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『「本当の豊かさ」はブッシュマンが知っている』 著者ジェイムス・スーズマン博士 特別インタビュー 「仕事以外のことで自分自身を定義する」

取材・写真撮影=大野和基

多くの書評欄に取り上げられた話題の翻訳書『「本当の豊かさ」はブッシュマンが知っている』(小社刊、10月25日発売)。「週にたった15時間しか働かない」というブッシュマン社会から私たちが学べることとは何か? 著者で社会人類学者のジェイムス・スーズマン博士への特別インタビューをお届けします。

──本書に、カラハリ砂漠の狩猟採集社会を通して見えたこととして、「人間は労働によって定義されるのではなく、別の充足感のある生き方を十二分に送れる能力があるのだ」という一節があります。これは、私たち現代人にとって大きな意味を持つと思います。

 私たちの社会には、「人間は労働を通して自分自身を作る」という考えがありますが、狩猟採集社会には、そういう考えはまったくありません。人間は「そこに存在するだけ」です。ある意味ではいささか禅的な思考法です。
 私たちが働く理由の1つは、私たちが将来にフォーカスしているからです。それは農業革命と共に出てきた考え方です。一方で、現在も狩猟採集を行なっている一部のブッシュマンは、「今」と「今いるここ」にフォーカスしています。食糧を備蓄することも、先のことを考えることもありません。これは、私たちが瞑想して将来についての心配から解放されて到達するような、一種の超越的な「現在」とも言えます。彼らはある意味、信じられないほど充足した生活をしており、何か特別な目的を定めてそれを達成しようとする必要すらありません。ですから、彼らには現代社会につきまとうような「不安」はないのです。

──ブッシュマンは、勤勉な経済至上主義の現代社会をどのように思っているのでしょうか。

 今は自由に狩猟採集しているブッシュマンは非常に少なく、白人や黒人の農場主のためにひどい環境で働かざるを得ない状況です。ですから、生活のために働くことがどういうことかをかなり理解しており、現代社会を悲惨なものだと捉えていると思います。そういう世界にいったん巻き込まれると、脱出するのはとても難しいことも理解しています。現代のブッシュマンにとってお金は、日常の現実として迫ってきているのです。でも、チャンスがあれば脱出するブッシュマンもいます。彼らは土地のアクセス権を維持して、最小限で生活していますが、主流経済から隔離されているわけではありません。

──彼らの生活から学べることは多いと思いますが、仕事や家族、将来のことについて悲観的になっている日本の読者に対して何を伝えたいですか。

 日本の「karoshi(過労死)」に関する記事を読んだことがありますが、どう考えてもおかしいです。人類史上、長きにわたって、人は自分自身のことを仕事で定義することはありませんでした。仕事以外の時間や仕事以外のことで自分を定義してきたのです。仕事に対する考えを打ち破らないといけません。なぜこの仕事をしているのか、ということです。意味のある仕事について考え始めないといけません。昔はそんなにたくさん働かず、多くの時間を余暇と呼ぶものに費やしていたのです。
 私たちの今の経済モデルは地球にかなり負担をかけています。たとえば、カラハリ砂漠は非常に人里離れた場所ですが、私が滞在していた25年の間にやはり変化しています。こうした変化は地球のあらゆる場所で起きています。私たちの先祖は人類史の大半、20万年以上もの間、持続可能な生活をしてきました。
 今は、ビジネスを競争として捉えていますね。いわゆる「適者生存」です。でも、それほど単純なことではありません。実際は、最も協力をする人が生き延びるのです。狩猟採集社会が教えてくれる重要なメッセージは、私たちはグローバル経済の考え方にとらわれる必要はないということです。その考え方にとらわれるべきではありません。

──もし、2030年ごろまでに、技術革新と生産性の向上により「経済的至福」の時代が到来すると予言した経済学者ケインズの考えが正しければ、私たちは今ごろ人生を楽しんでいないといけませんね。

 ええ。しかし、実際は楽しんでいません。富や欠乏やパワーについての私たちの考え方は、絶対的ルールではないということを狩猟採集社会に教えられます。新しいものを買ってもしばらくするとその喜びは薄れますね。充足感を得られるのは最初だけです。
 私たちはヒエラルキーの中に生きていますが、狩猟採集社会ではみんなが平等です。人よりも上に立ちたいとか、新しい家が欲しいとか、そういう欲望が環境を破壊するのです。今の不平等を少しでも減らせば、人は愚かなことをする動機が減ります。格差をなくす方法は簡単ではありませんが、誰かよりも上に立ちたいという気持ちを持とうとしなければ、比較的持続可能な生き方を見つけることができます。そういうことを狩猟採集社会は教えてくれるのです。

プロフィール

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ジェイムス・スーズマン
社会人類学者。南部アフリカの政治経済を専門とする。25年以上、南部アフリカであらゆる主要なブッシュマン・グループとともに暮らし、かれらの生活を調査してきた。スマッツ特別研究員としてケンブリッジ大学でアフリカ研究に従事。2013年 シンクタンク「アンスロポス(Anthropos)」を設立し、人類学的観点から現代の社会的・経済的問題の解決を図っている。ニューヨーク・タイムズ紙でも執筆。本書『「本当の豊かさ」はブッシュマンが知っている』(原題:Affluence without Abundance)は、2017年度ワシントン・ポスト紙ベストブック50冊および米公共ラジオ局ベストブックに選ばれた。

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