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落合陽一×オードリー・タン。知の最前線を走る2人による未来予想図――2人の「再会」に合わせて前回の対談の一部を特別公開![前編]

 1月11日発売、NHK人気番組初の書籍化、『ズームバック×オチアイ 過去を「巨視」して未来を考える』(落合陽一、NHK「ズームバック×オチアイ」制作班)。世界恐慌、ペスト、ファシズム、オイルショック……過去の事例を徹底検証し、キーワードをもとに「半歩先の未来」への展望を示す新しい未来予測本です。
 本書のもととなった番組「ズームバック×オチアイ」の2022年第1弾「落合陽一、オードリー・タンにふたたび会う(前編・後編)」がNHKEテレで放送されます。
 [前編]1月14日(金)22:30~23:00(再放送19日(水)10:25~10:55)
 [後編]1月21日(金)22:30~23:00(再放送26日(水)10:25~10:55)
 その「再会」に先がけて、『ズームバック×オチアイ 過去を「巨視」して未来を考える』より初の対談の一部を特別公開! 危機の時代に求められる変化と可能性について2人が鋭く切り込みます。

世界中の注目を集めるオードリー・タン

 コロナ対策の成功をきっかけに世界中の注目を集めている台湾のIT担当閣僚、オードリー・タン。8歳からプログラミングを独学し、15歳で開発した検索ソフト「Fusion Search 搜尋快手」がひと月で1万ユーザーを獲得して「電脳神童」と呼ばれるように。その後、19歳でアメリカに渡るとアップルで人工知能「Siri」の開発に携わり、同社の顧問などを歴任。台湾に戻ると33歳でビジネス界からの「引退」を宣言し、その2年後の2016年、台湾史上最年少の35歳で閣僚に就任しました。男性として生まれ、思春期に女性だと自認したトランスジェンダーであることも広く知られています。
 オードリー・タンの存在が広く知られるようになったのは、新型コロナウイルス流行初期の2020年2月でした。深刻なマスク不足に見舞われるなか、タン率いるチームが台湾中のマスクの在庫データを可視化し、アプリを使えば誰でも確実にマスクが手に入るシステムを開発したのです。迅速な対策の結果、台湾でのコロナ感染は限定的なものとなり、その手腕に世界中から注目が集まりました。

落合 私が友人から「オードリー・タンが面白い」と聞いたのは、2015年頃のことです。どんな人なのか調べてみると、デジタルで牽引する市民運動のようなことをやっていて、たしかに面白い。トランスジェンダーでもあるので、ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂性を目指す社会)にどんなお気持ちをもとに意見をぶつけるのかというところにも興味がありました。

危機の時代の「ファッション」の変化

落合 私はとくにここ半年くらい、ほかの人に見せる服というより自分が着たい服を着ていますが、いま「ファッション」はどうなのでしょう。コロナ禍の後と前で、着ている服やファッションに対する考え方はどこか変わったでしょうか。
タン 一番変わったのは、マスクをするようになったことですね。
落合 マスクは、ネクタイのようになると思いますか。身体の一部に儀礼的に残っていくような。
タン ネクタイより重要になるかもしれません。ネクタイとマスクは「よそいきのフォーマルなもの」という点がよく似ていると思いますが、マスクのほうが覆っている面積が大きいように見えるのではないでしょうか。一度実験して確かめてみたいですね。それに「第二の顔」という意味でも重要だと思います。ほかの人のネクタイをしげしげと見ることはありませんが、マスクの場合は逆です。
こんな面白い「事件」もありました。医療用のピンクのマスクしかなかったとき、小学生の男の子が「ピンクはいやだ」といったのです。でも男性の閣僚たちがズラリとピンクのマスクをつけて「ピンクパンサーの色だ! かっこいいだろ」と見せると、今度は男の子たちに大流行しました。コロナ禍で学んだのは、「変化をいとわない人間こそ強い」ということ。固定観念にとらわれていたら危険な目にあいます。
ヨウイチさんがいったように、見せるためだけの服、固定観念を守るためだけの服の時代は終わった気がします。居心地の悪い「危機」の時代だからこそ、本当の居心地の良さを求めて「変化」が起きるのでしょう。

女性の「呪縛」を解放したココ・シャネル

 危機の時代、これまでも多くの偉人たちが「変化」を巻き起こしてきました。そのひとりが、デザイナーのココ・シャネル(1883〜1971)です。シャネルが起こしたファッション界の変化の背景にも、ある危機の存在がありました。
 女性のファッションといえば、きついコルセットに派手な帽子が当たり前だった20世紀初頭のフランスで、ココ・シャネルは動きやすいパンツルックやシンプルな帽子を提案し、ファッションに革命を起こします。
 シャネルが起こした変化の背景にあったのは、第一次世界大戦(1914〜1918)、さらに大戦中に始まったスペイン風邪の流行(1918〜1920)でした。相次ぐ危機により、世界で4000万人が亡くなり、労働者不足を補うために女性たちの社会進出が活発化します。そのような働く女性たちのため、シャネルは動きやすい服をデザインしたのです。けれど彼女は、単に「働きやすい服」を作ることを目指していたのではありません。シャネルの本当のねらいは、次の言葉に現れています。

今日、最悪の敵に会うと思って服を身につけなさい。(Dress like you are going to meet your worst enemy today.)
装いはあなたの知恵! 美はあなたの武器!(Adornment, what a science! Beauty, what a weapon!)
つつましさはあなたのエレガンス!(Modesty, what elegance!)

