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伝説の歴史を味わう!「MUSIC LIFE」元編集長・増田勇一氏による『QUEEN in 3-D』最速レビュー

増田勇一

 正直に白状すると「時間がかかっても構わないから、これは原書で読みたい」などと思って購入しておきながら、読みかけのまま本棚の飾りになってしまっている英語の書籍が、我が家にはいくつかある。『QUEEN in 3-D』がそうなりかけている、という方も実は少なくないのではないだろうか。もちろんこの本は、フォト・バイオグラフィと銘打たれていることからも明らかなように、写真の豊富さと貴重さ、しかもその多くを立体で味わうことができるという点を特徴とするものであり、眺めているだけでも楽しくて価値を感じられる一冊ではある。が、それと同じくらい重要なのは、ブライアン・メイ自身がこの本を綴っているという事実だ。クイーンという比類なきロック・バンドの歴史や秘話などがまとめられた書籍はこれまでにもたくさん登場してきたが、当のメンバー自身の執筆によるものはこれが史上初ということになる。

 この本の原書をいち早く手に入れた人たちは、ブライアンがどのように過去を振り返り、どれほど未知のエピソードを披露してくれているかを楽しみにしながら読み始めたことだろう。しかし彼の手による読み物は、映画『ボヘミアン・ラプソディ』ほどわかりやすく効率的に物語を伝えてはくれない。少なくとも冒頭の部分に関してはそうだ。彼は何よりも先に、立体写真というものとの出会いや思い入れ、その仕組みなどについて丁寧に説明している。誤解を恐れずに言えば、少しばかり丁寧すぎるくらいかもしれない。クイーンと彼自身の物語を読むことができるのは、その関門を抜け出してからなのだ。その途中で英語との格闘を断念してしまった、という読者もおそらく少なからずいることだろう。

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 そして今回、ついにこの本を日本語で読むことができるようになった。これは実に画期的なことだ。確かに冒頭の立体写真に関するくだりは母国語で読んでもわかりにくいというか、とっつきにくいところがある。ただ、興味深いのは、学者肌なのではなく本物の天文学者でもあるブライアンらしさが、文章そのものから滲み出ていることだ。つまりとても論文的で、破綻がなく、トリセツとして行き届いているということ。まずは立体写真について理解したうえでこの本を楽しんで欲しい、という配慮のあり方からも、この人物の几帳面さがうかがえる。

 そうした序章的部分が終わったところで、いよいよ本題が始まる。そこからは、学術書のような匂いはひとたび消え(のちにギターに関する解説、カタカナに関する解析などで、ところどころにそうした一面も顔を出すのだが)、ブライアン自身の視点からの回顧録をリアルに楽しむことができる。一応は時系列に沿った構成がとられているが、話が前後したり、いつのまにか文脈のなかでテーマが変わっていたりすることもある。「ここは何々の話だったね」といった一文を挟みながら話を本筋に戻そうとする箇所もいくつかみられるが、読み進めていくと、なんだか彼自身の話し声が聞こえてくるかのような感覚になってくる。実際のところはわからないが、会話がはずむにつれて話がどんどん逸れていく、というのはブライアンとの会話ではよくあることなのかもしれない。とはいえ、それが読みにくさに繋がっているという意味ではまったくないし、脱線は余談が豊富だからこそ起こることでもあり、そうした余談こそが貴重だともいえる。

 物語はブライアン個人の生い立ちや個人生活などを追うのではなく、あくまでクイーンとしてのさまざまな体験をテーマに据えながら進められていく。おそらく使用可能な写真をかき集め、年代順に整理したうえで、それを眺めながら綴られたものなのだろう。だから話の流れとは関係のない写真が唐突に挿入されていたりすることもないし、本文と写真のキャプションをひとつの同じ流れのなかで読むことができる。まるで彼自身による懇切丁寧なガイドを聞きながら写真展を鑑賞しているかのような感覚でもある。
 写真とともに綴られている物語には、クイーンのデビュー当時から、クイーン+アダム・ランバートとしての活動、映画『ボヘミアン・ラプソディ』の製作秘話に至るまで、つまり今現在に限りなく近い地点までが網羅されている。そこでの具体的な記述内容についてはあまり触れずにおきたいところだが、何よりも嬉しいのは、彼の日本に対する愛情や敬意、思い入れの深さといったものが、ひしひしと伝わってくることだ。もちろん彼は普段からこの国に対する特別な想いを口にしてきたが、それは、社交辞令などではない。なにしろ日本のファン向けに書かれたわけでもない本書には「ぼくらは日本人になりつつあると思う」などと題された章まで含まれているのだ。加えて、アダムとの遭遇については「神からの贈り物」だと思ったと回顧し、「フレディとアダムが一緒に過ごすところを見られなかったのが残念だ」とも記述している。そうした、思わず声をあげて同意したくなるような話が随所にちりばめられている。

 また、3年がかりで書かれたというこの本には、これまで見聞きしたことのない逸話もごく自然に盛り込まれていて、従来の書籍やドキュメンタリー映像作品などで描かれていた歴史的な出来事について、改めてブライアンの言葉により裏付けられている部分などもある。掲載されている写真の大半が彼自身により撮られたものであるのと同様に、すべてはあくまで彼個人の視点で語られている。しかもそこで彼は、スキャンダラスな暴露話をすることもなければ、過度に話をドラマティックに仕立て上げるようなこともしていない。音楽に向き合う時と同様に、細部に至るまで心を配りながら、真摯な姿勢で編まれた本であることが実感できる。

 僕自身、クイーンの写真はこれまでにもたくさん目にしてきた。70年代には、ステージに立つ姿ばかりではなく、来日時の新幹線移動中の様子、リッジ・ファーム・スタジオでの『オペラ座の夜』制作風景などが掲載された音楽雑誌を眺めながら、あれこれと妄想を働かせていたものだ。だから『ボヘミアン・ラプソディ』を観た時には、記憶のなかに保存されていたそうした写真の数々が、突然動画になって動き始めたかのような興奮をおぼえずにいられなかった。ただ、ひとつ気になっていたのは、オフステージでの写真のなかに、ブライアンがカメラを持っているものが多々あったことだった。カメラマンではなく彼の側のカメラにはどんな写真が収められているのか、ということについて当時から興味があったのだ。それが長い時間を経て、こうして彼自身により綴られた回顧録と共に届けられたというわけである。

 ただ、ギターを自分の手で作ってしまうような人物だけにカメラなどについてもマニアックなこだわりがあるのではないかと想像はしていたが、まさか彼が立体写真を撮っていたとは思ってもみなかった。たった1本のギターでオーケストラのような演奏を繰り広げてしまうブライアンには、1枚の写真にも宇宙を封じ込めてしまうことができるのかもしれない。そしてこの本のなかに凝縮された彼自身の体験を共有することによって、読者ひとりひとりにとってクイーンがいっそう特別な存在になり、彼らの音楽がより味わい深いものになるはずだと信じている。

※本書の担当編集者によるコラムはこちら

プロフィール

増田勇一(ますだ・ゆういち)
1961年、東京都生まれ。音楽ライター。ヘヴィ・メタル専門誌『BURRN!』の編集に1984年の創刊当時から携わり、副編集長を務めた後、1993年より約5年間にわたり『MUSIC LIFE』誌の編集長を務める。以後フリーランスで活動し、洋楽・邦楽を問わず取材・執筆活動を継続中。映画『ボヘミアン・ラプソディ』の日本語字幕監修を担当している。