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落合陽一×オードリー・タン。知の最前線を走る2人による未来予想図 2人の「再会」に合わせて前回の対談の一部を特別公開![後編]

「落合陽一、2022年初の書籍」にてNHK人気番組初の書籍化、『ズームバック×オチアイ 過去を「巨視」して未来を考える』。世界恐慌、ペスト、ファシズム、オイルショック……過去の事例を徹底検証し、キーワードをもとに「半歩先の未来」への展望を示す新しい未来予測本です。
 本書のもととなった番組「ズームバック×オチアイ」の2022年第1弾「落合陽一、オードリー・タンにふたたび会う(前編・後編)」がNHKEテレで放送されます。
[前編]1月14日(金)22:30~23:00(再放送19日(水)10:25~10:55)
[後編]1月21日(金)22:30~23:00(再放送26日(水)10:25~10:55)

 その「再会」に合わせて、『ズームバック×オチアイ 過去を「巨視」して未来を考える』より初の対談の一部を特別公開! 後編の今回は、混迷の時代における経済と長期的な価値の可能性について2人が鋭く切り込みます。
※前編はこちらからお読みになれます。

危機に耐えられる「長期的な価値」を求めて

 2020年4~6月のGDP(国内総生産)予測(2020年12月時)では、台湾がマイナス0,73パーセント、韓国がマイナス3.3パーセントと影響を最小限に抑えたのに対し、アメリカはマイナス32.9パーセント、イギリスはマイナス20.4パーセントと大きく落ち込みました。日本も、8月の速報値では戦後最悪のマイナス27.8パーセントとなりました。
 数字だけを見れば経済への不安が募りますが、いまの時代はGDPだけを気にすべきではないと2人は言います。

落合 経済指標で示される価値は、すごくあやふやなものです。持続可能性は、生産性指標では評価できませんから。たとえば、私が山のなかに住み、畑を耕し、神社仏閣の手入れをしながら自給自足の暮らしをしているとします。社会に接続されていない状態で、通貨のやりとりもありませんから、経済活動としてはゼロに近いかもしれません。でも、その活動には「神社仏閣が持続可能なかたちで維持される」という、100年後の人にとっては計りしれないほど大きな価値になる可能性があります。
タン 私もまったく同意見です。GDP予測で台湾の数字はたしかに日本ほど悪くはありません。でもこれは、わずか3か月の数字です。危機はもっと続きます。危機のときこそ、短期の数字に一喜一憂せず、何がこの先「長期的な価値」となるかを考えなくてはなりません。

 危機にも耐えうる「長期的な価値」を求め、そのビジョンを示す。約90年前、同じ思いを抱いた経済学者がイギリスのJ・M・ケインズです。

ケインズによる「孫たちの経済的可能性」

 1930年、ケインズは「孫たちの経済的可能性」というエッセイを発表しました。その内容は、前年に起きた世界恐慌に対する世間の「進歩の時代は終わった」「絶望しかない」という悲観論に真っ向から反対するものでした。

いまの苦しみは過去の行いのツケではなく、「急速な成長の痛み」にすぎない。
石炭、蒸気、電気。ニュートン、ダーウィン、アインシュタイン。人類は科学の力で飛躍的進歩を遂げてきた。
このまま科学が進歩し労働効率が高まりつづければ、100年後、孫たちの世代では労働の必要すらなくなる。
(J・M・ケインズ「孫たちの経済的可能性」より)

 さらに、「金儲けは悪、金貸しは下品、金の貯め込みは汚らわしいものとなる。美徳と正気、そして知恵の道を歩む者だけが未来を見つめるだろう」との言葉も残しています。はたして、ケインズのこの予言は実現するのでしょうか……

10年後、GDPは意味を失う

タン ケインズの予言から、まだ100年はたっていませんよね(笑)? まだ90年ですから、あと10年の猶予があります。10年後の2030年はちょうど、SDGs(持続可能な開発目標)の達成目標年でもありますね。
今後、「誰ひとり取り残さない公正な社会を作ること」を考えていくうえで、ケインズは素晴らしい予言を残してくれたと思います。大切なのは、単なる「金儲け」と「価値ある仕事」とは違うということです。
世界が目指すと決めたSDGsの169の目標のなかで、GDPについては、1項目だけです。GDPに悩むのは、169分の1の時間でいいんです。科学技術はこの90年間、目まぐるしく進歩しました。このままいけば、いずれケインズの言うとおり、お金のためだけに働く必要はなくなります。そして、自分の心を満足させるために働く社会がやってくるでしょう。いまは苦しいこともあります。しかし、私は10年後にはGDPなんて完全に意味のない指標になっていると考えます。
落合 成熟した国では、そうかもしれません。GDPからの価値転換へ人々がコンセンサスを持つのは、意外と2030年より前かもしれません。ただ、アフリカなどの発展途上国では、まだ成長の問題が根深く残っています。2030年、もしくはそこを超えるかもしれませんが、SDGsが「誰ひとり取り残されずに」達成されるといいと思います。
タン そうですね。コロナ禍で、事態はよりはっきりしました。お金がいくらあっても病気にはなる。だからこそお金よりもっと大事な価値、つまり「生きていくこと」に必要なものは、等しく世界中の皆に行きわたるようにしなければなりません。ケインズは「100年後」と言いましたが、あと10年、技術の発達を信じて、世界が歩み寄りつづければ、人類はお金に悩む段階から「次の段階」へと歩み出すことができるでしょう。
落合 90年前、ケインズは「孫たちの経済的可能性」のなかで「人類の物質的環境に空前の大変化が起きるだろう」という予言もしていました。
物質的な生産と「非」物質的な生産で分けるとすれば、90年前はおそらく、非物質的な生産がほとんどなかった時代でしょう。成熟した先進国で、非物質的な生産である「ゲーム産業」が非常に伸びていることは、ケインズの言う「物質的環境に起きる空前の大変化」に近いのかもしれません。そういうなかで「生産性のあるもの」と「生産性のないもの」という議論は本質的に無意味で、「労働生産性」と呼ぶときに、それは物質なのか情報なのかという区切りもとくに意味がなくなってきているのは面白いところですね。

*続きは『ズームバック×オチアイ 過去を「巨視」して未来を考える』でお楽しみください。

プロフィール
落合陽一(おちあい・よういち)

メディアアーティスト。1987年生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。現在、筑波大学図書館情報メディア系准教授/デジタルネイチャー開発研究センター、センター長。ベンチャー企業や一般社団法人の代表を務めるほか、政府有識者会議の委員等も歴任。メディアアーティストとして個展も多数開催し、EUのSTARTS Prize やメディアアート賞のPrix Ars Electronicaなど国内外で受賞多数。著書に『半歩先を読む思考法』(新潮社)、『2030年の世界地図帳』(SBクリエイティブ)、『超AI時代の生存戦略』(大和書房)など。

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