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〈我々〉と〈彼ら〉はなぜ対立するのか? 『善と悪の生物学ーー何がヒトを動かしているのか』(上下)より抜粋公開

「ワシントン・ポスト」紙が「2017年の10冊」に選び、ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーにもなった話題作『善と悪の生物学――何がヒトを動かしているのか(上)(下)』。「文藝春秋」2024年1月号 “文藝春秋BOOK倶楽部特別篇 2023年「わたしのベスト3」”で橘玲さんが、12月17日(日)の読売新聞朝刊「本よみうり堂」で小川哲さんが本書をご紹介くださいました。ここでは、〈我々〉と〈彼ら〉の二分はどのように起こるのか、またそれは人類に特有の現象なのかについて考える「第11章〈我々〉対〈彼ら〉」の冒頭を抜粋公開します(※本記事用に一部を編集しています)。


世界には二種類の人間がいる

 子どものころ、1968年に公開された『猿の惑星』第一作を観た。後に霊長類学者になる私は、その映画に魅了され、繰り返し観て、いかにもなサルの衣装をとても気に入っていた。
 何年もあとになって、その映画の撮影に関して主役のチャールトン・ヘストンとキム・ハンターの二人が語った、すばらしい逸話を見つけた。昼食時、チンパンジーを演じる人たちとゴリラを演じる人たちは、別々のグループで食べていたというのだ。
 よく言われるように「世界には二種類の人間がいる。世界を二種類の人間に分ける人と、そうしない人だ」(もともとはコラムニストのロバート・ベンチリーの言葉とされる)。前者のほうが多い。そして人びとが〈我々〉と〈彼ら〉、内集団と外集団、仲間(つまり同類)とその他に分けられるとき、それはとても重要である。
 本章では、人が〈我々〉と〈彼ら〉の二項対立を形成し、前者をひいきする傾向について探る。これは普遍的な考え方なのか? 〈我々〉と〈彼ら〉の分類はどれくらい柔軟なのか? 人間の排他性とよそ者嫌いが克服できて、ハリウッドのエキストラのチンパンジーとゴリラが一緒に食事をするようになる望みはあるのか?

〈我々〉対〈彼ら〉分類の強さ

 私たちの脳は驚くほどのスピードで〈我々〉と〈彼ら〉を二分する。上巻の第3章「数秒から数分前」で話したように、異人種の顔を50ミリ秒見ただけで扁桃体は活性化するが、同人種の顔のときほどぼうすいじょうかいかおりょういきは活性化しない。すべてが数百ミリ秒以内に起こる。同様に、脳は顔を性別や社会的地位によっても、だいたい同じスピードで分類する。
 〈彼ら〉に対する迅速で無意識の偏見は、残酷なほど巧妙に設計された潜在連合テスト(IAT)で実証できる。
 あなたが無意識のうちに北欧神話のトロールに反感を抱いているとしよう。IATをごく単純に説明すると、コンピューター画面に人間、トロール、肯定的な単語(たとえば「正直」)または否定的な単語(たとえば「うそつき」)が瞬間的に表示される。ルールが「人間または肯定的な言葉が見えたら、赤いボタンを押して、トロールまたは否定的な言葉が見えたら青いボタンを押す」の場合もあれば、「人間か否定的な言葉なら赤を押し、トロールか肯定的な言葉なら青を押す」の場合もある。トロールに対する反感のせいで、トロールと肯定、または人間と否定の組み合わせは認知的に不協和なので、少し心が乱れる。したがって、ボタンを押す前に数百ミリ秒動きが止まる。
 それは無意識である――あなたは、排他的なトロールの商慣習や1523年のどこどこの戦いにおけるトロールの残忍さに腹を立てているわけではない。単語と写真を処理していて、トロールと「愛らしい」や人間と「悪臭」を結びつけることの不協和のせいで、無意識に動きを止める。何度も行なうとその遅延パターンが現れ、あなたの偏見が明らかになる。

