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「連続テレビ小説 ブギウギ」脚本・足立紳さん 寄稿

理不尽な世の中や不器用な人たちの人間模様を、温かなまなざしでつぶさに描き出す脚本家・足立紳あだちしんさん。「朝ドラ」とは縁遠いと感じていた足立さんが、笠置かさぎシヅという人物に出会い、魅力的なヒロイン・スズ子を生み出すまで。「ブギウギ」に込めた思いを寄せていただきました。
※本記事は9月25日発売『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 ブギウギ Part1』に掲載しております。


多くの喜びと怒りと悲しみが、一緒にやってくるのが人生だ

 「朝ドラ」の脚本をやりませんかと制作統括の福岡利武ふくおかとしたけさんから連絡を頂いたのは、2021年の10月だった。私は「朝ドラ」というものを実はちゃんと見たことがなかった。「朝ドラ」的なものと自分の作風は合わないのではないかとも思っていた。
 私の思う「朝ドラ」的なものとはどういう先入観かというと、「前向きで元気で明るい主人公が、ときにミスを犯したり人を励ましたりしながら周囲の人に支えられて人生を生きていくドラマ」であり、どちらかというと私の書く作品は、その出来のよしあしはここでは置いておくとして、人からあまり応援してもらえないような人、共感を得づらいような人を主人公にしてきた。「朝ドラ」的な登場人物とは正反対だと思っていた。だからお話をいただいたときは、正直自信もなかったしびびった。何しろ「朝ドラ」は日本で最も見られているドラマと言っても過言ではないだろう。片や私は、ホームグラウンドとしている映画の世界でさえもマイナーな作品ばかり作っているのだ。なあに、簡単に感情移入なんかさせるかよ。人間なんてそんな簡単なものじゃないぞ。などと大ヒット作品たちに全身全霊で嫉妬しながらうそぶいていたが、いざオファーがくると、俺が通用するだろうか……という思い
が募るばかりだった。それでもやってみようと思ったのは、自分の思う物語や人物を多くの人に見てもらいたいと飢えに飢えていたからだ。おそらくはこの先の人生で、これ以上多くの人に自分の書くものを見てもらえることもないだろう。そして何より親孝行になる。私の作る映画は、故郷の鳥取では
ほとんど上映されたことがなく、年老いた両親はいつも遠くの県外まで苦労して見に行っているのだ。
 挑戦してみようと思った私は、早速いくつかの企画を出したりもしたが、なかなかうまくはまとまらず、福岡プロデューサーや他のスタッフの方々も交えて侃々諤々かんかんがくがくと企画を練るうちに、「笠置シヅ子さんはどうだろうか」という話になった。ここでまたもう一つ正直に書くと、私は笠置シヅ子さんのことをほとんど何も知らなかった。とんねるずの歌う「やぶさかでない」という歌に出てきた名前として知っていただけだから、全く知らなかったと言ったほうがいいだろう。だが「東京ブギウギ」という乗りのよい歌は知っていた。早速You Tubeで笠置シヅ子さんの歌う「東京ブギウギ」を聴き、その映像を目にすると、それはとても楽しい気分にさせてくれるものだった。次に笠置シヅ子さんの評伝を読み、そのジェットコースターのような波乱万丈な人生を知った。歌うだけでなく卓越したユーモアもお持ちで、おおらかでありながら、ときにセコい部分を発揮するキャラクターも大変魅力的で、なるほどこれは笠置シヅ子さんの人生とキャラクターをそのまま描くだけでもじゅうぶんおもしろいドラマになるぞと思った。だが、それだけでは自分よりもはるかにうまく描くシナリオライターはたくさんいるだろう。今、笠置シヅ子さんをモデルに、フィクションの物語を描くなら、どんなものにすればいいのだろうかと資料をあれこれと読みあさりながら考えた。
