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読解力のレシピ――「読解力」とはどのような能力か? 《「読む」ってなんだろう?――認知科学から考える》第1回

 言語の理解と思考の発達に焦点を当て、「学び」の本質について研究を行ってきた、慶應義塾大学教授の今井むつみさん。本連載では、私たちの誰もが日常で当たり前のようにしている「読む」という行為を手掛かりに、そのことを掘り下げて考えます。

衝撃的な調査結果

 子どものことばと思考の発達を専門に研究している。言語が概念の習得や思考の発達にどのような役割を果たすのかという問いが研究テーマの中心である。
 長年の研究から、言語の力が概念の習得と、思考力(推論の力)の発達を支え、推進する上で大きな役割を果たしていることが明らかになった(注1)。その知見に基づき、小学生の言語力と思考力を測るテストを開発し、小学2年生から5年生までを対象に大規模な調査を行ったことがある。さらにテストで測ろうとする言語能力・思考力と、学力との関係を調べるため、子どもの「学力」の指標の1つとして算数の文章題も同時に実施した。
 3年生と4年生には、1年生の算数の教科書にあるのと同じ問題を1問と、3年生の教科書にある7問の、計8問に取り組んでもらった。5年生に対しては、3・4年生用の問題から4問と、5年生で学習済みの単元から4問を用意した。
 問題はすべて教科書にある基礎的なものなので、ひねりも何もない。教科書をきちんと学習したら正解できて当然というレベルの問題である。しかし、子どもたちの出来は芳(かんば)しくない。芳しくないどころか、衝撃的な結果であった。これには様々なことを考えさせられた(注2)のだが、特に「読解力」とは何かということについて考えるきっかけとなった。

注1 詳しくは、拙著『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)、『親子で育てる ことば力と思考力』(筑摩書房)。
注2 アセスメントと調査結果については、岩波書店から今年出版予定の『学力の基盤を測る――言語力、思考力のアセスメント(仮)』で詳細を報告するので、小学生の知識、学力、思考力についてご興味のある方は、そちらをご一読いただきたい。

「読解力がある」とはどういうことか

 数学者の新井紀子さんが書かれた『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社、2018)という本がベストセラーになったように、「読解力」は大きな関心を集めている。
 しかし、認知科学者としては、それ以前に「読解力」とは何かということ、そして「読解力がない」ということがどういうことなのかがとても気になる。「読解力」が何かということに、特にその背後にある認知のプロセスに言及せず、ただ「読解力がある、ない」という議論は、いささか空虚に思えてしまうのである。
 教科書が読めれば「読解力がある」ことになるのだろうか。そもそも「教科書が読める」とはどのような行為、あるいは行動の結果を指すのだろうか。
 「読解力」を考える糸口として、まず、算数の文章題における子どもたちの解答をいくつか見てみよう。例えば「子どもが14人、1れつにならんでいます。ことねさんの前に7人います。ことねさんの後ろには、何人いますか」という問題。これは小学1年生の教科書にある問題である。しかし、正答できたのは、3年生でなんと28%、4年生で53%、5年生でも72%しかいなかった。
 正答率の低さもなかなか衝撃的だが、誤答のタイプを詳しく見ていくと、子どもがなぜ算数が苦手なのか見えてくる。算数の理解と「読解力」が切っても切り離せないものであることもわかる。

「列の並び問題」誤答タイプ1

図1

 この解答(誤答タイプ1)を書いた子どもたちは、どのような演算を適用して問題文で求められている答えを出したらよいかが理解できていない。「読解力のない」子どもの典型的な解答のしかたと言えるかもしれない(ただし、この解答を書いた子どもは読解力だけでなく、数の概念や、足し算、かけ算などの演算の概念にも問題があり、文章を読み取る困難と数や演算に対する誤った「スキーマ」――「スキーマ」については後述する――が複合されて、このような解答を書いたと考えられる)。

「列の並び問題」誤答タイプ2

図2

 この解答(誤答タイプ2)を書いた子どもも、問題文の読解ができていないのだが、「できていない」の意味がまたちょっとちがう。
 この子どもが描いた図を見てみると、問題文の意味するところは理解できているようだ。ただ、この状況を式にするときに、ことねさんの前の7人を全体の14人から引くところまではあっているが、「ことねさんの後ろ」の人数を出すには、ことねさん自身も1人として数え、全体から引かなければならないのだが、それができていない。
 原因は2つある。最初の原因は、メタ認知能力である。メタ認知能力とは、自分からちょっと離れた視点、いわば第三者の視点から自分の思考をチェックする認知能力である。式から導いた答えがあっているかどうかは、図と照合すれば気づくはずだからである(注3)。
 もう1つの原因は、「行間を自分で埋められない」問題である。子どもは、問題文に書かれていない数字を自分で補って式を立てることがものすごく苦手である。特にこの問題では、文章中に書かれていない、「ことねさん自身も1人として数えなければならない」ということを考えつかずに、読解ができていない解答が、非常に多く見られた。

