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「やり抜く力」から「切り替える力」へ――メンタルヘルス研究の世界的権威による、みずから変化を起こすスキル!

長年の研究により、目標達成や幸福度を劇的に高めるのは「切り替える力」だと判明。脳が不安にとらわれたままでは行動を起こせません。どんな状況でもすばやく柔軟に対応できる人・組織だけが困難を乗りきれるのです。
新刊『SWITCHCRAFT(スイッチクラフト) 切り替える力――すばやく変化に気づき、最適に対応するための人生戦略』(NHK出版より11月17日発売)では、認知心理学・神経科学の世界的権威であるエレーヌ・フォックスが、フリーズした脳を動かし、しなやかな思考・行動が身につく方法をはじめて明かします。
刊行を記念して、本文の一部を特別公開! *本記事用に一部を編集しています。

人生で成功し、幸せになる道を決めるもっとも大きな要因は、べつの手法に切り替えるタイミングとそのやり方を心得ていることだ。

――エレーヌ・フォックス(認知心理学者・神経科学者)

すばやく最適に切り替える

 人生とは選択の連続で、その選択が「正しい」か「間違っている」かに二分されることはめったにない。これまでの人生を振り返っても、自分がくだした判断が正しかったのかどうか、確信はもてないだろう。たとえば、いまの伴侶と結婚してすばらしい子どもに恵まれ、幸せに暮らしていることを感謝しているとしよう。けれど、ほかの相手と結婚しても、やはりすばらしい子どもに恵まれたかもしれないし、ひょっとすると、もっと幸せになっていたかもしれない。
 目の前には多くの道が延びていて、あとになってから「あれでよかったのだ」と思うことはあっても、これが「正しい」選択肢だと明確にわかるわけではない。試験には正解と不正解があるが、日常生活で直面する問題は別物だ。「正しくない」解決策もあるだろうし、「複数の」解決策だってあるだろう。
 この「確信できない状態」を受け入れて生きていかなければ、簡単に挫折してしまう。私自身、心理学や神経科学の研究を続けてきた結果、世の中とは先が読めないものであり、それに慣れなければやっていけないと痛感するようになった。
 人間には変化や不確実なことを受け入れ、適応する能力がある。適応力は高められるが、そのためには楽なことだけを続けるのではなく、新たな課題にチャレンジしなくてはならない。私も人前で話すのが不得手だという苦手意識を克服したからこそ、大学で教鞭をとることができるようになった。
 提案する〈スイッチクラフト〉とは私が名づけたスキルで、複雑で予測不能な世界を生きていくうえで必要な「切り替える力」を指す。すばやく、しなやかに切り替えられれば、過渡期を乗り越えやすくなる。自分のウェルビーイングを高めるには、変化を迫られるたびに受け身で対応するのではなく、みずからを導いていかなければならない。人生への取り組み方を臨機応変に変えていくのだ

「切り替える力」を強化する4本の柱

 私は認知心理学と感情神経科学の研究者で、オックスフォード大学感情神経科学センター(OCEAN)を創設し、所長として人間が繁栄するための科学を研究してきた。同研究所では、遺伝子の構造や脳の機能から、レジリエンスへの理解を深めようとしている。また夫で心理学者のケヴィン・ダットンとともに、オックスフォード・エリート・パフォーマンス社を共同創業し、最先端の心理学と神経科学の知見を活用して、スポーツ、ビジネス、軍隊といった分野の第一線で活躍する人たちが能力を存分に発揮できるよう力を貸してきた。そして、すばやく柔軟に切り替える力を高めた人が大きな成果をあげる様子を何度も目の当たりにした。この事実は、私の研究結果とも一致している。実際、このスキルが有効であることを裏づけるエビデンスは、いまなお増えつづけている。
 「切り替える力(スイッチクラフト)」には4本の柱があり、それぞれが重要な役割を担っている。4つの能力をあわせて活用すれば真のパワーが生じ、どんな困難も乗り越えられる。

・すばやく柔軟に対応する――思考・感情・行動を機敏に切り替える。
・自分を知る――内面を見つめ、「核となる価値観」や能力を把握する。
・感情への気づき――自己認識の一部で、自分のあらゆる感情を受け入れる。
・状況をつかむ――周囲の状況を把握し、外の世界にも目を向ける。状況を深い直観レベルで把握する。

