正しさと、楽しませることの両立――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子
『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今年を振り返り、柚木さんの心の支えとなった「ニチアサ」と、その作品が見せてくれた正しさと創作の楽しませる力の両立についてのお話です。
※当記事は連載の第21回です。最初から読む方はこちらです。
#21 両立はできる
いろいろあった2022年。私の育児や仕事を支えたのは間違いなく毎週日曜朝9時半~放送中のスーパー戦隊「暴太郎戦隊 ドンブラザーズ」だった。最初は目利きの友達から「今期のニチアサがヤバイ」と聞いたことがきっかけで、五歳の子どもと視聴するうちに私の方がハマっていった。グッズを買い、ファンアートに手を染め、作中で重要な役割を果たす、きびだんごまできびを蒸して手作りした。東京ドームシティアトラクションズを訪れたのはもちろんのこと、東京ドームホテルのドンブラザーズルームにも宿泊、さらにドンブラザーズにハマっている子どもの友達はおろか、大人相手でもファンと知るなり、主人公ドンモモタロウこと桃井タロウの決め台詞「縁ができたな」と真顔で呼びかけるうちに一年が終わっていった。
集大成として、このたび関西旅行に出かけた。桃井タロウを演じる樋口幸平さんのご親族が経営していると聞きつけ、神戸・灘区の純喫茶「喫茶ドニエ」およびハンバーガー店「ハサムンクロドニー」を訪れた。前者は正統派の味わいのシナモントーストやミートソースがドンブラザーズに登場する喫茶店「喫茶どんぶら」を思わせ、後者は食べ応えたっぷりの肉がごろごろしたパテが豊かな気持ちにしてくれた。
さて、あらためて、私はドンブラザーズのどこにそんなに惹かれているか、考えてみた。有名な古典を下敷きにしたコメディ、これまで女性キャラのカラーであったピンクを既婚男性の会社員(キジブラザー)が担当したり、とジェンダー的なアップデートもある、おいしそうなものが多数登場する……など、私が好きな要素がちりばめられている。しかし、なによりも惹かれるのは、昨今論争になりがちな、作り手の正しくありたいという気持ちと、受け手をワクワクさせる創作は両立可能か、という課題に真剣に取り組み、毎回、明確な答えを出しているからだ。
正解は「可能」。
それはドンブラザーズの一人、オニシスターこと鬼頭はるか(志田こはく)の生き様が体現している。彼女は女性ヒーローにして高校生漫画家、あっけらかんと野心的で自分の才能に自信をもっている。はるかは、ドンブラザーズ入りするにあたって、それがヒーローになる条件なのだが、大切なものを一つ失っている。漫画家としての名声だ。彼女は盗作疑惑をかけられ出版界を追われている。ドンブラザーズとして戦うのは、汚名を晴らし地位を取り戻したいという目的もある。というと、さも悲劇のヒロインのようだが、はるかはそれなりに日常もヒーロー活動もエンジョイしている。この描写が凄まじい。なにしろ、同級生たちに「盗作」と呼ばれながらの高校生活なのだ。同居する叔母にまで盗作イジリされているが、はるかはそれをウンザリ顔で受け入れ、否定していない。「盗作」と呼ばれながら、同級生と毎朝あいさつをかわし、コミュニケーションをとり、なんだったら良好な関係まで築いている。そればかりではなく喫茶店でアルバイトをしたり、漫画のネタになるのでは、とあらゆることに首をつっこみ、おいしそうなものをたくさん食べたり、ドンブラザーズの仲間たちと四季折々のレジャーに繰り出したり、気まぐれに俳優業を楽しんだりと、充実した日々を送る。
一度だけ、はるかは漫画家として返り咲くチャンスを得るが、彼女はそれをあっさり手放す。自分がヒーローをやめれば、身代わりとして別の女性が夢と引き換えにヒーローにならなければならなくなるからだ。写真家の才能に恵まれた、もう一人の女性のために、はるかが自ら犠牲をはらい、漫画家をあきらめ、虹を見上げる回は感動的だった。
が、しかし!!
現三十八話の段階で、はるかは異世界からやってきた敵の脳人(ノート)の一人と手を組み、熱心に漫画を描き続けている。むしろ、人間の喜怒哀楽を知らない脳人こそ感動させたい、とかつてないほど意欲を燃やしている。彼女の面白いものを作りたいという熱意は本物だ。同時にヒーローでありたいとも思っているし、日常を楽しもうともしている。この三つを同時進行で叶えているヒロインというのを、私は他の創作物でまだ見たことがないし、それがコミカルで笑ってしまう、というのもちょっと知らない。演じる志田こはくさんのくるくる変わる表情、コメディエンヌっぷりは本当に素晴らしい。
正しさが面白さを殺すといわれて久しい。しかし、ドンブラザーズを見ていると、いや、鬼頭はるかを見ていると、 真剣に創作活動に取り組んでいれば、日々あらゆることに敏感になり、学ばざるをえない、ということに気付く。学び続けるとは、社会や人間をまっすぐに見つめ、新しい知識を身につけ、変化を恐れず、自分なりの答えを出し続けるということだ。ドンブラザーズのエンディングの歌詞を借りるのであれば「生きる時代に合った当たり前 みなさまとカタチを変えて」正解を探り続けるということだ。はるかは誰かのために戦ってはいない。自身のデビュー作「初恋ヒーロー」がヒーローもので、自分がその作者であるというプライドが大きく影響している。面白いものを作りたいという欲と野心がずば抜けて高いからこそ、はるかはこの複雑な時代のヒーローたり得ているのだ。
妻を誰よりも愛している、善良で自己肯定感が低いキジブラザーが、妻への愛情という大義名分を得て、簡単に悪に染まってしまうのとは対照的だ。(キジブラザーの豹変の数々は、今年のアカデミー賞をふっとばしたウィル・スミスのビンタ事件を彷彿とさせる)
最後にドンブラザーズのキャストみんなが歌うキャラソン「アバターパーティー! ドンブラザーズ! 」(作詩 八手三郎)の鬼頭はるかのパートとともにお別れしたい。来年の話をすると鬼が笑うというけれど、みなさん良いお年を!
次回の更新予定は1月20日(金)です。
題字・イラスト:朝野ペコ
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2023年3月12日にNHK文化センター京都教室で、柚木さんの講演が開催決定しました。コロナ禍での気持ちの変化や、作品の重要なキーワードとなっている「食」に対する思い、落ち込んだり挫けそうになった時に、自分なりの方法で人生をサバイブしていく柚木さんなりの方法を、たっぷりお話しいただきます。
■教室受講
https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1263878.html
■オンライン受講
https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1265130.html
プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)
1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『らんたん』など著書多数。