二分法の重要性

 〈我々〉と〈彼ら〉を分ける脳の断層線は、第4章「数時間から数日前」のオキシトシンの話で示されたものだ。思い出してほしい。このホルモンは〈我々〉に対する信頼、寛容さ、そして協力を促すが、〈彼ら〉に対してはひどい行動を促す。たとえば経済ゲームで先制攻撃をしかけ、利益を増やすために〈彼ら〉を犠牲にすることを擁護する(〈我々〉に対してはしない)。オキシトシンは〈我々〉と〈彼ら〉の二分法を強める。
 これはとても興味深い。ブロッコリーが好きだがカリフラワーは嫌いだという場合、その好き嫌いを増幅させるホルモンはない。チェスが好きでバックギャモンを軽蔑することについても同様だ。オキシトシンが〈我々〉と〈彼ら〉におよぼす反対の効果は、その二分法の重要性を実証している。
 〈我々〉と〈彼ら〉の二分の深さをさらに裏づける、注目すべきことがある――ほかの種もそうするのだ。一見、このことは当たり前のように思える。なにしろチンパンジーはほかの集団の雄を殺すし、ヒヒの群れは互いに遭遇すると毛を逆立て合うし、あらゆる種類の動物はよそ者に対して緊張する。これは単純によそ者、つまり〈彼ら〉をすんなり受け入れないことを反映している。しかし、もっと広い〈我々〉と〈彼ら〉の概念をもつ種もいる。たとえば、数が膨れ上がったチンパンジーの群れは分裂することがあり、するとすぐに、元の群れの仲間だった者どうしに残忍な敵意が生まれる。驚くかもしれないが、ほかの霊長類でもサル版のIATを使って、自動性の〈我々〉と〈彼ら〉の二分を示すことができる。ある研究では、自分の群れまたは隣の群れどちらかの成員の写真を、肯定的なもの(たとえば果物)または否定的なもの(たとえばクモ)を差しはさみながら見せる。その場合、サルは不協和の組み合わせ(たとえば群れの仲間とクモ)のほうを長く見ていた。こうしたサルは資源をめぐって隣人と争うだけではない。〈彼ら〉からは否定的な連想をするのだ─「〈彼ら〉は気持ちの悪いクモのようなものだが、〈我々〉は、おいしいトロピカルフルーツのようなものだ」。

「最小条件集団」のパラダイム

 数多くの実験が、脳は人種や性別についての最小限の手がかりにもとづいて、ミリ秒以内に画像を差別的に処理することを確認している。ブリストル大学のヘンリ・タジフェルが1970年代に先鞭をつけた、「最小条件集団」のパラダイム(実験枠組み)を考えてみよう。彼が示したのは、たとえグループ分けの基準がどうでもいいような相違(たとえば、写真のなかの丸い点の数を多く見積もったか、少なく見積もったか)であっても、高度な協力のような内集団びいきがすぐに育まれることだ。そのような向社会性で重要なのは集団への帰属意識である。人は名前を知らなくても内集団の個人には、優先的に資源を割り当てる。
 人をグループ分けするだけで、度量の小さいバイアスが活性化する。グループ分けの基準がどれだけ薄っぺらでも関係ない。一般に最小条件集団のパラダイムは、〈彼ら〉についての評価を下げるのではなく、〈我々〉についての評価を高める。それはささやかな朗報ではないだろうか─少なくとも私たちは、コイントスで表が出た人は(裏が出た立派な我々とは対照的に)死者を食べる、と考えることには抵抗する。
 最小条件の無作為のグループ分けで〈我々〉と〈彼ら〉の二分が起こることから、第10章で取り上げた「緑ヒゲ効果」が思い出される。〝血縁選択による向社会性〟と〝互恵的利他行動による向社会性〟のあいだをさまよう人たちは、人目につく遺伝にもとづく形質(たとえば緑色のヒゲ)を必要とする。その形質は、ほかの緑ヒゲの人に対して利他的に行動する傾向を意味し、そうした条件下では緑ヒゲの人たちが栄える。
 最小条件の共通形質にもとづく〈我々〉と〈彼ら〉の二分は、遺伝よりむしろ心理的な緑ヒゲ効果のようだ。私たちは形質を共有する人にプラスの関係を感じる。

