"ミニマル炒飯"は「あわてないチャーハン」。脱マチズモで、作る人を選ばない(料理人・文筆家、稲田俊輔)【4/4話】
インド料理に限らず、和食、洋食、フレンチなど幅広いジャンルを手がける料理人の稲田俊輔さん。家庭には「ミニマル料理」を提案しています。では、「ミニマル炒飯はどんな料理?」と尋ねると「あわてないチャーハン」とのお答え。そこには合理性だけでなく、作り手とチャーハンへの深い思いがありました。稲田流レシピに独特な「重さ」を測りながら作る理由についても合わせて聞きました。
■素材の味をストレートに生かす「シンプルな料理」
──稲田さんは2023年に家庭料理向けのレシピ本『ミニマル料理』を出されました。そこには、どんな考えがあったんですか?
家庭料理に限らず、料理は常に進化しようとします。そういう「圧」があるんです。で、家庭料理の進化は「外食を模倣する方向」で進んできました。そのこと自体は否定しませんが、もったいないと思うのです。
──もったいない?
模倣する対象が、ファミレスやコンビニ、中食になっているからです。ファミレス的な味はファミレスで食べればいいですよね。
僕自身、外食産業にどっぷり漬かっている身ですが、だからこそ家では「家でしか食べられないもの」を食べたいと思う。
──「家でしか食べられないもの」とは?
素材の味をストレートに生かす「シンプルな料理」です。
50年くらい前の昭和の家庭料理本を見ると、今みたいに調味料がたくさんあるわけでなくて、そういう料理を作っています。
で、実はそれは高級料理店がやっていることでもあるのです。
──昔の家庭料理と高級料理店の手法が同じということですか。
例えば、フランス料理でメインの肉が出てきたとします。「どこそこ産のジビエで、ソースは骨髄を煮出したもの」といった。
そこには、家庭では手に入らない素材とプロにしかできない技術が使われています。
さらにメインの脇には、付け合わせが添えられる。でもこの付け合わせは、焼いて塩をかけるだけみたいな、素材の味わいを素直に引き出すだけのもの。
家庭料理は高級料理のメインを目指す必要はないけれど、付け合わせの味はすぐ真似できる。
それなのに、なぜファミレス的な味の模倣に向かうのか──。僕はもどかしさと苛立ちを覚えてきました。
──「家庭料理がツライ」といった声が近年よく聞かれる中、シンプル料理は人気です。
時短や簡単レシピとして、「ミニマル料理」を活用されている方もいらっしゃるかと思います。合理性を追求したら、料理はどんどんシンプルになり、結果、作るのも楽になるので。
ただ、お話ししてきたように僕の主眼はそこにはありません。
仮に僕のレシピで調理時間が1/4に短縮されたとしたら、「1時間かかっていたのが15分になり、楽になって良かった」というより、「1時間で1品しか作れなかったのが、4品作れるようになった」と喜んでもらえる方が嬉しい。
■「はかり」を徹底活用。計量スプーンを使わない理由
──「ミニマル料理」を実際に作ってみて、新鮮に感じたのは分量が全て「グラム表示」で、計量スプーンを使いません。家庭料理のレシピ本で今まであったでしょうか。
ないと思います。飲食店の手法を持ち込んだんです。
飲食店は、レシピがなくてシェフが目分量で作るのを「見て覚える」方式と、全てがグラム管理されている方式の2パターンです。
エリックサウスは後者です。僕以外のスタッフも料理を正確に再現できるようにするため全て「数値化」しています。
──鍋やフライパンを「はかり」に載せて、そこに食材や調味料を加えていくのもユニークです。
そうすると、計量スプーンや計量カップを使わずにすみ、洗いものが減るじゃないですか。
──料理の完成目安も「グラム」で提示されます。
従来のレシピのように「ほど良くとろみがつくまで煮詰めたら完成です」だと、料理に慣れていない人にはハードルが高い。「グラム」提示であれば料理経験に左右されず、だれもが同じ味に到達できます。
とりわけカレーでは、水分がどれだけ蒸発したかで味が全く別ものになるので重要なんです。
──大さじや小さじを使わない理由はあるんですか?
大さじや小さじにも難点があるんです。例えばレシピに「小さじ2/3」と書かれていたらどうしますか? だいたい「これくらい」という風にするでしょう。
レシピを書く側も「小さじ2/3」みたいな中途半端な数字は測りづらいのがわかっているので、適当に丸めようとする傾向がある。そうすると、ベストの分量に対して誤差が生じてしまうんです。
──「小さじ2/3」問題は確かにありますね。
「ミニマル料理」は味のストライクゾーンが狭いので、そういった意味でもグラム管理にする必要があるのです。
料理は、麺つゆやコンソメなどの「うま味」「甘味」を加えると、適当に作ってもそこそこおいしくなる。でも、「ミニマル料理」はその逆をいこうとしているので。
──逆をいこうとしている?
