という観点から俯瞰することで、職場環境が改善できるかもしれない。
――ユング心理学と脳科学の融合
この本の特徴として、ユング心理学との親和性があると思う。テイラー博士の解釈によれば、〈キャラ1〉は仮面の人格のペルソナ、〈キャラ2〉は暗い人格のシャドウ(影)、〈キャラ3〉は両性具有のアニマ・アニムス、そして〈キャラ4〉は真の人格である自己(セルフ)。
ユング心理学は、文学や芸術など、人類文化との関連で話題になることも多いが、テイラー博士の解釈を見ていると、なるほど、脳科学的な根拠があるのだなと納得させられた。
テイラー博士は、人間が「50兆個の天才的な細胞の集まり」だという。わかりにくい表現だが、おそらく、これこそが、瀕死の重傷を負ってリハビリに取り組み、真の自己(セルフ)を見つけた彼女の実感なのだろう。
この本を訳し終えて、私も、自分の〈キャラ1〜4〉に名前をつけてみた。そして、夫婦喧嘩の理由や、SNSで文句ばかり言っている人の気持ちや、新型コロナ関連の苦しみ、子供の反抗期、保護者の不安など、さまざまな場面でテイラー流に解決策を探ってみた。心なしか、人生が楽になった気がする。
そう、この本は、心の苦しみを抱えた現代人のための「癒やしの書」なのだ。左脳のサイエンスと右脳のスピリチュアルの歓迎すべき融合からわかったこととは……まさに、心の安らぎは、すぐそこに。
2022年5月
竹内 薫
(了)
*続きは『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』でお楽しみください。
著者プロフィール
ジル・ボルト・テイラー(Jill Bolte Taylor, Ph.D.)
神経解剖学者。1996年、37歳のとき脳出血により左脳の機能をすべて失った。8年のリハビリの末、身体、感情、思考すべての脳機能を回復させた体験を語ったTEDトーク(2008年)は、これまでに2800万回以上視聴され、伝説の講演となっている。体験記『奇跡の脳─脳科学者の脳が壊れたとき』(新潮社)はベストセラーとなった。本書は、その実践編とも言える著者の2冊目の著書である。現在は、ハーバード大学脳組織リソースセンター(ハーバード・ブレインバンク)のナショナル・スポークスマンとして、重度の精神疾患の研究のために脳組織を提供することの重要性について、啓蒙活動を行っている。ウェブサイト: drjilltaylor.com
◎訳者プロフィール
竹内 薫(たけうち・かおる)
1960年生まれ。理学博士、サイエンスライター、サイエンス書翻訳家。東京大学教養学部、理学部卒業。カナダ、マギル大学大学院博士課程修了。さまざまなメディアで科学の普及活動を精力的に行っている。おもな翻訳書に、ジル・ボルト・テイラー『奇跡の脳─脳科学者の脳が壊れたとき』(新潮社)、ポール・ナース『WHAT IS LIFE? 生命とは何か』(ダイヤモンド社)などがある。
関連書籍