目に見えない戦略と任意の標識

 好例となる研究では、被験者は研究者と会話をして、研究者が被験者に知らせずに、相手の動き(たとえば脚を組む)をまねた、あるいはまねなかった。まねられることは快くて中脳辺縁系ドーパミン経路を活性化するだけでなく、被験者が研究者を手伝って、落ちたペンを拾う可能性を高めた。あなたと同じようにイスの上で前屈みになる人から、無意識の〈我々〉が生まれるのだ。
 このように、目に見えない戦略が任意の可視的な緑ヒゲ標識と結びつけられるようになる。特定の文化を定義するのに役立つものは? 価値観、信念、帰属、イデオロギー。すべて目に見えないが、衣装、装飾、方言のような任意の標識と結びつけられると、状況が変わる。ウシをどうするか、二つの価値観によるアプローチを考えてみよう。A‐食べる、B‐崇拝する。二人のAどうしまたは二人のBどうしのほうが、AとBが一緒になるより、ウシについての選択をするときに平和である。アプローチAを使う人を確実に指し示せるのは何か? カウボーイハットとカウボーイブーツかもしれない。Bの人は? サリーまたはネルージャケットだろう。こうした標識は、最初は偶然だった。サリーと呼ばれるものにはもともと、神の使いだからウシは神聖だという信念を示唆するものはなかった。そして食肉とカウボーイハットの形に必然的な結びつきはない。その形は目や首を日光から守るので、あなたがステーキ好きだからウシを飼っているにしても、クリシュナ神がウシを飼っていたから飼っているにしても、とにかく役に立つ。最小条件集団の研究は、人が偶然の相違からでも偏見のある〈我々〉と〈彼ら〉を生み出す傾向を明らかにしている。そのあとどうするかというと、任意の標識を価値観と信念の意味ある相違につなげるのだ。
 そして次に、そうした任意の標識に何かが起こる。私たち(たとえば霊長類、ラット、パヴロフのイヌ)は、ベルの音のような偶然の何かから、報酬を連想するように条件づけられ得る。その連想が固まったとき、鳴り響くベルは近い将来の喜びを象徴する「単なる」標識のままなのか、それともベルそのものが快くなるのか? 中脳辺縁系ドーパミン経路に関連するエレガントな研究が、相当数のラットの集団で、任意の信号そのものが報酬になることを示している。同様に、〈我々〉の中心的価値観を表す任意のシンボルは、しだいにひとり歩きして独自の力をもつようになり、シニフィアン(指し示すもの、記号表現)ではなくシニフィエ(指し示されるもの、記号内容)になる。したがって、たとえば布に色と模様を散らした国旗なるものが、人がそのために人を殺し、自分が死んでもいいと思うものになる。

子どもによる二分化

 〈我々〉と〈彼ら〉の二分は子どもにも生じることから、その強さがうかがえる。三歳から四歳までに、子どもはすでに人種と性別で人をグループ分けし、〈彼ら〉を否定的に見る考え方をもち、同人種の顔より異人種の顔のほうが怒っていると知覚する。
 じつはもっと早い。赤ん坊でも同人種の顔を異人種の顔よりうまく覚える(どうしてわかるのかって? 赤ん坊に誰かの写真を繰り返し見せると、そのたびに見る時間が短くなる。次に別の顔を見せる。赤ん坊は二つを見分けられなければ、ちらりと目をやる程度だ。しかし新しい顔だと認識すれば、興奮して見る時間が長くなる)。
 子どもによる二分化について、重要な考えが四つある。
 ・子どもはこうした偏見を親から学んでいるのか? そうとはかぎらない。子どもが育つ環境では、ランダムでない刺激がそれとなく二分への道を開く。赤ん坊がある色の肌の顔しか見なければ、肌の色がちがう初めての顔で目立つのは肌の色になる。
 ・人種の二分は、きわめて重要な発達期に形成される。その証拠に、八歳より前に異なる人種の人の養子になった子どもは、養親の人種の顔を認識する術が身につく。
 ・子どもはまったく悪意なしに二分を学ぶ。幼稚園の先生が「おはよう、ボーイズ・アンド・ガールズ」と言うとき、「おはよう、歯が一本抜けた人と、まだ抜けていない人」と言うときより、子どもたちは世界を男子と女子に分けることが有意義だと教えられている。「彼女」と「彼」の意味のちがいから、性的二分に取りつかれて無生物が「名誉性腺」を与えられる諸言語まで、事例には事欠かない。
 ・人種的な〈我々〉と〈彼ら〉の二分は、子どもに消えないほど深く刻み込まれるかもしれない。なぜなら、そうした二分を防ぐことに熱心な親は、それを防ぐのが苦手なことが多いからだ。いくつかの研究で示されているとおり、進歩主義者はだいたい、子どもと人種について話し合うことに気まずさを感じる。代わりに、〈我々〉と〈彼ら〉を二分したい気持ちに抽象的に反論するが、「みんなが友だちになれるのはすばらしい」とか「バーニーは紫色で、私たちはバーニーが大好き」といった話は子どもにとっては何の意味もない。