 シャネルはそれまでもっぱら男性が用いていた「黒」を女性の服に取り入れました。さらに、ひと握りの上流階級しか使えなかった香水を、一般向けに量産しました。男尊女卑の激しかった時代、危機を足がかりにシャネルは女性たちをさまざまな「呪縛」から解放しようとしたのです。

タン 危機はあらゆる面で民主化を促します。シャネルは、ファッションの面で香水を民主化しました。たとえば当時、女性の選挙権獲得の運動がありました。社会にとってもちろん重要であり、闘うのは大事なことですが、それはけっして「がめつい」ということではありません。
シャネルのように、闘いはより「エレガント(優雅)」にできる。ここに世間のイメージとギャップがあるのです。
さらに指摘したいのは、先ほど紹介されたシャネルの言葉には「もう一言」あるということです。彼女はこう言っています。「つつましさ(modesty)はあなたのエレガンス」だと。誰かの目を気にして、お定まりのきらびやかな服装をする必要はない。自分の内面に合った服を着ればいい。今回のコロナ禍でも、人々の虚栄心は減りましたね。インスタグラムに派手な写真をあげるのはやめて、誰もが謙虚になった。コロナ禍のあと、大事になるのはこの「謙虚さ(modesty)」です。謙虚ななかで、いかに自分だけのエレガンス(優雅さ)を求めていけるかだと思います。
落合 わざわざ人に見せるためのブランド品を身につけてパーティーに行くかと言われたら、そうではない時代が近づいている、あるいは人に自慢するために高い酒を飲んだりするかと言われたら、そうではない。自分の内面を深めるために対象物と向かいあうことが、より重要な意味を持つようになっていると思います。私はよくコンヴィヴィアリティという言葉を使いますが、いかに「自立共生」的に社会での対話関係や「共に創る」環境を構築していけるかが、これからの世界のひとつのキーワードではないでしょうか。
そのなかで、タンさんが言った「modesty(謙虚)」は「清貧」とも近い言葉です。ただ、人と文化は「レジリエンス」を持っていますが、それは虚栄心も同じです。いまは清貧な状態に置かれているとしても、人はいつかまた虚栄心を持つかもしれない。私たちは今後、どう元の状態に戻っていくのか、あるいは戻らないのか。コロナ禍で導入された文化がどう維持されていくのかを、キーテーマのひとつにしたいと思っています。

人類が初めて手にした地球規模の「共生」

タン 共に生きる「コンヴィヴィアリティ」という考えは、私の解釈では、日本の「侘び寂び」にも通じると思います。それは、よそから価値を輸入したり奪ってきたりするのではなく、いま目の前の環境にあるものを活かして、共に生きていこう、という考えですね。そういう点で私がコロナ禍で注目するのは、先進国と途上国という枠組みをはるかに超えた「地球規模のコンヴィヴィアリティ」です。
今回のパンデミックで、人類は歴史上初めて世界中が等しく同じ悩みを持つことになりました。言い換えれば、「同じ環境」「同じ文化」を生きているということです。
時差や物理的距離の「壁」もインターネットが超えてくれました。私は最近、朝起きたら北米・南米の友人とオンラインで話し、夕食後はヨーロッパやアフリカの友人とオンラインで会話しています。これはひとつの新しい文化です。こんなに「皆で共に地球に生きている」という感覚を持つことができた時代は初めてでしょう。
地球規模のコンヴィヴィアリティが実現した以上、前に「戻る」必要はありません。ワクチン完成後も、地球規模で連帯して物事を考えていくべきです。
落合 共に生きることが時間と空間を超えて「大きな文化」になり、それが「新しい文化」になるという考え方は面白いですね。地球の皆で語りあうことができたら、それが一番の楽しみであり、喜びでもあります。私も対話のために移動しなくてよくなり、以前より多くの国の人々と会話できるようになりました。

*続きは『ズームバック×オチアイ 過去を「巨視」して未来を考える』でお楽しみください。

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プロフィール
落合陽一(おちあい・よういち)

メディアアーティスト。1987年生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。現在、筑波大学図書館情報メディア系准教授/デジタルネイチャー開発研究センター、センター長。ベンチャー企業や一般社団法人の代表を務めるほか、政府有識者会議の委員等も歴任。メディアアーティストとして個展も多数開催し、EUのSTARTS Prize やメディアアート賞のPrix Ars Electronicaなど国内外で受賞多数。著書に『半歩先を読む思考法』(新潮社)、『2030年の世界地図帳』(SBクリエイティブ)、『超AI時代の生存戦略』(大和書房)など。

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