 4本の柱に支えられた「切り替える力」は人生の航海に必要な方位磁針のようなものだ。そしてまた生涯を通じて学び、伸ばしていくスキルでもある。気難しい上司への対応に悩んでいる、厄介なチームの舵かじ取りに苦労している、落ち着きのない子どもに手を焼いている、口論をした友人と和解したい、あるいはただやる気を出したいなど、どんな目的でも心のなかに方位磁針があれば、状況に応じたふさわしい戦略を選べる。また、いまの方法を続けるべきか、ほかの方法へと切り替えるべきかを決断する力にもなるだろう。

なにもしない時期を置く

 変化はアイデンティティと対立する可能性がある。そうなれば、自分の内面を変えていく必要がある。長年、結婚生活を送っていた男性が妻に去られ、独身に戻ったら、打ちのめされるかもしれない。そんなとき、なにに留意すればいいのだろうか。
 必要なのは一定の時間と、ありのままの自分を受け入れ、自分を大切にする努力だ。それまでの計画を白紙に戻し、少しずつ新しい目標や可能性を受け入れ、自分を開放していくのだ。ある物事の終わりと、べつの物事の始まりのあいだには空白の期間がある。ドイツ系ユダヤ人の精神分析医フレデリック(フリッツ)・パールズは、それを「豊穣な空白」と呼び、なにもしない時期を置くことが重要だと言った。
 私がおこなった実験では、短時間で考え方を切り替えなければならないほど、人間の判断には混乱や遅延が生じる。これはいわばスイッチ・コスト(考え方を切り替える際に生じる負荷)だ。たとえば、数字を「奇数か偶数に分類する」から「3以上か3未満に分類する」という方法に切り替えるときには、シンプルな考え方のあいだで思考を切り替えなければならない。1つの考え方(奇数か偶数か)から次の考え方(3以上か3未満か)に切り替えるには、少し時間をとる必要がある。
 アイデンティティの大きな一部を変えなければならなくなったとき、次の段階に進む前にどれほどの時間と努力が必要になるかを想像してみよう。たとえば「幸せな結婚生活を送っている自分」から、「離婚した自分」「独身の自分」「配偶者と死別した自分」に変わるところを。その場合、「豊穣な空白」を設けなければ、次の段階には移行できないだろう。パールズが言ったように、なにもしない時期は無益でも無駄でもない。いったん過去とのつながりを断ちきってから、また少しずつ人生と関わっていく、生産性の高い期間なのだ。失業、離婚や離別、親しい友人の死に直面すれば、いったん立ちどまり、人生や目標の見直しをせざるをえない。どんな変化に直面するにせよ、数々の不快な疑問を突きつけられ、これまで当然だと思っていた多くの物事のあやうさを思い知らされるだろう。そんなときには、苦痛や悲しみを受けとめ、新たな状況に慣れる時間をとる努力が欠かせない。
 同じことは、ポジティブな変化にも当てはまる。新たな恋人ができた、新居に引っ越した、転職したといった前向きな変化が生じた場合でも、なにもしない時期を置くといい。週末にちょっとした旅に出るなど、シンプルな工夫でかまわない。転職する場合は、新たな仕事を始める前に、働かない期間を設けよう。
 どんなライフ・イベントが起ころうと、脳は適応するための時間を必要とする。最初はショックを受けても、徐々に変化を受け入れていけば、最後には新たな現実に適応できるようになる。

こだわるか、切り替えるか

 直観にしたがって心をひらけば、自分には生き方を選ぶ自由があると気づく。柔軟ですばやい思考の切り替えと行動によって、人生は変わる。これが、「切り替える力(スイッチクラフト)」第1の柱「すばやく柔軟に対応する」ということだ。
 すばやく柔軟に対応するためにはまず、シンプルな決断をくだす。「こだわる」か、それとも「切り替える」かだ。切り替えるにはエネルギーがいるので、必要かつ有効である場合のみにしたほうがいい。
 困難な状況に直面して気分が落ち込んだときのこと、なんとなく不安で落ち着かないときのことを思い出してみよう。「そろそろ変化を起こすタイミングかもしれない」と考えただろうか。そう気づいたとしても、考え方を切り替えて、慣れ親しんだ方法をやめるのは簡単ではない。
 あなたはこれまでの人生で、長いあいだ、なにかに、あるいはだれかにこだわったことはあるだろうか? そのときは「変化が必要だ」という徴候に気づけなかったのだろうか? どんな理由で変わることをためらったのだろう? このように過去を振り返れば、そろそろ変化を起こすタイミングだと自覚しているのに、慣れたやり方にこだわりやすいかどうかを評価できる。反対に、がんばって続けるべきなのに、すぐにやめてしまう傾向があることに気づくかもしれない。
 「こだわる」か「切り替える」か。基本となる決断は、どちらも有効になりうる。競技会前のトレーニングや試験勉強なら忍耐力が求められるので、これまでと同じ努力を続けて「こだわる」ほうがいいだろう。かたや、複雑なプロジェクトに取り組んでいるのなら、タスクの異なる側面に応じて取り組み方を「切り替える」必要がある。