「うま味」を最小限に抑え、それによってしか味わえない「素材のおいしさ」を生かそうとしている。だから、ストライクゾーンは狭まるんです。
■卵とネギだけ。"ミニマル炒飯"は「あわてないチャーハン」
──『ミニマル料理』の本に「チャーハン」が載っていなかったので、ぜひ教えてください。
現在、続編を準備中で、そこには「チャーハン」も入る予定です。レシピ名は「あわてないチャーハン」です。
──「あわてないチャーハン」?
材料は「冷やご飯」「卵」「ねぎ」の三つ。
味つけは、塩分を全体量の1%弱にしたいので3g。これを塩としょう油に振り分けます。
作り方は、
① 「はかり」を準備し、その上にボウルを置き、ご飯を測りながら入れる。
② 中華鍋かフライパンに油を熱し、半熟の炒り卵(スクランブルエッグ)を作る。
③ ボウルに②の卵とネギ、さらに調味料を加える。
④ ボウルの中の材料を切るようにして混ぜる。
⑤ 鍋を熱し、④をさっと炒める。
──ポイントは炒り卵を作り、ボウルでご飯と混ぜ合わせることですね。
炒り卵を先に作って取り出し、最後に炒め合わせる作り方は見かけますが、ボウルで混ぜるのは初めてです。
原理としては、中華鍋に卵を入れてそこにご飯を加えるオーソドックスな方法と変わりません。でも、それだと卵が固まりきらないうちにご飯を投入し、「混ぜる」「炒める」の二つを同時進行しないといけない。だから慌ててしまうんです。
それで、「混ぜる」と「炒める」の工程を分けました。
──ボウルの中で味つけまで済ませ、フライパンでは炒めるだけなんですね。
人数分まとめてボウルの中で味つけするので、落ち着いてできますし、味のばらつきも出ません。
炒めるのは1~ 2人前ずつ。これを人数分繰り返します。米が卵と油でコーティングされているのでフワパラに仕上がりますよ。
■作る人を選ばない、「脱マチズモ」のレシピ
──「ミニマル炒飯」のレシピ名を「あわてないチャーハン」にした理由は?
チャーハンは「強火だ」「気合いだ」「スピードだ」って、マチズモなイメージが強いじゃないですか。美しくないなと思って。
身体的な技術に頼る作り方は、作れない人を生んだり、同じ味を安定的に再現させるのも難しくします。
なぜそうなるかというと、「慌てる」ことを前提にしているからです。だからそれを具体的に解消しました。
──「作る人を選ばない」ことが「ミニマル料理」では一貫してますね。
チャーハンがこのミニマルなレシピになったのにはもう一つ理由があって。僕自身が卵とネギだけのチャーハンが一番好きだからなんです。
前回お話ししたように、僕のチャーハンの原点は子どもの頃好きだった、中華のコースの締めに出てくるチャーハンです。
ご馳走をさんざん食べた後の「幸福感のピーク」に登場する、あのシンプルで、食べ飽きない、薄味のチャーハン。
だから今も家でチャーハンを食べる時は食事の一環として食べるし、「むしやしない」として食べるのも好きです。「むしやしない」は京都の言葉で「食事とおやつの中間みたいな、ちょっとした腹ふさぎ」という意味です。
──幸せな記憶と共にあるチャーハンですね。
なんでもないようなチャーハンが、結局一番心に残っていたりするんですね。ひと口食べた瞬間「おいしい!」とインパクトのあるものより、淡々と食べ終わって最後に、あ、おいしかったな、とじんわり嬉しくなるような。ミニマル炒飯もまさにそれですし。
と言うか、だいたいの料理は、最後そういうところに行き着くもののような気もします。
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◆プロフィール
料理人・文筆家 稲田俊輔
鹿児島県生まれ。京都大学在学中より料理修業と並行して音楽家を志すも、飲料メーカー勤務を経て、友人とともに円相フードサービスを設立。インド料理のほか、和食、フレンチ、洋食などさまざまなジャンルのメニュー監修や店舗プロデュースを手掛ける。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火付け役となる。2023年『ミニマル料理』(柴田書店)で料理レシピ本大賞「プロの選んだレシピ賞」を受賞。近著に『料理人という仕事』(ちくまプリマー新書)、『現代調理道具論』(講談社)、『異国の味』(集英社)など。
取材・文:石田かおる
記者。2022年3月、週刊誌AERAを卒業しフリー。2018年、「きょうの料理」60年間のチャーハンの作り方の変遷を分析した記事執筆をきっかけに、チャーハンの摩訶不思議な世界にとらわれ、現在、チャーハンの歴史をリサーチ中。
題字・イラスト:植田まほ子