 このように、〈我々〉と〈彼ら〉の二分法の強さは次の四点に示されている。⒜脳が集団の差を処理するスピードの速さと処理に必要な感覚刺激が小さいこと、⒝そのような過程が無意識で自動性であること、⒞ほかの霊長類やごく幼いヒトにも見られること、⒟任意の差でグループ分けしても、そのあとその標識が力を得る傾向。


続きは『善と悪の生物学――何がヒトを動かしているのか』(上下)でお楽しみください。

『善と悪の生物学――何がヒトを動かしているのか(上)』
序 章
第1章 行動
第2章 一秒前
第3章 数秒から数分前
第4章 数時間から数日前
第5章 数日から数か月前
第6章 青年期──「おれの前頭葉はどこだ?」
第7章 ゆりかごへ、そして子宮へもどる
第8章 受精卵までもどる
第9章 数百年から数千年前
第 10 章 行動の進化

『善と悪の生物学――何がヒトを動かしているのか(下)』
第 11 章 〈我々〉対〈彼ら〉
第 12 章 階層構造、服従、抵抗
第 13 章 道徳性と、正しい行動を理解し実行すること
第 14 章 人の痛みを感じ、理解し、和らげる
第 15 章 象徴のための殺人
第 16 章 生物学、刑事司法制度、そして(もちろん)自由意志
第 17 章 戦争と平和
終章 謝辞
付録1 神経科学初級講座
付録2 内分泌学の基本
付録3 タンパク質の基礎

著者プロフィール
ロバート・M・サポルスキー(Robert M. Sapolsky)

1957 年生まれ。アメリカの神経内分泌学者、行動生物学者。スタンフォード大学教授(生物学/神経科学/神経外科)。ストレスと神経変性の関連を研究し、そ の一環としてヒヒの集団の長期にわたる観察とコルチゾール・レベルの調査を続 けている。1987 年のマッカーサー基金、NSF のPresidential Young Investigator Award などを受けている。2007 年にはアメリカ科学振興協会(AAAS)のJohn P. McGovern Award を受賞。『なぜシマウマは胃潰瘍にならないか——ストレスと上 手につきあう方法』(森平慶司訳、シュプリンガー・フェアラーク東京)、『ヒトは なぜのぞきたがるのか——行動生物学者が見た人間世界』(中村桂子訳、白揚社)、 『サルなりに思い出す事など——神経科学者がヒヒと暮らした奇天烈な日々』(大沢章子訳、みすず書房)ほか多数の著書があり、作家としても定評がある。本書 『善と悪の生物学』は、ワシントン・ポスト紙によって「2017 年の10 冊」に選出された。

訳者プロフィール
大田直子(おおた・なおこ)

翻訳家。東京大学文学部社会心理学科卒。訳書にジェフ・ホーキンス『脳は世界をどう見ているのか』、リチャード・ドーキンス『神のいない世界の歩き方』『魂に息づく科学』、オリヴァー・サックス『道程――オリヴァー・サックス自伝』『音楽嗜好症』(以上、早川書房)、マット・リドレー『人類とイノベーション』(NewsPicksパブリッシング)、カール・ダイセロス『「こころ」はどうやって壊れるのか』(光文社)、スティーブン・ジョンソン『世界が動いた決断の物語:新・人類進化史』(朝日新聞出版)、A・S・バーウィッチ『においが心を動かす』(河出書房新社)など多数。

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