「クインテット」「マツケンサンバⅡ」など数々のヒット曲を生んだ作曲家“アキラさん”が音楽と歩んだ紆余曲折の半生とは――
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「クインテット」「マツケンサンバⅡ」など数々のヒット曲を生んだ作曲家“アキラさん”が音楽と歩んだ紆余曲折の半生とは――

本がひらく

 ディズニーランドの人気ショウ「ワン・マンズ・ドリーム」、好評を博したNHK連続テレビ小説「ひよっこ」、蜷川幸雄による舞台化で注目を集めた「身毒丸」――。
 それらの音楽を手がけた稀代の作曲家・舞台音楽家、宮川彬良さんが綴った初めての著書『「アキラさん」は音楽を楽しむ天才』。進路に迷い、43歳にして“ヒット曲”に出会うまでの紆余曲折を経て、“アキラさん”の愛称で幅広く親しまれるまでに至る日々の光と影を、自身の音楽の本質に向き合いながら綴った半自伝的なエッセイ集。音楽制作の舞台裏や「宇宙戦艦ヤマト」などの作曲で知られる父・泰さんとの思い出など、貴重なエピソードを軽妙かつユーモアあふれる文章で綴り、秘蔵写真も収載しています。
 当記事では、本書より「はじめに」と、「曲は曲がると書きにけり」という一篇をご紹介します。

 「パパのようにヒット曲をたくさん作って有名人になりたい」。幼い頃のぼくはそう思っていた。『シャボン玉ホリデー』に映る父のように、飛び跳ねて指揮をして身をよじってピアノを弾く。そんなことをぼくもやってみたかったし、自分の作った曲を誰もが知っているなんて凄いと思っていた。通りすがりの他人が振り向くなんてこともあり、そんな父のやることなすことがぼくを魅了した。いつかぼくもああなりたい、と思ったものだ。
 しかし「ヒット曲をたくさん作って有名人になる」という望みは、そう易々と叶わないように思えてきた(それは簡単ではなかった)。だからといって失望したわけではない。バンドを始めると脳内の音楽はみるみる活性化したし、授業中に台本を書いて遊んでみたり、芝居に合わせて作曲したり、藝大に入ろうと勉強を始めたり、バレエのレッスン・ピアノを弾いてみたり。やりたいことはいっぱいあって、そのどれもが面白くて充実していた。
 大人になったぼくは業界の名物プロデューサーの眼に留まった。仕事をもらい経験を積んだ。お金ももらった。舞台の作曲と編曲の仕事で忙しくなり始めた頃、父に言われた。
 「よし、これでアキラも、あとはヒット曲だな!」
 返す言葉がなかった。いくらぼくが作曲家になったつもりでも、やっぱり皆が知っているような曲を作らなきゃ、それが出来なきゃ本当の作曲家ではない……ということか。この言葉は壁のようにそびえ立った。ある時、父はまたこうも言った。
 「今はリズムの時代。メロディーはすべて出尽くした」
 音の組み合わせには限界がある。名曲を思いついても、そのメロディーはすでに誰かが作ったものかも知れない。ますます「ヒット曲をたくさん作る」という道は遠のいた。
 ぼくは台本に活路を見出した。台本のある世界では無限に音楽が広がっているように思えた。ミュージカルをしこたま作った。バレエも作った。博覧会のショウを作り、テーマパークでもショウを作った。しまいにはテレビの中でそれを作った。オーケストラの編曲も大量に頼まれた。そしてそれらはユニークなコンサートへと繫がっていった。そうやって、父が通って来た道とはまたちょっと違う道を、ぼくは独自に切り拓き、父もそれを喜んでくれた。
 そんなある日のこと、ずっと以前に作った《マツケンサンバⅡ》が茶の間で話題になり始めた。あれよあれよという間に日本中に拡がって、本当の〝大ヒット曲〟になった。これが「夢が叶う」ということなのか。その時すでにぼくは四十三歳になっていた。
 とにかく物事というのはバラバラに起こる。ぼくにはそう見える。そして後々になって知る、あぁこれがこうしてこうなったのか、と。
「ページは必ず捲られる」。次のページは必ずある。ただ見えないだけなのだ。