直観力を高めるヒント

 直観は時間をかけて多様な経験を重ねた結果、身につくものだ。私たちにはみな直観があり、脳は直観がはたらくようにできている。過去の経験というデータベースをもとに、周囲の環境と体内からのシグナルを組みあわせて、私たちが最適な方法で考え、感じ、行動するよう導く。
 直観力を伸ばすためには、次のようなことが役立つ。

・心を静め、耳を澄ます――私たちは騒音に囲まれている。アラームやブザー、頭のなかで鳴り響く会話。こうした騒音のすべてが、直観の声をかき消してしまう。確実に1人になれる時間をつくろう。週に数回、1時間だけでも身体をリラックスさせ、心を静め、直観を意識する機会を設ける。できれば自然のなかに身を置いて、身体の声に耳を傾ける。長めの散歩、ヨガ、瞑想などもいい。
・ネガティブな感情を抑える――ネガティブな感情は警告を与え、問題となる物事に集中させようとする。一方、直観は周囲の状況のすべてに注意を払い、耳を傾けようとするので、ネガティブな感情と相いれない。ネガティブな感情が起きたら、なるべく抑えるように努め、直観の声に耳を傾ける時間をつくる。実際、機嫌がいいときのほうが悪いときよりも、直観的によい判断をくだせるという結果を示した研究もある。ポジティブな感情を高めて、直観の声に耳を傾けよう。
・身体のケアをする――本書を通じて、「切り替える力」を活用するには、身体が中心的な役割をはたしていることを説明してきた。研究者のあいだでもようやく理解が進んできたが、脳は身体のために尽くしているのだ。私たちは体内からのシグナルにかならず耳を澄まさなければならない。身体が機能していないと、周囲の微妙な変化に気づけない。バランスのいい食事と十分な睡眠をとり、定期的に運動しよう。
・実行機能が過剰にならないようにする――すばやく柔軟な対応力を高めるうえで実行機能は欠かせない。状況を分析し、合理的に決断するには、メンタルの資源――行動の抑制、ワーキングメモリ、認知的柔軟性―をよい状態にしておく必要がある。疲れていると、実行機能は低下する。気が散り、関連性のある状況の側面を結びつけて記憶するのが苦手になるのだ。こんなときに直観が本領を発揮する。疲れて集中力が落ちると直観を感じやすくなり、新たなアイデアを受け入れたり、いろいろなことを創造的に結びつけたりしやすくなる。


続きは『SWITCHCRAFT(スイッチクラフト) 切り替える力――すばやく変化に気づき、最適に対応するための人生戦略』でお楽しみください。

著者紹介

© Mark Bassett

エレーヌ・フォックス Elaine Fox
認知心理学者・神経科学者。ダブリン大学、ヴィクトリア大学ウェリントン校などを経て、エセックス大学で欧州最大の心理学・脳科学センターを主宰。その後、オックスフォード大学の感情神経科学センターを設立・指揮したほか、イギリス政府のメンバーとしてメンタルヘルス研究における国家戦略も担当した。現在はオーストラリアのアデレード大学で心理学部長を務め、認知心理学と神経科学、遺伝子学を組み合わせた先進的な研究をおこなっている。またコンサルタント会社〈オックスフォード・エリート・パフォーマンス〉を経営し、トップアスリートやビジネスパーソンなどのメンタル・トレーニングの指導にもあたっている。著書に『脳科学は人格を変えられるか?』(文藝春秋)がある。
https://twitter.com/profelainefox

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