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"心に残るチャーハン"は台湾の「シエンタン炒飯」。最適解でない味を求めて (料理人・文筆家、稲田俊輔) 【1/4話】

稀代の「食いしん坊」かつ「料理」「飲食店経営」のプロでもある稲田俊輔さん。エリックサウス総料理長として南インド料理ブームの火付け役となっただけでなく、その複眼から繰り出される「食エッセー」やSNSでの「問答」でも人気です。
4話にわたってお届けする稲田さんのインタビュー。第1話は、稲田さんの「心に残るチャーハン」、旅先で感動的な料理に出合うコツ、稲田さんが自称する「フードサイコパスとは何か」など伺います。


■台湾の「鹹蛋シエンタン炒飯」に感激。旅先で「感動的な料理」に出合うコツ

インタビューに答える稲田俊輔さん/撮影・編集部、エリックサウスマサラダイナー神宮前で

──稲田さんはこれまで色々な料理を食べてきていると思いますが、「心に残るチャーハン」を教えてください。

二つあって。一つは台湾で食べた「鹹蛋シエンタン炒飯」です。

鹹蛋とはアヒルの卵の塩漬けで、これが細かく刻んで入っているんです。
腸詰めもちょこっと入っていたので、卵の複雑な味わいにエキゾチックさがプラスされ重層的で深い味わいでした。

白身と黄身のザラッとした食感もコクを加え絶品でしたね。

──その炒飯は、台湾のどんなお店で食べたんですか?

庶民的な店です。といっても、庶民的な店の中ではワンランク上ぐらいの。高級店ではないですけれど。
現地の食べることの好きな人に教えてもらい行きました。

──海外などの旅先で、そのような「感動的な味」に出合うコツはありますか?

まず、事前によく調べます。
ガイドブックやガイドブック的なサイトだと、日本人のマジョリティが好む「最適解」の店が優先的に紹介されているので避けます。
逆に、現地のレビューサイトで欧米人の観光客が文句を言っているような店は狙い目です。個性が強すぎて合わなかったケースがわりとあるので。当たりの出る可能性は高い。

あとは、自分と嗜好が似ている個人のブログを見ることもありますが、現地に知り合いがいたらそれが一番確実ですね。

──旅行の場合、滞在日数によって食事の回数が限られてしまうのが悩ましいですよね。

僕は欲張らないようにしています。あれこれ食べようとすると「虻蜂あぶはち取らず」になってしまうので。

極端な話、朝ご飯ですごくいいところが見つかったら、滞在中、毎朝そこで食べたり、違う店に行って同じメニューを頼んでみたりします。定点観測的なことをした方が収穫は大きいので。

■稲田さんが自称する「フードサイコパス」って何? 「グルメ」とどう違う?

外国の料理は非日常感も魅力/撮影・編集部

──稲田さんは、ご自身を「外国の料理を現地の味のまま食べたい」原理主義者だとおっしゃっています。

日本では、外国の料理が入るとそれを日本人の舌に合うよう「魔改造」する引力が強いんです。明治の文明開化で入ってきた「西洋料理」がとんかつやカレー、コロッケといった「洋食」になったのはよく知られていますよね。
それは西洋料理に限った話でなく、歴史は繰り返されています。

現代でも、例えば料理人が外国の現地の料理に感銘を受け、日本で同じものを提供したいと思っても、「原理主義者」の熱い支持は受けるもののそのままだと先細ってしまう。結局、生き延びるにはローカライズしていくしかありません。

──稲田さんは「フードサイコパス」とも自称されています。聞き慣れない言葉ですが、「フードサイコパス」って何ですか?

「フードサイコパス」とは食べることが極端に好きで、一般の人たちとは価値観がずれてしまい、大多数の人の気持ちがわからなくなってしまっている人たちのことです。

──どうずれているんですか?

先ほどの外国の料理の例で言うと、日本人の多くは自分たちが「おいしい」と思うものを出してほしいと考える。だから店側も、日本人好みの味に寄せて提供します。
これに対しわれわれフードサイコパスは、日本人の口に合うかどうかなんて気にしてほしくない。「現地の味」のまま出してくれと願う。自分たちの方からそっちへ行くからと。

──主導権が「食べる人」の側にあるのか、「食べもの」の側にあるのかが違うみたいですね。

というより、われわれフードサイコパスは自分から「おいしさの幅」を狭めたくないんです。

──では、「フードサイコパス」と、従来ある「グルメ」はどう違うんですか?

