103歳・最期まで作り食べる「火を使わないチャーハン」レシピ (料理研究家・荻野恭子) 【前編】
世界約70カ国を旅し、各国の料理や食の知恵を紹介してきた料理研究家の荻野恭子さん(70)。「調理定年」という言葉が話題を呼ぶ中、103歳で亡くなった母と、最期まで無理なくできる「独自のクッキング法」を編み出しました。そのクッキング法とは。広く応用でき、パラパラに仕上がる、103歳の「火を使わないチャーハン」のレシピも聞きました。
■100歳超えても無理なくできる「卓上クッキング」
──いま「調理定年」という言葉が話題を呼んでいます。仕事に定年があるように料理にも定年があっていい。高齢になって体力的に料理がしんどくなったら、手作り主義をほどほどにし外食や市販の惣菜などをうまく活用して必要な栄養をとろうという考え方です。どう思われますか。
103歳で亡くなった母も、料理好きだったのに、80代半ばに入ってから「料理がしんどい」「主婦をやめたい」と言うようになりました。
高齢になると筋力が落ち、足腰が弱くなります。母はシンクにしがみつくようにして、肘で体を支えて料理をしていたので腕にあざができるほどでした。
料理は立ちっぱなしの作業ですからしんどくなるのは当然です。
ただ料理は頭も使いますし、手先も動かす。全くやらなくなってしまうとますます衰えていってしまう心配があります。
それで、母に言ったんです。「座って料理すれば」って。
それが母と作り上げた、座ったままできる「卓上クッキング」の始まりです。
卓上クッキングで、母は最期まで自分で作り食べることができました。
ですから、「調理定年」などと言わず無理のない範囲で続けてほしいと思いますね。体力的なしんどさを解消する方法はありますので。
──『103歳の食卓 母とつくり上げた卓上クッキング』(プレジデント社)に書かれている、100歳を超えてもできる料理術ですね。
最初は卓上で調理できる小さなIHのコンロと小さなフライパンを使っていましたが、一人用のホットプレートを見つけて飛躍的に楽になりました。
一人用ホットプレートはコンパクトなので場所をとらず、「焼く」「炒める」「煮る」「蒸す」「炊く」ができます。片付けも楽ですし、火を使わないので安心です。
──「一人用ホットプレート」がひとつのポイントになったんですね。
次に、ものを取りに行くために立ったり座ったりしないですむよう卓上の環境を整えました。
調理道具は、小さなまな板とペティナイフ、キッチンばさみ、ピーラーを用意。
キッチンばさみでニラや小松菜などは切れますし、そうするとまな板を使わずにすみます。にんじんもピーラーで帯状に切るようにすれば力が要りません。
──調味料の数も最小限に抑えたようですね。
机の上のスペースは限られているので、油と「塩、しょうゆ、砂糖、胡椒」の4つだけ。小さいサイズのものをセットにして卓上に置くようにしました。
ダシやみりん、酒、うま味調味料などを使わない代わりに、しらすやかつお節などうま味の出る食材を活用します。
調味料を最小限にしたのはスペースの事情だけでなく、「引き算の料理」にしたい考えもあったからです。
■70カ国旅して到達した、シンプルな「料理の極意」
──「引き算の料理」とは?
私は20代から世界約70カ国を旅して料理や食文化を紹介してきました。その結果、行き着いた「料理の極意」は極めてシンプルです。
料理は「素材+塩」さえあればいい。
世界中、どこに行っても「塩」はあります。
いい素材が手に入れば、素材の味を引き出すだけで料理は十分おいしくなるんです。
──荻野さんは『塩ひとつまみ それだけでおいしく』(女子栄養大学出版部)という、塩に特化した料理本も出されていますよね。塩は種類が色々ありますが、どんなものを使えばいいですか?
特別なものを買う必要はありません。フランスのゲランドの塩とかでなくていい。自分が生まれ育ったところの塩が一番体に合っているのでそれで十分です。
大事なのは塩の分量とタイミング。
料理の仕上がりに塩をひとつまみ。あと、肉の下味にも塩をしておくと失敗なくできます。
──「料理がしんどい」「作りたくない」という声は高齢者に限らず、若い世代からも聞かれます。料理を「引き算」にできれば救われる人が多いような気がします。
レストランの料理と家庭料理は別ものです。それなのに一緒くたにしてしまうからしんどくなるんです。
家庭料理は「引き算」でいい。その分レストランに行けば、手のこんだ料理の味わいがより楽しめるし、感謝の気持ちも湧きますよね。
■103歳の「火を使わないチャーハン」レシピ
──『103歳の食卓』には「しゅうまい」「ポトフ」「さつまいもの蒸しパン」「パエリヤ」など、一人用のホットプレートでこんなに色々作れるのかと思うほど多彩なレシピが掲載されています。その中に「キムチチャーハン」もありました。
母はもともと漬物が好きで、中でもキムチが大好きでした。お気に入りのものを買いにわざわざデパートに行くほど。
私がメキシコ土産で買ったカラムーチョのようなお菓子もボリボリ食べていましたね。好奇心が旺盛だったんです。
──では、103歳の「火を使わないチャーハン」レシピを教えていただけますか。
応用自在な、基本的な「卵チャーハン」のレシピをご紹介しましょう。
私はポリ袋を使った料理をこれまで色々と提案してきました。タイの屋台のテイクアウトでポリ袋を使うことにヒントを得たんです。
『103歳の食卓』でもポリ袋に野菜と調味料を入れてもむ、「モミモミ調理」の副菜レシピを載せています。漬物やサラダが簡単にできるんです。
卵チャーハンも、食材をポリ袋に入れて「モミモミ」すれば、ご飯と卵がよく混ざってパラパラに仕上がりますよ。
ポイントは、先ほどもお話ししましたが「うま味の出る食材」を一品加えることです。
小松菜やニラ、ネギなどをキッチンばさみでチョキチョキ切って加えると栄養価が高まります。好きなものを具に足してもらえればと思います。
──103歳の「火を使わないチャーハン」は高齢者に限らず、一人暮らしの人にも良さそうですね。
手軽でしょ?
チャーハンは一品で炭水化物、たんぱく質、ビタミン、ミネラル、脂質の5大栄養素がとれるのでお勧めです。
私も70代に入りましたが、今後年齢を重ねていってもチャーハンは食卓のメニューの一つであり続けると思いますね。
今も朝ご飯によく食べていますよ。
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第21回(荻野恭子さん後編、12月13日配信予定)に続く→
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◆プロフィール
料理研究家・栄養士 荻野 恭子
1954年、東京・浅草に生まれる。女子栄養短期大学卒業。1974年からユーラシアをはじめ世界65か国以上を訪ね現地の主婦やシェフに料理を習い、食文化の研究を続ける。著書に『103歳の食卓』(プレジデント社)、『ポリ袋で簡単! もみもみ発酵レシピ』(池田書店)、『おいしい料理は、すべて旅から教わった』(KADOKAWA)、『世界の米料理』(誠文堂新光社)、『炊飯器でつくる!世界の炊き込みご飯』(NHK出版)など。世界の料理教室「サロン・ド・キュイジーヌ」を主宰。HP:https://www.cook-ogino.jp
取材・文:石田かおる
記者。2022年3月、週刊誌AERAを卒業しフリー。2018年、「きょうの料理」60年間のチャーハンの作り方の変遷を分析した記事執筆をきっかけに、チャーハンの摩訶不思議な世界にとらわれ、現在、チャーハンの歴史をリサーチ中。
題字・イラスト:植田まほ子