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ロココからナポレオンの時代へ ――「『NHK8Kルーブル美術館』の愉しみ方」第2回

『NHK8Kルーブル美術館~美の殿堂の500年~』は、同名の8K番組をもとに、名作を鑑賞しながら、ルーブルのコレクションを築いた時代・担い手たちの物語をひもといていく美術書です。編著者は、小池寿子さん(國學院大學教授)と三浦篤さん(東京大学大学院教授)とNHK「ルーブル美術館」制作班のみなさん。本の編集制作の過程でやりとりを重ねてきたこの面々が、完成後の初夏のある日、久しぶりに集まりました。8K番組の学術監修を務めた小池さんと三浦さんは同世代の西洋美術史家で、本のなかではこの2人が丁々発止の対談を繰り広げてルーブルを語り合っていますが、この日の邂逅でも2人の対話は縦横無尽に展開していきました(そして番組制作班も参加)。本づくりの舞台裏もふりかえったその模様を何回かに分けて連載します。第2回は、本の構成めぐる話題からスタートです。
※第1回から読む方はこちらです。

時代を串刺しにする

制作班 専門と扱う時代が異なる2人のクロストークが、ほんとうにおもしろいですよね。そして解説は、核心を紹介されたうえで、周辺の作品や前後の時代にまで膨らませて書いてくださっている。各章には、総論や作品紹介とは別に「もう一つの視点から」というコラムが掲載されていますが、これがまたおもしろいですね。
三浦 ああ、変化球のページですね。
制作班 たとえば第1章の「もう一つの視点から」は『〈モナ・リザ〉のゆくえ』ですが、ここでは〈モナ・リザ〉に着想を得た後世の作家たち(カミーユ・コローやマルセル・デュシャン)について語られています。異なる時代を串刺しにして見ていく視点、こういう仕掛けはすごくおもしろいなと思いました。
三浦 8K番組は番組として完成していると思いますが、本を造ることによって、もう一歩別の方向に進めたのではないかと考えています。だから番組を見ていただいて、この本も読んでいただいて、やっぱり両方体験していただきたいと思う。番組は番組で、本は本で別物なので、広がり方がやっぱり違う。番組は限られた情報に集中しますが、本では随分幅を広げていきましたから。
小池 私もそう思います。『8Kルーブル美術館』は、番組と本の2つを体験して完成するということですね。

ルーベンスが好き!

三浦 第2章の最初の主人公はルイ14世で、最終的にロココが出てきますが、ふりかえってみてどうですか。
小池 王立アカデミーの歴史をきちんとおさえていないとなかなか書けない時代でしたし、コレクションの歴史というところに焦点を当てて推敲を重ねることにもなったのですが、かえって私にとってはとても勉強になりました。
三浦 第2章の総論『“フランスらしさ”が生んだ色彩の極致』のことですね。
小池 そうです。絵画については、今までの見方を最もあらためることになったのは、フランソワ・ブーシェなんですよ。18世紀のロココの画家ブーシェって、これまではあまり私の好みではなかったんですが、フランス絵画の伝統の一つに女性裸体図があるということがわかってくると、ブーシェの〈オダリスク〉の意味合いもまた変わって見えてくる。私にとって大きな体験でした。
三浦 私もどちらかといえば17世紀のほうに興味があったんですが、第2章を体験してみると、18世紀にも惹かれるところがありましたね。何だろう。爛熟したといいますか。
小池 たとえば17世紀のプッサンは非常にお行儀がいいというか、優等生すぎちゃうところがある。プッサンは非常に偉大な画家だと思うんだけれども、三浦さんがおっしゃった18世紀の爛熟、ちょっと熟して香りも高くなってきた感じが、ブーシェにはよく出ていますね。
三浦 そうですね。確かにプッサンは悪くないですが、あまりにも折り目正しいというか、きちんとしている。立派ですけどね。
小池 立派な人ですよ。
三浦 17世紀では、むしろルーベンスのほうにちょっと惹かれちゃうんだけど。
小池 そうですね。私もどちらかというと。何より色彩の豊かさに魅了されますね。
三浦 やっぱり〈マリー・ド・メディシスの生涯〉は力作ですよね、ほんとうに。
小池 力作ですね。私は、対談のなかでも言っていますし、第4章の「もう一つの視点から『擬人像の系譜』」でも書きましたが、〈マリー・ド・メディシスの生涯〉のマルセイユ上陸のところに出てくる、女性兵士の姿をしたフランスの擬人像は、大々的に扱ったものとしては最初かなと思っています。そしてこのルーベンスの〈マリー・ド・メディシスの生涯〉について言えば、連作24枚を全部載せていただけて本当によかった。全部まとめて見られる本は実はほかにはありませんので助かりました、という意見をいっぱいいただきましたよ。
三浦 そうですね。一望のもとに全体を見られるっていうのはなかなかありませんね。個々の作品の大きな画集はあるけれども、こういうページって意外にありそうでないんですよね。これは本にしたときの利点だなと思います。
小池 大きいほうがいいことはいいけれども、ここまで並べて見られる、見開きでメインの作品とそのほかの作品を一緒に眺められるのは、ルーベンスのこの大作シリーズを把握する上では重要ですよね。