注3 せっかく図を描いたのに、式との整合性を見ないというのは、そもそも図を描く意味を理解していないことを示唆している。このタイプの誤答をした子どもの割合は、3年生で32%, 4年生で16.3%, 5年生では6.4%だった。3年生では、3分の1がこうした問題を抱えているが、学年が上がると少なくなっていくようである。

「列の並び問題」誤答タイプ3

図3

 誤答タイプ3は、式だけを見ると誤答タイプ2と同じように思える。しかし、こちらの子どもは、文章を正しくイメージ化することができていない。「子どもが(全部で)14人、1れつにならんでいます」という情報に注目できず、ことねさんを中心に、前にも7人、後ろにも7人の子どもを描いていて、ことねさんを含めると15人になってしまうことに気がついていない。

「読解力」という単一の能力はない

 このように、非常に短い文章題でも、誤答の原因は複数ある。その根っこは「読解力」、つまり問題文中の情報が正しく解読できないということなのだが、この現象は、複数の原因が絡み合って表れているものである。
例えば、次の「山登りにかかった時間問題」の誤答例では、問題文の読み取りができていないだけでなく、時間の単位の理解もできていない。

「山登りにかかった時間問題」誤答例

図4

 「必要なケーキの数問題」の誤答例も、読解力の問題と言えるだろう。問題文の最初と最後の数字である4と3に注意を奪われ、真ん中の2が式に入っていない。しかしこれは、注意力の問題でもあり、「作業記憶」の問題でもあると言える。作業記憶とは、一時的に情報を保持し、操作をするための脳の機能である。

「必要なケーキの数問題」誤答例

図5

 このように、子どもの算数の文章題の解答を詳しく見ていくと、結局、「読解力が足りない」原因は1つではないし、純粋に「読解力」という認知能力は存在しないことがわかる。
 「読解」とは、単に問題文に「書かれている情報を読み取ること」ではない。問題文を「読解」するということは、複数の認知能力が統合されてはじめて達成されることなのである。
 実際、先ほど見たように、「読解」に成功するためには、文章のどの情報に注意を向ければよいかがわからなければならない。認知心理学の研究で非常に有名なエピソードがある。
 「船にはヤギが1匹、ウサギが5匹、犬が3匹のっています。船長の齢(とし)は何歳ですか?」という問題に、多くの子どもが大真面目に「1+5+3=9だから、答えは9さい!」と答えたというものだ。
 「9さい」と答えた子どもは、明らかに、問題文中の情報のどれが大事でどれが不必要なのかの選別ができていない。「必要なケーキの数問題」では、これを「注意」の問題でもあると述べたが、認知科学ではより正確には「実行機能」と呼ぶ。必要な情報に注意を向けるとともに、不必要な情報への注意を抑制する機能である。読解にはこの実行機能が欠かせない。
 同時に、いろいろな部分の情報を一時的に記憶に保持しておくための、作業記憶も必要である。作業記憶が弱い子どもは、文章を読んでいるうちに、問題を解くのに必要な数字を忘れてしまうことがよくある。「必要なケーキの数問題」の誤答例を、作業記憶の問題でもあると述べたのは、その弱さが背後にあると考えてよいからだ。

「単語の知識」の本質とは?

