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少年の筆が色を失った世界に光を取り戻していく――ファンタジーの名手・刀根里衣さんによる最新絵本『にじいろのせかい』より

 ちっぽけな自分にも、何かできることはないだろうか――。筆とパレットを手にした絵描きの少年が、真っ暗な世界に色をつけていく。周囲に彩りが戻ったとき、少年が目にしたものとは……。
 絵本作家・刀根里衣さんにとって2年ぶりの新作絵本『にじいろのせかい』が、11月10日に発売されます。これまで経験したことのない日常を送っているわたしたちをやさしく前向きな気持ちにさせてくれる作品です。
 さて、ミラノ在住の刀根さんと担当編集者Hが校了後にオンラインでやりとり。本作が生まれたきっかけから進行中に起きたハプニングまで、刀根さんの創作活動の一端にふれられる対話をどうぞお楽しみください!

試行錯誤の末に生まれた絵本

──新作について本格的に検討を始めたのは、2019年の秋ごろからでしたね。

刀根 ちょうど1年前ですね。頭のなかにあったアイデアをHさんにご相談しましたが、そこからなかなか前に進めませんでした。

──下絵までご用意くださった作品もありましたが、ふたりのなかで「これでいこう!」というところまでたどり着きませんでした。

刀根 春に開催されるボローニャ児童書ブックフェアで直接お会いし、細かなところを詰めていく予定でしたが、新型コロナウイルス(以後、コロナ)の影響でフェア自体が中止になり叶いませんでした。

──夏に都内で開かれる個展に作品を間に合わせたいと考えていたこともあり、どこか焦っていました。コロナの影響で個展が延期になったのをきっかけに、「一度立ち止まりましょうか」とご提案しました。刀根さんの世界観を表現するにはどういう作品がよいか、自分のなかでも考え直しました。それを受け止め、すべてリセットし、新たにご提案くださったのが今回の作品でしたね。

刀根 思考を一度止める勇気をもったことは正解でした。少し時間を置いてから新たに2つの別案を考え、Hさんがより気に入ってくださったほうで進めることにしました。

──そのときにいただいたメールです。

悲しいことがいっぱい起こって真っ暗になってしまった世界に絵描きの少年が色をつけて、希望を取り戻すお話です。まだまとめきれていないのですが、「黒一色の世界にだんだんと色が灯されていく」イメージです。もうちょっと空想を広げていけるといいかなと考えています。

──このころ、ウイルス感染は世界に拡大しており、だれもがどんよりした気持ちで過ごしていましたから、読者の共感が得られる作品だと感じました。

刀根 コロナを強く意識した作品ではありませんが、当時イタリアで日に日に感染が拡大していく様子を目の当たりにし、何か少しでも気持ちが明るくなる作品がつくれないだろうか、ということを自問したところからストーリーが思い浮かびました。

──主人公が世界に色をつけていく、というコンセプトが、絵本作家である刀根さんにぴったりですし、刀根さんがもっとも得意とされているファンタジーの世界が最大限表現できるはずだと思いました。

刀根 当初、タイトルは「色のない世界」としていましたが、「前向きなものにしたい」とHさんはおっしゃいましたね。

──希望が感じられる書名がよいのでは、と思いました。

刀根 書名はいつも悩みますが、複数の色を光のように灯していくストーリーなので、『にじいろのせかい』としました。それにしても、半年以上、ああでもない、こうでもないと悩んでいたのがウソのように、アイデアが浮かんできて、すぐにストーリーボードに進むことができました。

──2週間もかからず、ストーリーボードを描き上げてくださいましたね。

刀根 「ストーリーボード」とは、いわゆるラフ画のことです。わたしは物語のコンセプトを決めたら、文章よりも先に絵を描きます。絵を描きながら流れを調整していくのです。

早起きして絵を描く日々

──イタリアとは7~8時間の時差がありますが、(現地時間の)早朝にメールが届くことがよくありました。

刀根 そうなんです。2歳になる息子を毎晩寝かしつけているのですが、だいたいわたしの方が先に寝てしまいます。その分早起きをして、朝の時間に集中して描くようにしています。

