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私は踊りたいし、自分の人生を生きたい――#2ゼイディー・スミス『スイング・タイム』(3)

『スイング・タイム』において、ダンスの世界で生きることを夢見たふたりの少女の人生は多くの困難を抱えて進みました。都甲幸治さんは、本作にはそれ以外にもたくさんのことが書き込まれていると指摘します。

守られるべき「子供」はだれか

 500ページ近くにもわたるこの作品には、もっともっと多くの内容が詰まっている。何より印象的なのは、主人公と両親との関係だ。彼女は両親のことを、自分が守らなければならない子供、として捉えている。母親は考えすぎだし、父親は感じすぎだ。こうしたアダルトチルドレン的な思いからも、彼女の親子関係が問題を孕んでいることがよくわかる 。

 主人公の母親は常に本を読んでいる。どういう本かといえば、ハイチ革命についての高名な歴史書であるC.L.R.ジェイムズの『ブラック・ジャコバン』など、ポストコロニアル的な政治批評や論文だ。そして主婦をしながら大学に通い、大学院に進み、最後は博士号まで取る。それはそれで立派なことだが、主人公は常に母親に抑圧されていると感じる。

 母親は娘にわかりやすい言葉で語りかけることができない。思想の言葉で娘がやっていることを分析し、これは意義がある、これは意義がない、と価値判断する。そして娘を論理で押さえつけ、娘のダンスや歌への思いを否定するのだ。この世の中では、言葉で語られたものにしか価値がない。だからこそ、ダンスのような体を使った仕事を選べば搾取のシステムに飲み込まれるだけだ。そうならないためには勉強して、この世界でのし上がるしかない、と母親は決めつける。

 もちろん母親のこの言葉が悪意に基づいたものでないことは明白だ。けれども主人公は強く反発する。そしてついにはこんな言葉を吐く。「私は無遠慮に彼女に告げた。私はお母さんじゃないし、お母さんみたいになりたいと思ったこともない。お母さんの本にも、服にも、考えにも、何にも興味がないの。私は踊りたいし、自分の人生を生きたいのよ。」

いかにして自分を肯定するか?

 一方父親はといえば、彼女のダンスへの思いを理解してくれ、ダンス教室に毎回付き添ってくれるのだ。けれども向上心のない彼は結局、妻に見放され、離婚に追い込まれる。しかも父には白人である前妻とのあいだに息子と娘がいた 。白人で、父とよく似たそのふたりを見たとき主人公は、私は偽の子供で、このふたりこそ本当の子供なのだ、と思ってしまう。親と子はそっくりであるべきじゃないか。でも自分はインテリの母親とも似ていないし、白人の父親とも似ていない。それでは自分はどうすればいいのか。

 白人でありながら黒人のように踊るアステアに幼い頃、彼女が魅せられたのも、黒人でありながら同時に白人でもある自分を肯定したい、という気持ちがなかったとは言えない。その思いは生涯続く。彼女より十歳以上も上のエイミーもまた、白人でありながら黒人のように歌い踊る、主人公にとっては理想の母親のような存在だ。彼女の付き人になることで主人公は自分の人生を失う。だがそれでも、エイミーとの日々を通してダンスや歌への思いを肯定することができたのは良かった。西アフリカで踊りながら大きな解放感 を得ることができたのは主人公にとって、とても重要な経験だったと思える。

2011年、全米図書批評家協会賞フィクション部門の最終候補作品を発表する
ゼイディー・スミス(撮影:David Shankbone)

リアルな混沌と混乱と

 作品の終わりに至っても、主人公は自分自身を見出したとは言えない。だが大きな旅の途中である、とは言えるだろう。そしてその言葉は、ゼイディー・スミス本人にもあてはまる。実はスミス自身にも父とだけ血が繫がっている姉と兄がいるのだ。しかも彼女はダンスや演技に若い頃から興味を持っており、ケンブリッジ大学での学生時代にはジャズシンガーとして実際に歌っていた。

 このこと一つとっても、この『スイング・タイム』という作品は、その大部分が創作でありながら、スミス自身の人生の問いを色濃く反映していると言える。黒人であり、同時に白人であること。したがって、どちらの文化を所有していると言うこともできず、けれどもどちらも愛してしまっているということ。ならばただ生きるためにさえ、「文化の盗用」といった概念を超えた、より混合的なあり方を、スミス自身も、本書の名前の出てこない主人公もともに、強く欲しているのではないか。

 この作品の混乱と混沌は、スミス自身が実際に感じているものだ。だからこそ、読む者はこの作品が投げかけてくるものを、とてもリアルな感覚として経験することができる。

(第2回了)

題字・イラスト:佐藤ジュンコ

都甲幸治(とこう・こうじ)
1969年、福岡県生まれ。翻訳家・アメリカ文学研究者、早稲田大学文学学術院教授。東京大学大学院総合文化研究科表象文化論専攻修士課程修了。翻訳家を経て、同大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻(北米)博士課程修了。著書に『教養としてのアメリカ短篇小説』(NHK出版)、『生き延びるための世界文学――21世紀の24冊』(新潮社)、『狂喜の読み屋』(共和国)、『「街小説」読みくらべ』(立東舎)、『世界文学の21世紀』(Pヴァイン)、『偽アメリカ文学の誕生』(水声社)など、訳書にチャールズ・ブコウスキー『勝手に生きろ!』(河出文庫)、『郵便局』(光文社古典新訳文庫)、ドン・デリーロ『ホワイト・ノイズ』(水声社、共訳)ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(新潮社、共訳)など、共著に『ノーベル文学賞のすべて』(立東舎)、『引き裂かれた世界の文学案内――境界から響く声たち』(大修館書店)など。

関連書籍

都甲幸治先生といっしょにアメリカ文学を読むオンライン講座が、NHK文化センターで開催されています。

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