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〈マリー・ド・メディシスの生涯〉

三浦 ルーベンスは、もともとうまい画家だとは思っていたのですが、やっぱりこの裸体の描き方といい、水滴の描き方といい、ほんとうにいろいろな意味で点数の高い画家なんだなというのが、非常によくわかりましたね。これまでは、あまりにも豊満な女性ばかりが出てくるので、避けるところもあったのですが、だからこその魅力というものが西洋絵画にはあるんだということが、今回よくわかりました。
小池 ちょうどこの8K番組の撮影の頃に、ルーベンスの展覧会が上野の国立西洋美術館で開かれましたよね(2018年10月16日~2019年1月20日)。この展覧会もルーベンスを見直す契機になりました。ルーベンスが好きっていう学生も増えてきているんですよ。
三浦 それは日本人としては珍しいですね。
小池 珍しいですよ。
三浦 でも、最後はフランス文化の成熟とロココは切っても切り離せないんだなというのが、最終的な感想ですね。やっぱりロココなんだなと。その後の時代にロココは否定されるのですが、しかし、ここにはフランス美術の一つの頂点がある。

ロココをめぐって――本の第2章の対談から(抜粋)

三浦 ヴァトーやブーシェは、フランスの画家のなかでは、西洋絵画史に足跡が残っているほうだといえます。でも、それ以前にフランスで活躍した17世紀の画家、たとえばル・ブラン、リゴー、ミニャールなどは、当時はともかく、現在ではそれほどの名声は残っていない。17世紀はむしろプッサンとかロランとか、イタリアに行った画家のほうが主役ですよね。
小池 そうですね。型通りの描き方をする画家が多いかな。面白さがないですね。
三浦 18世紀のロココになってようやくフランスの画家の足跡が歴史に大きく残る。それがフランス絵画の成熟の指標かなという感じはしますね。
小池 18世紀は、フランスが最もフランスらしく成熟していく時代ということになるでしょうね。
三浦 吉田健一さんの『ヨオロツパの世紀末』(1970年)も、ロココにフランス文明の一つの成熟を見るわけで、まさにそのとおりですよね。
小池 ヨーロッパの王侯貴族は、皆ヴェルサイユ宮殿を真似したり、フランス美術に倣ったりした。
三浦 そうそう。18世紀になって全ヨーロッパにフランス美術が広まるわけですよね。
小池 かといって、ドイツのロココの画家といってもピンとこない。
三浦 ロココという言葉自体が、ほかの国にはあまり似合わない。
小池 建築や工芸には言えるかもしれないけど……。
三浦 絵画でロココと言ったら、フランス以外に考えられない。
小池 それを考えると、やっぱりロココはとてもフランス的だと思います。

ナポレオンの美術館

三浦 第3章は、ナポレオンが主人公で、エジプトも登場して、新しい市民の勃興という話もあって、豊富な話題があったところだと思いますが、ふりかえってみてどんな印象が残っていますか。
小池 これもこのプロジェクトに関わらせていただいたおかげなんですが、19世紀ってほんとうにおもしろい時代だなということを、あらためて今ごろになって認識しています。「19世紀」はひと言では簡単にくくれないということも、よくわかってきました。ナポレオンについて言えば、私はどちらかと言うとグロの〈アルコレ橋のボナパルト〉が好きなんですが、でも何と言っても迫力はジャック=ルイ・ダヴィッドの〈ナポレオン1世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠〉。8Kで見て、しみじみダヴィッドは本当にうまい画家、テクニシャンだなと思いました。特に人物の肖像画。19世紀の画家としてはこのダヴィッドがとてもおもしろかったんですが、19世紀には、ヤン・ファン・エイクの〈宰相ロランの聖母〉のような15世紀ネーデルラント絵画が収蔵されていたりする。第3章は、ルーブルのコレクションのあり方が比較的よくわかる章だと思うんですよね。さらにエジプト美術が出てきて、ミイラも出てくる……。そういう意味で、19世紀冒頭の段階のルーブルのコレクションが、どのくらいの範囲にまで及んでいたのかということが把握できて、なおかつナポレオンの一つの頂点を極めたジャック=ルイ・ダヴィッドの肖像画も見られるということで、バリエーションに富んでいながら充実した章だったと思っています。
三浦 私も賛成です。コレクション形成史をたどるというのが、このプロジェクトの一つの縦軸です。最初はイタリア美術を蒐集して、次にフランス美術も蒐集し始める。これは基本的な古典主義の伝統なんですよね。それでロココまで来るんですが、そのあと、わーっとバラエティーが出てきちゃって、この第3章には、エジプトもあれば、古代ギリシャもあるし、近代もあるし、またネーデルラントもある。もしかしたら一番いろんな種類が出てきたかな。今おっしゃったように、ルーブルのコレクションのレンジがわかりますね。それを可能にしたのは、一つはナポレオン。彼がヨーロッパ中のものを集めようとした。もう一つは、この英雄が強引に収奪したあと、ルーブルにナポレオン美術館をつくっちゃったということですね。これを私は歴史的な事実としては知っていたんですが、その実際のインパクトは、中身を調べるほどにものすごいことだったんだなということを非常に感じました。
小池 そうですね。
三浦 そのことを私は第3章の総論『ナポレオンが夢見た美術館』に書いたんですが、アンドレ・マルローの空想美術館の概念がリプロダクションで構成する美術館だったのに対して、ナポレオンは本物の絵で想像の美術館をつくっちゃった。これはすごかったんだろうな……。ナポレオン美術館を見てみたいというのが第3章ですね。
小池 まさに、空前絶後。
三浦 そこにまたヴィヴァン・ドゥノン(ナポレオンの腹心。後にルーブル美術館の館長に就任)が絡んで、北方絵画とか、あるいはイタリアンプリミティヴなども収蔵される。そういう意味では激変した時代ですよね。
小池 三浦さんの総論で流れがとてもよくわかりました。資料もたくさん出していただいて、近寄りやすさを加速させているなと思いましたよ。

