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宮島未奈『モモヘイ日和』第10回「エリカの願い」

24年本屋大賞受賞作『成瀬は天下を取りにいく』の作者・宮島未奈さんの新作小説が「基礎英語」テキストにて好評連載中です。「本がひらく」では「基礎英語」テキスト発売日に合わせ、最新話のひとつ前のストーリーを公開いたします。
とある地方都市・白雪町を舞台に、フツーの中学生・エリカたちが巻き起こすドタバタ&ほっこり青春劇!

前回までのあらすじ
モモヘイのイラスト募集に応募してきたアカウント、“ ひまわり”さんの正体が同じ中1 のギャル・園川メイサなのではないかと疑うエリカ。いっぽう「白雪町をよくする会」には次々とメディアの取材が舞い込み、モモヘイは地元で有名になっていく。

 マスコットキャラクター「モモヘイ」がニュースで紹介されてから数日後。
 今度は新聞の取材が来ることになり、「しらゆきちょうをよくする会」のメンバーは再び白雪公民館に集まった。
 「いろんな人から『テレビ出てたね』と言われて困っている」
 文句を言うももへいさんだが、ちょっとうれしそうにも見える。わたしも学校に行く途中、ほかの生徒が「あのおじいさん、テレビ出てたよね」と話す声を聞いた。毎朝怒鳴って煙たがられていた百平さんが親しみやすくなったみたいで、なんだかうれしい。
 「エリカちゃんも友だちに『出てたね』って言われたんじゃない?」
 みずかわさんに聞かれて、「ちょっとは」と答える。実際のところ、クラスの子一人と、同じバスケ部の子一人から言われただけだった。みんな塾や習い事で忙しくて、夕方のテレビはあまり見ていないらしい。大勢に見られたら恥ずかしいと思っていたけれど、これはこれでちょっと寂しかった。
 新聞の取材は2 社来ていた。記者の質問に対し、水川さんが「白雪町をよくする会」について説明して、白雪警察署のまつおかさんが交通安全の取り組みについて説明する。わたしもマスコットキャラクター作りを提案した理由について尋ねられ、さきはな学園でマスコットキャラクターを見たことや、お気に入りのキャラクターであるまるぺんさんの話をした。
 新聞取材は映像が残らないから、テレビの収録よりはリラックスして答えることができた。それでもやっぱり緊張していたみたいで、終わって記者が帰ったあとはほっとした。
 「さっきミサトちゃんが言ってたモモヘイグッズ、面白そう」
 水川さんが言う。記者に「今後モモヘイがどうなったらいいと思いますか」と聞かれたミサトは、「モモヘイグッズがあるといいなと思います」と答えていたのだった。
 褒められたミサトは「どんなグッズがいいかな?」とうれしそうだ。
 「まず現実的に作れそうなのはポケットティッシュですかね。台紙に印刷して、交通安全を呼びかけるために配るんです」
 松岡さんが言うと、酒屋のおじいさんが「そりゃちょっと地味だな」とツッコミを入れる。わたしも同じことを思ったから、くすっと笑ってしまった。
 「モモヘイバッジがあったらわしも付けるぞ」
 「モモヘイ人形なんてどうだ? けになりそうだ」
 みんなが口々に言うのを聞いて、わたしの頭にもいろんなキャラクターグッズが思い浮かぶ。シール、クリアファイル、アクリルキーホルダー……。
 「いろんなグッズを作るんだったら、ほかの表情があったほうがいいですね」
 ふと思ったことを口に出すと、酒屋のおじいさんが「たしかにそうだな」と同意してくれた。現状、モモヘイのイラストは1枚だけだ。キャラクターらしい笑顔をしているけれど、百平さんみたいに怒った顔も見たい。

 水川さんが「ほかの表情を描いてもらえるか、ひまわりさんにメッセージ送ってみますね」とスマホを手に取る。
 「いやぁ、これで百平さんも有名人だな」
 「わしはそんなことは望んどらん。みんなが信号を守るようになったらいいんだ」
 その後もモモヘイのグッズ展開や今後の希望についてわいわい話していると、水川さんがスマホを見ながら浮かない顔で口をひらいた。
 「ひまわりさん、もう描きたくないって言ってます」
 ノリノリだった会議室が静まり返る。
 「それなら仕方ない、とりあえずポケットティッシュからだな」
 酒屋のおじいさんが言うと、松岡さんが「上司に相談してみます」とうなずく。ちょっと残念な空気を残しながら、会はおひらきになった。

