脚光を浴びない人々や人間の愚かさも恐れずに描くーー連続テレビ小説「虎に翼」脚本・吉田恵里香さんインタビュー
時代性を鋭く的確に切り取り、視聴者の共感を呼ぶ脚本が魅力の脚本家・吉田恵里香さん。彼女が連続テレビ小説で挑むのは、法の仕事に携わる主人公。あえて「わきまえない女性を描きたい」という、その思いとは?
本記事では、3月25日発売『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 虎に翼Part1』よりご紹介します。
気が強いけれど愛される”物申せる主人公”を描きたい
“気の強い女性“を描きたい。これは脚本を書くうえで私がいつも大切にしていることです。おしとやかで物分かりがよくてみんなを優しく包容するタイプより、自分の意見を言えて、世間からは生意気な女と思われているような女性。そういう女性は嫌われかねないし、損をするかもしれません。けれど、言うことを聞いてばかりいると、いいように使われてしまいがちです。だから、あえて「わきまえない女性」「強い女主人公」を描きたいんです。脚本家として一つの目標にしていた、朝ドラを執筆するにあたっても、その思いが強くあります。
今回の題材を模索する中で、制作陣から日本初の女性弁護士の一人である三淵嘉子 さんを候補に挙げていただいたときは、正直なところ、自分が書くのは難しいなと感じました。現代劇の脚本しか書いたことがない私にとって、昭和初期から始まる物語も、法律も法曹界も未知の世界。実際、猛勉強しながら書いている状態です。でも、今では三淵さんを主人公のモデルに選んでよかったと、心から思っています。なぜなら、三淵さんのことを調べていると、意志の強さが前面に出たエピソードがいくつもあってすばらしいんです。また、インタビュー記事やラジオで話しておられる様子から、人を引き付ける魅力があるからこそ自分の意見を強く出せたのだとも感じました。だから、主人公の寅子を描くうえでは、三淵さんのその愛され力を表現することも大切にしています。寅子は頭がよくて気が強くて毒を吐くけれど、三淵さんよりちょっとおちゃめでヌケているところが愛らしいと思います(笑)。
愛されるという意味では、伊藤沙莉さんが寅子を演じてくださることは何より大きな助けになっています。伊藤さんは、書かれたエッセイを読んでも飾り気がなく、お姿を拝見していても何でも楽しむ力がある方だと感じ、絶対的な信頼感を抱いています。伊藤さんだったらきっと、寅子にここまで言わせても嫌な感じにならないだろうなと。おかげで寅子像が定まり、寅子はここで引き下がらないよな、ここで泣かないよなと、どんどん強くたくましくなっています。
そんな強い女性が携わるのが法の仕事だというのも、三淵さんをモデルにしてよかったと思う理由の一つです。憲法や法律はみんなが幸せになるためにあると私は思っていて、その在り方を幅広い世代の方がご覧になる朝ドラで問いかけることには、意義があると考えています。しかも、三淵さんが生きた戦前から戦後は、日本が大きく変わり、それに伴って法も変わっていった時代。改正された法はちゃんと生かされ、私たちを幸せにしているのか? 今を生きる人たちに向けて大事なメッセージを込められると思います。特に女性の立場に関する戦前の法律は、調べると信じられないような不平等なものが出てきます。例えば、婚姻状態にある女性は財産の利用などの行為において、夫の許可がなければ認められない「無能力者」とされていた。驚いてしまいますよね。でも、法律は変わっても、女性をさげすむような価値観は変わっていないのでは、と思うことが今もあります。そこを難しくなく、ポップに描きたいです。
そのために工夫しているのは、まず「語り」です。状況を説明したり、法的なことを解説したり、見ている方に話しかけるように書いているので、そこでふっと気を抜いてもらいたいです。それから、寅子が疑問を抱いて何か物申したいときに、「はて?」とつぶやきます。決めゼリフというわけでもないのですが、日常でも気軽に使ってもらえたらと。逆に、言いたいことがあっても空気を読んで何も言わない態度を「スンッ」という言葉で表しています。これも、いろいろな状況のいろいろな人の「スンッ」をおもしろがってもらいつつ、「スンッ」をしなくていい世の中になればという願いを込めています。
脚光を浴びない人々や人間の愚かさも恐れず描く
寅子に関わる人々を書くにあたって意識しているのは、さまざまな立場の人を登場させることです。女子部の同級生には、身分や年齢、国籍などが寅子とは違う人物を配置し、誰かしらに感情移入をしてもらえたらと思っています。男子学生も、いい人に見えて男尊女卑の価値観に支配されている人もいれば、男らしさを求められる社会に苦しむ人も。また女性も、寅子のように働いている人だけが偉いわけではないですから、結婚して家庭を守る花江は、ある意味、もう一人の主人公のつもりで書いています。そんなふうに、脚光を浴びる機会の少ない人たちにも触れていくつもりです。
寅子を描くうえでも、一人の人間の中にさまざまな面があることは大事にしています。寅子は、基本的には前へ前へ進んでいきますが、権力に虐げられていたのに、自分が権力を勝ち得るとそれを当たり前に思ってしまうこともあるでしょう。そういった人間の過ちや、それを経て寅子がどう変化していくのか、というところまで恐れずに書きたいんです。それは半年という時間をかけて主人公の生涯を描く、朝ドラだからできる挑戦だと楽しみにしています。強さも弱さも兼ね備えた寅子のひたむきな姿が、皆さんの一日の活力になれたらうれしいです。
(了)
取材・ 文=大内弓子
プロフィール
吉田恵里香(よしだ・えりか)
脚本家・小説家。1987年生まれ、神奈川県出身。日本大学芸術学部卒業。主な脚本執筆作品に、映画「ヒロイン失格」「センセイ君主」、ドラマ「花のち晴れ~花男 Next Season ~」「Heaven? ~ご苦楽レストラン~」「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」「君の花になる」など。NHKでは、第40回向田邦子賞を受賞した「恋せぬふたり」、「生理のおじさんとその娘」などがある。
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