 さらに見逃せないのが、単語の理解である。文章を理解するうえで、わからない単語があるとそこで思考がストップしてしまう子どもが多い。熟練した読み手は語彙が豊富なので、文章中で知らない単語はほとんどない。たまにわからない単語が出てきても文脈からわからない単語の意味を推論することができる。
 逆に、未熟な読み手には知らない単語がたくさんある。ということは文章の中に知らない単語がある確率が高いということだ。そして、一文に2つ知らない単語があったらお手上げになってしまい、全体の意味を理解することができなくなってしまう。
 特に大事なのが、時間(時間、分など)や量(リットル、グラムなど)のように単位の知識を必要とする単語と接続詞、動詞である。これらの単語は1つでもひっかかると思考が止まってしまう。
 単位の例ではないが、「10人の子供がいます。そのうち7人は女の子です。男の子は何人でしょう?」という問題を解けなかった子どもがいた。その子は、引き算ができなかったのではなく、「そのうち」がわからなかったのである。「そのうち」の意味を教えたらすぐに正解することができた。
 語彙は読解にとって大事、という認識は社会で共有されている。だから大人は一生懸命語彙を増やそうとする。しかし、語彙だけあれば読解ができるのか。答えはノーであることはすでに見てきた通りである。
 読解をひとことで言うなら、自分で持っている知識と文章の情報を織り交ぜて「解釈」をつくりあげる推論の過程である。その過程において、文章中の情報から必要なものと不必要なものをより分け(実行機能)、必要な情報を記憶に保持(作業記憶)しながら、自分の持っている知識によって行間を埋め、そこに書かれている状況をイメージしていく。
 「自分の持っている知識」の中には、もちろん単語の知識も含まれる。しかし、辞書のように、ある単語のだいたいの意味を他の単語で置き換えられる、という程度では十分でない。
 単語というものは、たいてい多義的で複数の意味を持っている。そして、文脈の中に入れてはじめて、その単語のどの意味がもっともあてはまるのかが決まる。つまり、複数の意味を知っていて、その中でもっとも合う意味を選択できることが重要である。
 さらには、文脈の中で使われている意味を知らなかったとしても、知っている意味をその単語に無理やり当てはめるのではなく、文脈から自分の知らなかった意味を推論しなければならない。

「読解」とは「問題の解決」である

 読解に必要な知識は単語の知識だけではない(注4)。算数の文章題を解くには「数」などについての一般的な知識である「スキーマ」も必要である。
 これまでの生活経験や学習経験の中で素朴に培ってきた、枠組みとなる知識のことを認知心理学では「スキーマ」と呼ぶ。先ほど読解に成功するためにはテキストに書かれていないことを自分で補い、行間を埋めて推論をすることが必要と述べたが、そのときに中心的な役割を果たすのが「スキーマ」なのである。
 スキーマには様々なレベルがあるが、算数の文章題に必ず必要となるスキーマは「数」と「単位」「演算」についての抽象的なスキーマだろう。例えば、分数の問題を解くには「分数」という数についてのスキーマが必要である。
 大人にとって、3分の1とは、ケーキを適当に3つに分けたうちの1つではなく、任意の数や量を均等に3つに分けたうちの1つである、というのは当然のことである。このことをわざわざ意識しなければならないほど、たいそうな知識だと思っている人はいないはずだ。しかし、分数がわからない子どもはこの知識(分数のスキーマ)を持っていない。「任意の数や量」ということを理解していないし、「均等に」ということも理解していない。
 『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治、新潮新書、2019)という本が大きな話題となった。この本では、少年院に入っている子どもたちの多くが、丸いケーキを等分に分けられないことを報告している。
 本の帯には、彼らが「三等分」したケーキの図が描かれている。ケーキを半分に分け、さらにそれを半分に分けた図である。この図を描いた子どもは、3分の1が、ケーキやピザを適当に3人で分けたときの1人分、という誤った理解をしている可能性が高い。ちなみに、一般の小学生の25~30%くらいがこのような分数の誤ったスキーマを持っていることが私たちの調査で明らかになった。
 結局、算数の文章題を「読解」するということは、語彙の知識と数や単位、演算についてのスキーマを基盤にして、情報を選択したり、保持したり、操作したりしながら文章の行間を推論によって埋め、文章が意味する状況のイメージをつくる、という複雑な認知の過程を必要とするのである。
 「読解」とは、「誰が何に対して何をした」という文章の構造がわかるだけの、単純なことではない。認知科学の観点からは、「読解」は「問題の解決」とほぼ同義である。算数の文章題を解く過程で「読解」に含まれないのは、単純な計算だけである。我々の行った調査で、算数の文章題に対してありえない式を立て、しかしその計算だけは合っていた子どものなんと多かったことか!

注4 このように読解するために必要な要素を書き連ねていくと、読者に対して、そして読解に苦労している子どもたちに対して、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。私が謝るのは筋ちがいなのだが、謝りたい気持ちになってしまう。すみません。

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バナー・イラスト作成:スタジオびりやに

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プロフィール
今井むつみ(いまい・むつみ)

慶應義塾大学環境情報学部教授。1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。1994年ノースウェスタン大学心理学部Ph.D.取得。専攻は、認知科学、言語心理学、発達心理学。著書に『ことばと思考』『学びとは何か――〈探究人〉になるために』『英語独習法』『ことばの発達の謎を解く』『親子で育てる ことば力と思考力』ほか。

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