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〈ナポレオン1世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠〉(部分/写真提供=ユニフォトプレス)

三浦 8K的なことで言うならば、〈ナポレオン1世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠〉は、巨大なだけにこれまではちゃんと見ていなかった。それを部分部分、一つ一つのモチーフをじっくり見ることができたのは大きかった。逆に〈宰相ロランの聖母〉はそれほど大きくはないんだけれども、細部をあそこまで拡大して見ることができたのは貴重でした。これまでは、あれほどまでクローズアップすることはありませんでしたから。この2作品はそれぞれ違う意味で、8K体験としてとても印象に残っています。
小池 今あらためて思うのですが、ちょうどベルギーが独立するのが1830年。それまでフランスの支配下にあったベルギーがベルギーとしての自覚を持ち始めた時代でもありましたから、きっと学芸員の中に、フランス絵画とネーデルラント絵画の差異化ということが、当時のルーブルの蒐集の意識としてあったのかもしれないなと考えています
三浦 なるほど。それにしても〈宰相ロランの聖母〉の拡大図。8Kの最初の番組(2016年放送の「ルーブル 永遠の美」)で見たアップは、ほんとうに一番印象深かった。
小池 すごいとしか言えない。すごいって、最近いろいろな場面でみんなが使いますから、なるべく避けたいけれども、やっぱりすごいなっていうのが、この〈宰相ロランの聖母〉ですよね。

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〈宰相ロランの聖母〉(写真提供=ユニフォトプレス)

〈宰相ロランの聖母〉をめぐって――本の第3章の対談から(抜粋)

三浦 8Kの力が最も発揮される作品の一つだと思います。ヤンは技術がすばらしい。細部まで本当に緻密に描き込んでいる。背景の橋の上に1ミリくらいの人がいますが、一筆か二筆くらいで描いているのに、歩いている感じなどがしっかりわかる。すごく驚きました。
小池 ヤンの別の作品、〈ヘントの祭壇〉(1432年、ベルギーの聖バーフ大聖堂蔵)を修復する過程で明らかになったのですが、ヤンは宝石や真珠などを一筆で描いているそうです。丹念に細かく描いているわけじゃないんですね。
三浦 素晴らしい技術ですよね。確かにハイライトなどは、筆先でちょっと絵の具を置いている感じ。布地や金属の質感の出し方もうまい。
小池 金色の部分は、多くの場合、絵の具の上に金箔を貼っています。ロランが着ている金糸の刺繡の部分もそうだと思います。ビロードやウールの部分は、灰色のリスの毛を束ねた柔らかい筆にたっぷり画料を染みこませて、幾層にも塗り重ねています。油彩画は、やっぱりヤンで頂点に達した気がします。ヤンはよく「油彩画の開発者」といわれるけれど、そうじゃない。ヤンが頂点で、乗り越える者がいなかった。
三浦 のちのレオナルドも、薄塗りで何層も重ねていますね。〈モナ・リザ〉が典型的です。やっぱりテクニックのある人は、薄塗りで微調整していく。そういう意味では、共通しているのかな。
小池 使っているオイルの種類は、ヤンのほうが多いですね。ヤンの場合、31から38種類のオイルを使っています。でも、そのうちの3分の1くらいは、オイルの種類が不明です。ここまで多くのオイルを使うのは、ヤン以外にはいないと言われています。
三浦 使いこなせるというのは、絵を描くための技術や素材などの事前研究が膨大にあるということですよね。
小池 そう。ヤンは光を描き分ける技術にも長けていました。宝石に反射した光や、水に入って屈折していく光、布に当たって反射する光など……。この作品に、これだけ宝石が描かれているのは、彼が宝石の光の反射について光学的な関心を持っていたからかもしれません。サイエンティストですよね。レオナルドもそうですが。

*第3回(6月25日公開予定)へ続く

■番組のお知らせ
ルーブル美術館 ~美の殿堂の500年~
第3集 革命とナポレオンのルーブル
BSプレミアムで再放送
2021年6月19日(土) 午前1:05~2:04 ※6月18日(金)深夜 今夜です!

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