──そうでしたか。描く時間を捻出してくださってありがとうございました。ところで、息子さんは絵を描くのは好きですか? おうちにいろいろな画材がそろっているので、ぜいたくな環境ですね。

アトリエ

刀根 まだ「絵を描く」という概念はないようですが、ペンを持ってグルグルと何かを描いています。絵の具のふたを勝手に開けるので、ちょっと困っています。たしかに一般のおうちよりはたくさんの色に触れる機会が多いのではないかと思います。

──それはうらやましい。さて、1見開目が届いたのが6月の上旬で、最後の11見開き目を描き上げてくださったのが7月の下旬でした。ちなみに、通常1枚にかけるお時間はどのくらいですか?

刀根 絵によってちがいますが、早ければ2、3日、だいたい1週間以内には仕上がります。頭のなかにイメージがしっかりあるものはテンポよく進められ、枚数が多くても苦になりません。逆に曖昧なイメージのまま制作に入ってしまうと、途中で描くのがしんどくなってきます。そういった絵は大体失敗します。

──そういう意味では今回はとてもスムーズだったということですね。そして、絵が仕上がったあと、いつものように文章を整える作業をしました。

刀根 今回はできるだけシンプルな展開にしてみました。声に出して読んでみて、リズムにつまずきはないか、点の位置や、分かち書きの場所など、毎回Hさんと相談しながら丁寧に進めています。

──地味ですが、大切な作業です。そういえば、刀根さんの作品は主人公が男の子のことが多いですが、それには理由がありますか?

刀根 自分の子どもが男の子だからでしょうか。息子をモデルにしているわけではありませんが、仕草などを参考にしています。子どもをもつ前は特に意識したことはありませんでしたが、たしかに男の子が多いですね。

NHK出版刊10冊目の作品

──気づいたら2014年に『ぴっぽのたび』を刊行してから6年ですよ。そして、『にじいろのせかい』は記念すべき10作品目となります。

刀根 ボローニャでHさんにお会いしてから6年以上も経過したということですね。時間が経つのは本当に早いです。ぼーっとしているとあっという間に時は過ぎてしまうので、一日一日を大切にしないといけませんね。

──『ぴっぽのたび』は12刷、2冊目の『きみへのおくりもの』は7刷、2017年に刊行した『おもいで星がかがやくとき』は6刷とロングセラーの仲間入りをはたしています。

ぴっぽのたび

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おもいで星がかがやくとき

刀根 ありがたいかぎりです。わたしは京都の美大を卒業後、絵の仕事に就きたいと思っていましたが、現実は厳しいものでした。出版社の人に「あなたの絵は日本では難しい」と言われたこともありました。

──しかし、その後、刀根さんはご自身でチャンスを勝ち取った、のでしたね。

刀根 勝ち取ったというより、あきらめなかったといったほうがいいかもしれません。しつこくトライしているうちに運が味方についてくれたようです。

──ボローニャの児童書ブックフェアで同時に開催される国際絵本原画展に2度入選されています。絵本作家の登竜門ともいえるコンペティションですね。

刀根 2013年に国際イラストレーション賞をいただいたことから歯車がまわり始めました。人生、何があるかわかりませんね。

──授賞式の日、刀根さんのお名前を知っている人はそう多くはなかったと聞いています。しかし、いまは新作を楽しみにしている読者が世界中にいます。

刀根 国際イラストレーション賞をいただく前にイタリアの出版社からデビューはしていましたが、フェア会場で世界から集まる出版業界の人たちに絵を見てもらったことが、大きなチャンスにつながりました。

──わたしもその一人でした。会場ではいろいろな国の人が刀根さんの絵の前で足をとめていました。シンプルに、この作品を日本の人たちにも届けたいと思い、その後アプローチさせていただきました。

刀根 日本で出版するチャンスをいただけるとは考えてもいなかったので、お話を聞いたときにはびっくりしました。同時に、はたして日本で受け入れられるのだろうか、という不安もありました。しかし、こうして日本でも多くの方に手にとっていただけるようになり、NHK出版のみなさんにも感謝でいっぱいです。これからも期待に応えられるような絵本をつくり続けていきたいと思っています。

色校が届かない?