――作曲家・舞台音楽家 宮川彬良


曲は曲がると書きにけり

 こんなことから本書を書き始めて良いのか戸惑うが、ヌード写真の話である。
 幼少時、我が家のお手洗いにはいつもグラビア付き週刊誌、大人漫画、劇画などが常時、所狭しと積み上げてあった。水洗ではあったがまだ和式の時代だ。五、六歳の少年の、正に手が届く位置にそれらはあって、興味のあるなしにかかわらず、手に取ってパラパラと見ないわけにはいかなかった。漫画自体にはあまり興味がなかったが、巻頭のグラビア、ヌード写真には魅せられた。不謹慎かも知れないが、そこには五、六歳の少年にとっても「グッとくる写真」と「そうでもない写真」があった。毎朝少年は、しゃがんだままグラビアページを広げ、長居してしまうこともしばしばであった。
 当時住んでいた家は渋谷区笹塚の、水道道路からちょっと下った所にあって、路地はしょっちゅう雨で水が溢れた。父に言わせると「ドブ臭い家」だったが、一応二階建てで父の仕事場は二階にあった。奥の和室の片隅に、とにかくでかい外国製プラモデルの空箱が置かれている。中身はスケルトンの車の模型で、もうだいぶ前に父が作って、ぼくが壊して、母が捨てた。
 ぼくはそのプラモデルの空箱の中に何が入っているのかを知っていて、時々それをこっそりと盗み見た。中には例の週刊誌から切り取ったヌード写真のコレクションが、箱いっぱいに詰まっていた。ぼくがかつて一階の手洗いで見たものもあったが、そこで初めて見る写真も沢山あり、子供ながらに興奮した。どの写真も美しく、見事だった。
 そこにあるのは要するに「グッとくる」ものばかり、男子納得のコレクションというわけだ。「う~む、うちのパパはセンスが良い」と五、六歳の少年A(アキラ)も妙に納得した。当時のグラビアであるから、そこに写っているのは絶妙な角度からの、絶妙なポーズで、絶妙に隠す所を隠したヌードモデルさんたちで、金髪の外国人もいれば日本人もいるのだが、これまた絶妙に重力に逆らうとでも言おうか、どんなに退廃的な写真であっても、そこには生き生きとした美しい「曲線」が描かれていたのだった。
 さて、世の政治家や医者は、その立場や身分を親から受け継ぐことが多いが、彼らには親からのレッスンを受けるという現実はあるのだろうか。仮に歌舞伎役者やスポーツ選手であれば、親から子への伝授、レッスンという時間が多大であることは容易に想像がつく。もちろん音楽家にもある。特に楽器の場合は。しかし音楽家の中でも作曲家の場合はどうか。難しいハーモニーの分析であるとか、オーケストレーションに対する助言や意見交換ならばするだろう。だが「歌心」であるとか「グッとくるメロディー」であるとか、およそ「センス」の問題となると、音大の授業であってもなかなか後進たちに伝えるのが難しい。抽象的なことはレッスンしにくいものである。
 この幼かった時のヌード写真の経験が、結果的には親子間の作曲のレッスンになっていた、ということを、ぼくは相当大人になってから気が付いた。
 曲は「曲がる」と書くではないか。メロディーとは、突き詰めて言えば「曲線美」のことなのである。
 父は意外なことに京都時代(二十歳前後)、美大に通っていた。音大生ではなく美大生だったのだ。それも油絵などの色彩の方ではなく線画、デッサンのコースだったと聞いている。ぼくと一緒に歩く道端で、面白く曲がった樹木の枝などを見つけると、父は眼を細めてその対象を睨み「面白い線だなぁ」と独り言を言うことが度々あった。そういう曲線を見るとつい描きたくなるんだと言っていた。本当に時たまではあるが、「こうやって影を描くんだよ」などと言いながら、ぼくのスケッチブックに鉢植えの植物などをシャッシャと描いた。それはそれは、見事な鉛筆画(デッサン)であった。
 そうなのだ、あのお手洗いでの伝承こそ、曲線美のレッスンだったのである。昔のアメリカの曲や昭和の歌謡曲などを聴いて、「張ち切れそうなメロディー」だとか「豊満なメロディー」などと感じたことはないだろうか。ぼくにはある。ディズニー映画のメロディーは金髪の外国人モデルさんの曲線美だし、筒美京平さんのメロディーを「なんてエッチなメロディーだ!」と思ったこともある。もちろん宮川泰の曲にもそれを感じる。
 一般的にそんなことはどうでもいいだろうし、ピンと来る人は少数派であろう。しかし、それはそれで良いのだ。だってそれでこそ、ぼくへのレッスンの効果があった、ということになるではないか。
 「曲は曲がると書きにけり」
 最近の曲はどうも直線的な曲が多い……と言ったら偏見になるが、舞踊に関しては完全にそうらしい。「バレエ=曲線」「ブレイクダンス=直線」を基本としていると、誰かに聞いた覚えがある。きっと音楽も同じ。本来メロディーも、重力に反してキュンと尖ってみたり、甘くしな垂れたりするものなのだよ。
 メロディーとは曲線美。これ親子二代にわたる、秘密の音楽論ということにしておこう。

※続きは『「アキラさん」は音楽を楽しむ天才』をご覧ください。

プロフィール
宮川彬良(みやがわ・あきら)

1961年生まれ、東京都出身。作曲家・舞台音楽家。劇団四季、東京ディズニーランドなどのショウの音楽で作曲家デビュー。代表作に、『ワン・マンズ・ドリーム』『身毒丸』《マツケンサンバⅡ》など、NHK では『クインテット』『どれみふぁワンダーランド』『宮川彬良のショータイム』、木曜時代劇『ちかえもん』、連続テレビ小説『ひよっこ』など多数の番組音楽を手がけ、幅広く活動する。2015 年よりOsaka Shion Wind Orchestra にて音楽監督を務める。

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