* * *

 翌週の火曜日、わたしの家でとっている新聞にモモヘイの記事が載った。百平さんの写真と、モモヘイの写真が並んでいる。モモヘイはやっぱりかわいくて、ほかのイラストも見てみたいと改めて思った。
 わたしは勇気を出して、メイサに直接お願いすることにした。ミサトはあまり乗り気じゃなかったけれど、付き添いとして来てくれることになった。
 「エリカがそんなに積極的とは思わなかった」
 「だって、モモヘイかわいいでしょ。グッズにして、もっとたくさんの人に広めたいの」
 信号を守らない中学生に怒鳴り散らしている百平さんだけど、本当はイヌが大好きで優しい一面もある。モモヘイグッズを広めることで、百平さん自身ももう少し柔らかいイメージになったらいいと思うのだ。
 放課後、隣のクラスに行くとメイサは帰りの支度をしているところだった。
 「あの、メイサちゃん。わたし、2組の花岡エリカっていいます」
 わたしが話しかけると、メイサは無言でこっちを見た。ギャルのイメージがあったけれど、近くで見るとわたしたちと同じ中学1 年生って感じがする。
 「モモヘイを描いてくれたの、メイサちゃんだよね」

 メイサは明らかに驚いた表情で、「なんでそれを?」と聞く。想像より穏やかな声をしていて、怒っているわけではなさそうだった。
 「えっと、わたしとミサトは『白雪町をよくする会』のメンバーで、モモヘイを募集してたんです。ひまわりさんのSNS を見て、メイサちゃんの絵に似てるって気付いて……」
 「すごい、それでわかったの?」
 あれ、怖い子だと思ってたけど、全然大丈夫そう。
 「わたし、モモヘイのことすごく気に入ってるの。だから、ほかにもモモヘイを描いてほしくて、お願いしに来ました」
 わたしが頭を下げると、一瞬の間をおいてメイサの「ごめん」の声が聞こえた。
 「ごめんね、あたしはもう描きたくない」
 頭を上げると、メイサは申し訳なさそうな顔をしている。
 「軽い気持ちで描いて応募しただけなのに、テレビとか新聞に出て盛り上がられて、なんだかモヤモヤしたの。グッズを作る話も、あたしはOK してないのに話が進んでて……」
 自分が描いたキャラクターがこんなふうになるとは思っていなかったのだろう。戸惑う気持ちはよくわかる。付き添いのミサトも神妙な顔をしていた。
 「 警察のポケットティッシュに載せようとしてる話は聞いた?」
 「うん、それぐらいなら大丈夫って伝えたよ。でも、これ以上は協力できないかな」
 メイサの意志は固いようだ。
 「わかった。わたしのほうこそ、無理なお願いしてごめん」
 わたしはもう一度軽く頭を下げて、ミサトとともに教室をあとにした。
 「たしかに、テレビでも新聞でも『白雪町をよくする会』の話ばっかりで、作者の話は全然しなかったね……」
 ミサトが言う。テレビでも新聞でも投稿者がひまわりさんであることは紹介していたけれど、ちょこっと触れただけだった。
 「もうちょっと、メイサが描いたことをアピールしてもよかったのかもね」
 「うん、あんなにかわいくデザインしてくれたのはメイサちゃんだもんね」
 これからどうしたらいいんだろう。ミサトとぶつぶつ相談しながら部活に行くと、アキとシホが「モモヘイ、新聞に載ってたね!」と話しかけてきた。テレビを見たマイから口コミが広がり、わたしたちが「白雪町をよくする会」のメンバーであることが部活のみんなに知られたのだ。
 「実は、あのモモヘイを描いたのはメイサなんだよ」
 ミサトが言うと、シホが目を丸くした。
 「えっ、そうなの?」
 アキはメイサと同じ小学校だったから、「あぁ、メイサは絵がうまいもんね」と納得している。
 「今、モモヘイのグッズを作ったらどうかって話になってるんだ」
 「いいね! わたしも欲しい!」
 シホが即答するのを聞いて、モモヘイグッズに需要があると確信する。
 「こういう声を集めたら、メイサちゃんもグッズ作りと新しいイラストに乗り気になってくれるかも」
 「うん、やってみよう」
 張り切るわたしとミサトだが、これが大きな間違いだったことがあとでわかるのだった。


この続きは「中学生の基礎英語レベル1」「中学生の基礎英語レベル2」「中高生の基礎英語 in English」2月号(3誌とも同内容が掲載されています)でお楽しみください。

プロフィール
宮島未奈
(みやじま・みな)
1983年静岡県生まれ。滋賀県在住。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「R-18文学賞」大賞・読者賞・友近賞をトリプル受賞。同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』が大ヒット、続編『成瀬は信じた道をいく』(ともに新潮社)も発売中。元・基礎英語リスナーでもある。

イラスト・スケラッコ

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