──今回、色校が一向に届かなくて困りましたね。いつもは5日程度で届くのに、校了の1週間前になってもまだ国内を出ていませんでした。

刀根 Hさんはいつも色校を送ってくださいますが、3週間以上もかかりました。コロナの影響で、ヨーロッパ便が激減していたことが原因でしょう。イタリアの国際郵便局に届いたというメールを受信したのは校了の2日前でした。

──刀根さんに色校をお送りすることを前提に進行スケジュールを組んでいましたが、これ以上は待てない時期まできていました。あきらめかけていたところ、イタリアに着いたことがわかり、校了日を1日だけずらしました。どういうわけか間に合うような気がして……。

刀根 原画はミラノにありましたので、色はわたしが確認するしかなかった。間に合ってよかったです。廣済堂さんの特注インクを使用していただいて、とてもきれいに色が出ていました。

──そのような郵便事情でしたので原画は送っていただかなくてよかったです。大切な作品が3週間も届かなかったら、その間わたしは眠れませんから。

刀根 無事に校了できてよかったです。出産を経て、活動を緩やかにしていた時期があるので、久しぶりの新作です。一人でも多くの方に読んでいただけるとうれしいです。

──「本書に込められたメッセージ」をうかがうのが、対談上よくある流れですが、刀根さんにはお尋ねしてはいけないんでしたね。

刀根 そんなことはないのですが、人それぞれ読むタイミングやそのときの気持ちのもちよう、置かれた環境によって作品の受け取り方は違うはずです。作り手のメッセージも普遍的であるとはかぎりません。自分の考えをお伝えするのはどこか押しつけがましいような気がして……。読者のみなさんの好きなように解釈をしていただければよいと考えています。

──読者の感性に任せたいということですね。

刀根 日本の出版社の方には読者対象を聞かれることがありますが、「絵本は子どものもの」という意識が、わたしにはありません。小さなお子さんにもご年配の方にも、手にとっていただく機会があれば同じくらいうれしいです。そうそう、わたしのデビュー作を担当してくれたイタリアの出版社のカタログには、読者対象は「2歳から100歳まで」と書いてあるんです。もちろん、101歳以上の方にも読んでいただきたいです!

──「2歳から100歳まで」とはユーモアのある表現です。刀根さん、今回もすてきな作品をありがとうございました。このあとは、わたしたちが読者のみなさんに届けられるよう努めます。各国でのコロナの感染拡大が心配ですが、一日もはやく世界に日常が戻り、そして、来年こそは日本かイタリアでお会いできるよう願っています。

《あらすじ》

色を失った世界に立ちつくす少年が、この物語の主人公です。静けさのなかで、少年は考えます。ちっぽけな自分にも、何かできることはないだろうか……。筆とパレットを手にした少年は、動物や植物に色をつけ、星や月を描いていきます。そうして命を吹き込まれたいきものたちは、徐々に光を放ちはじめます。

プロフィール
刀根里衣(とね・さとえ)

イタリア在住の絵本作家。1984年、福井県生まれ。絵本作家。2011年、イタリアの出版社から“Questo posso farlo”(『なんにもできなかったとり』)でイデビューして以来、ミラノを拠点に創作活動を行っている。2012年から2年連続で、ボローニャ国際絵本原画展に入選をはたす。2013年には、同原画展において国際イラストレーション賞を受賞。受賞作を絵本化した“El viaje de PIPO”(『ぴっぽのたび』)は、幻想的で繊細な筆致が高く評価され、12か国で読まれている。『なんにもできなかったとり』『モカと幸せのコーヒー』『ぼくのばしょなのに』など、子どもから大人まで幅広い層に愛される作品多数。本書は小社刊として10作目の絵本となる。

*NHK出版児童書Instagramはこちら

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