「イイ女」の価値観もアップデートを――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子
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「イイ女」の価値観もアップデートを――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今月は80年代後半~90年代前半に多数出版された女性向けエッセイについての考察、後編です。
※当記事は連載の第8回です。最初から読む方はこちらです。

#8 大人のいい女(後編)

(前回まで)40歳になったばかりの私は、幼い頃の記憶の母が、今の私とほとんど同い年なのに、大人っぽくて素敵だったことをふいに思い出し、あの頃の母の姿に近づくべく、80~90年代に大流行した「大人のイイ女」になるためのハウツーエッセイを読み漁るが……。

 森瑤子さん、安井かずみさん、下重暁子さん、熊井明子さん、そしてイラスト中心ではあるが西村玲子さん……。
 全部読み終わって感じたのは「あの頃は洋画と海外の雑誌が一番のお手本」という母の証言は正しかったということである。名前をあげたみなさんのほとんどが(下重暁子さんのスタンスはちょっと違う)、海外から仕入れた情報を、読者にわかりやすく提供していて、今でいうインフルエンサーだ。森瑤子さんの、テニスも育児も仕事もこなしながら八時間寝てお酒もたしなみ、夫婦のコミュニケーションも密なライフスタイルは、豊かだなあと感心したし、安井かずみさんの仕事もファッションもインテリアも一切の気を抜かず、海外旅行などの体験にも投資し、学ぶ心を忘れない生き方は、全部真似はできないけれど、ネットから離れて外に出てみようかな、という気持ちにさせられる。一番真似しやすいのは日本を出ず恋もせず、今ある人間関係や資質を武器に四十代から賢く生きようと説く下重さんだろうか。それにしても、当時は「40歳」といえば、相当な大人というか、今でいう五十代後半くらいの感覚だったらしい。個人的には熊井明子さんのアメリカの雑誌から切り抜いたテクニックを惜しげもなく披露する様に好感を抱いた。街ですれ違った女性や映画で見たファッションを恐るべき動体視力でインプットし、自分のカラーで蘇らせる西村玲子さんの本は、センスのいい女性のスクラップブックを貸してもらったようでワクワクした。
 いずれも楽しく読み、おめかししてディナーに行くような遊び方もコロナが収束したらやってみよう、と素直に学びを得た。それにしても、みんなテニス好きだな~。推理小説を読んでお酒をよく飲んでいる。あと「急なお客様」にカナッペをめちゃくちゃよく作る。カナッペ、食べたことない……。
 しかし、である。どの本も好きは好きなんですが、みんなめちゃくちゃ同性に厳しい! 同性っていうか読者に! この連載タイトルの由来になった、桐島洋子さんの『聡明な女は料理がうまい』を読み返した時もちょっと感じたが、80~90年代にヒットした「イイ女」指南は、基本的に「教えてあげている」「啓蒙してあげている」という姿勢に基づいている。もちろんいけないわけではない。そういう役割を務められる女性が当時の日本にはごくわずかだったのだ。彼女たちはその使命をまっとうし、多くの女性をエンパワメントしてきたパイオニアである。だけど厳しい! とくに森さんと安井さん! 女性たるものパートナーを常にドキドキさせる存在でありながら、仕事も料理も完璧であれ。ありきたりな女と素敵な女を明確に線引きし、前者を容赦なくこきおろす様は、胃がズキズキしてくる……。
 ここで私はようやく気付くのだが、あの頃提唱された「イイ女」には必ず異性のパートナーがつきもので、何よりも先にその相手をご機嫌にさせてナンボなのである。そうだった。あの頃、保育園に子どもを預けて働く女性はまだ稀で、女性の多くは出産と同時に、キャリアを中断せざるをえなかった。母の手作りのセーターや丁寧な暮らしは、本人も証言する通り「そこに本来の自分のクリエイティブ精神をぶつけた」のだろう。そう思うと、記憶の中の母の見え方が少し変わってくる。本人は、あの時期を懐かしんでいるし、私が当時のことに興味を持ち始めて面白がっているようだが、私を育てるために母が仕事を辞めたのは事実……。
 コロナが収束したら、母を連れて、バブル期にイケてたお店めぐりをしようと思う。あの頃の母のようにばっちりメイクをして洋画を参考に上等なセーターを着るのだ。ただし、ヒールははかなくていい。よそゆきの相棒は夫ではなく母や女友達。できることしかやらないし、価値観はアップデートし続けるけど、母たち世代が切り開いてくれた海外由来のライフスタイルを楽しむ生き方にも敬意を、というのが私らしいやり方な気がするのだ。

FIN

題字・イラスト:朝野ペコ

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プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)
1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『マジカルグランマ』など著書多数。最新長編『らんたん』(小学館)が好評発売中。

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