 「ある種の生きづらさ」を抱えながら、取り立てて秀でたものを持っていない人間を描きたいとずっと思っていた私には、笠置シヅ子さんの持っている歌の才能はまぶしすぎた。いっそ歌を下手な設定にしてしまおうか……いやいやそんなセコい架空の設定を作ってもしょうがない。せっかく笠置シヅ
子さんとこのような形で出会えたのに、自分の凝り固まった人間像を描くことに固執している私はドツボにはまってしまった。やっぱり俺には無理か……。気弱になっているところを、いつも励ましてくれたのは、部屋の壁に貼った笠置シヅ子さんが踊りながら歌っている写真と、毎日のように聴いていた歌だ。今でいうほとんど「変顔」とも言える表情で歌って踊っている笠置さんの写真を見ると、「あのねえ、そんな悩まんといてくださいな。テキトーに書いといてもらっとったらええですから。なんぼでもウソ書いといてください。あ、でもワテのことはええ女に描かなあきまへんで」という声
が聞こえてくるようだった。そして歌を聴けば、劇中にこの楽しい歌の数々が流れるのだから、俺のシナリオのまずさなんか消えうせるだろうとおかしな自信も湧いた。
 笠置シヅ子さんの人生には多くの苦難がある。大切な人を何度も失くす。私などからしたら、もう生きてはいられないのではないかと思うようなことの連続だ。その一つ一つの出来事を、笠置シヅ子さんはどう乗り越えたのだろうかと想像した。もちろん好きな歌で目いっぱい才能を開花させ、歌う
ことと、どこから授かったのかと思う持ち前のユーモアで乗り越えていかれたのだろうと思ったが、なにも乗り越えなくてもいいのだと、笠置シヅ子さんの歌と写真は言っているような気がした。「乗り越える」だなんて、それこそ私が抱いていた「朝ドラ」の先入観にほかならない。乗り越えようが
乗り越えまいが、人生は前に進んでしまうのだ。人生は待ってくれないのだ。苦難を乗り越えても苦難が来るし、苦難の途中で別の苦難も来る。一つの苦難を別の苦難が薄めるその間に喜びだってないことはない。多くの喜びと怒りと悲しみが、一緒にやってくるのが人生だ。泣いて笑って怒り狂って
寂しがって強がって弱音を吐き散らかしながら生きていく主人公。言葉は汚いがクソミソ一緒。それが「ブギウギ」の世界なのだ。ズキズキワクワクなのだ。
 「それにあんた、ワテを演じるあの子見たやろ? おもろいお芝居やりはりますなあ。歌と踊りも見たやろ? 言いたないけどワテ以上や。最高やないか! どっからあんな子連れてきたんや」と笠置シヅ子さんがあの世で言っているであろう、趣里さんがとにかく最高なのだ。福岡さんから時折送られてくる、歌って踊る趣里さんの映像に執筆中の私はどんなに励まされたことか分からない。疲れがすべて吹き飛ぶと同時に、なぜか涙が出てくるのだ。「ああ、きっとテレビでこのドラマを見る人は、今の俺のような気持ちになるのだろうなあ」と思いながら、歌って踊る趣里さんの姿を一刻も早く視聴者の方々に届けたいと思った。この主人公は、皆さんを笑わせ、泣かせ、いらだたせ、怒らせ、でも、最後にはみなぎるような活力を与えてくれる主人公になると確信している。
 「当たり前や! ワテがモデルなんでっせ!」とまた笠置シヅ子さんの声がどこからか聞こえてきそうだ。

プロフィール
足立 紳(あだち・しん)
鳥取県出身。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経て脚本を書き始める。映画「百円の恋」で、2015年に第17回菊島隆三賞を、16年に第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。19年には、原作、脚本、監督を手がけた「喜劇 愛妻物語」で第32回東京国際映画祭コンペティション部門にて最優秀脚本賞を受賞。20年、「喜劇 愛妻物語」「劇場版アンダードッグ 前編・後編」で第42回ヨコハマ映画祭脚本賞を受賞。NHKでは、ドラマ「佐知とマユ」「六畳間のピアノマン」「拾われた男」などの脚本を担当。

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