「グルメ」と言うと、例えば『美味しんぼ』の海原雄山や山岡士郎のように食のヒエラルキーの頂点にいて、人々を教え導く存在と勘違いされてきました。
「グルメ」も「フードサイコパス」も、「異端」という点で同じです。

「フードサイコパス」と「グルメ」の世界観の違い(記者の取材メモ)

僕が描く世界観(上の図)は大きな円があって、真ん中に「最適解の世界」がある。一般のマジョリティはここにいます。
その円の周りに惑星のようにいるのが、「フードサイコパス」であり「グルメ」です。

両者の違いは、「フードサイコパス」は自分たちが異端であり、価値観がずれていることを自覚している。あえて「フードサイコパス」と定義するのも、そのことを認識し謙虚でいようとするためです。

これに対して「グルメ」は三角形の世界観を描き、上から教え導こうとする。
地動説と天動説のような違いがあります。

──「食の世界」を動かしている主体はだれなのか。その認識の違いですかね。

また、「フードサイコパス」と「一般のマジョリティ」の一番わかりやすい違いは、「おいしくないもの」との向き合い方にあると思います。
マジョリティは「おいしくないもの」に出合ったら、そこで止めてしまう。二度と食べることはないでしょう。

──食べるものは世の中にたくさんありますし、おいしいものに囲まれ楽しく暮らしたいと思うのは自然なことのように思われますが。

でも、フードサイコパスは「おいしくないもの」に出合ったら、その理由を考えます。料理の質が低かったのか、それとも自分の理解力が追いついていなかったのか。
後者であれば、理解できないことが悔しいので挑み続ける。

■「おいしくないもの」に挑む。最初は南インド料理がわからなかった 

南インド料理/画像・エリックサウス提供

──それで言うならば、稲田さんは南インド料理ブームの火付け役ですが、最初に都内の南インド料理店で食べた時には「おいしい」かどうかわからなかったというお話ですよね。

でも、わかりたいと思いました。それで、その後、その店や他のインド料理店にも何度も足を運び、やがてハマっていきました。
確かなのは、何かの料理を理解したいと思った時には、ある程度数をこなすことが必要だということです。

──挑み、味覚を鍛えようとする姿は、筋トレに励む人たちと重なっても見えます。何が、そうまでさせるのでしょう……?

「おいしくないもの」って身近にもたくさんありますよね。外国の料理に限らず。

例えば、僕は和菓子が子どもの頃から好きではなくて、今もあまり得意でない。でも、好きになりたい。「和菓子が好きって言える自分になりたい」という憧れや自己実現欲求があるんです。

それは、外国の料理も同じです。

「和菓子が好きって言える自分になりたい」と稲田さん/撮影・編集部

──「自己実現」ですか。

それと、最初から「おいしい」と思ったものよりも、人生の途中で「おいしい」と思えたものの方が大きなインパクトを持つからです。

僕は、子どもの時から「バナナ」が好きでしたが、「みょうが」はダメでした。ところが大人になって、「みょうが」のおいしさが少しずつわかるようになり、ある日、突然めちゃくちゃおいしいと思った。ガラッとパラダイムシフトが起きたんです。
その結果、どうなったかというと、今は「みょうが」なしでは生きていけません。「バナナ」はなくても大丈夫ですけど(笑)。

──南インド料理は、まさにそのケースですよね。人生の途中で「おいしさ」を知り、大きなインパクトを持った。

そうですね。南インド料理によって、僕の人生が変わったと言っても過言ではありません。

──だんだん、この世に「おいしくないもの」はないような気持ちになってきました。

その通りです。
悪意や失敗がない限り、世の中には「おいしいもの」しかないと僕は思っています。
だからこそ、全部知りたい(笑)。

──最強の「食いしん坊」ですね。
次回「第2話」では、もう一つの「心に残るチャーハン」について伺わせてください。学生時代、京都で食べた「焼き飯」だそうですね。

※第3話(9月中旬予定)では、稲田さんの原点となる「子どもの頃食べていたチャーハン」と、「私たちが食べているのは日式チャーハンなのか?」など「町中華のチャーハン」について。
第4話(10月中旬予定)は「ミニマル炒飯」をお届けします。

インタビューが行われた「エリックサウスマサラダイナー神宮前」 のカウンター席/画像・エリックサウス提供

←第15回(阿部公彦さん後編)を読む
第17回(稲田俊輔さん「第2話」)に続く→

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◆プロフィール
料理人・文筆家 稲田俊輔

鹿児島県生まれ。京都大学在学中より料理修業と並行して音楽家を志すも、飲料メーカー勤務を経て、友人とともに円相フードサービスを設立。インド料理のほか、和食、フレンチ、洋食などさまざまなジャンルのメニュー監修や店舗プロデュースを手掛ける。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火付け役となる。2023年『ミニマル料理』(柴田書店)で料理レシピ本大賞「プロの選んだレシピ賞」を受賞。近著に『料理人という仕事』(ちくまプリマー新書)、『現代調理道具論』(講談社)、『異国の味』(集英社)など。

取材・文:石田かおる
記者。2022年3月、週刊誌AERAを卒業しフリー。2018年、「きょうの料理」60年間のチャーハンの作り方の変遷を分析した記事執筆をきっかけに、チャーハンの摩訶不思議な世界にとらわれ、現在、チャーハンの歴史をリサーチ中。

題字・イラスト:植田まほ子

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