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宮島未奈『モモヘイ日和』第8回「モモヘイ募集スタート!」

24年本屋大賞受賞作『成瀬は天下を取りにいく』の作者・宮島未奈さんの新作小説が「基礎英語」テキストにて好評連載中です。「本がひらく」では「基礎英語」テキスト発売日に合わせ、最新話のひとつ前のストーリーを公開いたします。
とある地方都市・白雪町を舞台に、フツーの中学生・エリカたちが巻き起こすドタバタ&ほっこり青春劇!

前回までのあらすじ
「百平改造計画」が進まないなか、夏休みにバスケ部の交流試合で他校を訪れたエリカは、学校のあらゆるところで目にするマスコットキャラクターの存在に気が付く。そうだ、百平さんもキャラクターになっちゃえばいいのかもしれない……?

 9月の「しらゆき町をよくする会」がはじまった。ももへいさん改造計画の話し合いに入り、わたしは緊張しながら手を挙げる。
 「百平さんを、マスコットキャラクターにするのはどうでしょうか?」
 一瞬しーんとしたけれど、みずかわさんが打ち合わせどおり「すごくいいと思います!」と大きな声で発言してくれた。つづけてミサトも「賛成です!」と声を上げる。
 「面白いじゃねえか」
 「百平さんがかわいくなるのはいいことだな」
 「デザインは白雪町の人から募集したらどうでしょう」
 ほかのメンバーからも好意的な声が上がった。プリンスも「どんなキャラクターになるんだろう」と興味を持ってくれている様子だ。百平さんをちらっと見ると、腕組みをして難しい顔をしている。ヤバい、怒ってるのかな?
 「百平さん、どうですか?」
 水川さんが柔らかい調子で尋ねると、百平さんはぷいっと顔を横に向けた。
 「勝手にやってくれ」
 百平さんは全然怒ってなくて、むしろちょっとうれしそうにも見えた。
 「募集する前に、キャラクターの特徴を決めておきましょう」
 水川さんがホワイトボードの前に立って、ペンを持った。参加者たちは思い思いに発言していく。

 ・名前は「モモヘイ」
 ・中学校の前に住むおじいさん
 ・イヌが好き
 ・交通安全を呼びかけている

 「設定っていうか、百平さんそのままだね」
 ホワイトボードに書かれた特徴を見て、ミサトが笑う。
 「応募してもらうためのSNS のアカウントを作りましょうか?」
 「スマホが使えない人のために、公民館とかお店で募集できないかな」
 「それなら俺が応募箱作るよ」
 大人たちがわいわい盛り上がってくれて、わたしは胸が熱くなる。どんなキャラクターが集まるか、楽しみになってきた。

* * *

 学校では11 月に行われる文化祭の準備がはじまっている。クラスの出し物のほかに全校生徒の絵を貼り出す展示があって、美術の時間に描くことになった。
 絵のテーマは「10 年後のわたし」。23 歳になったわたしがどうなっているのか、全然想像がつかない。
 「何を描いてもいいんですよ~。憧れの職業についた自分でもいいですし、普段の生活をしている自分でも構いません。こんな服装をしているとか、こんなものを食べているとか、自由に想像して描いてみましょう」
 美術の先生のアドバイスに従って考えてみる。今のわたしが食べないけれど、大人のわたしが食べているもの。
 ぱっと頭に浮かんだのは、フルーツたっぷりのパフェだった。髪の毛は今より長くて、ワンピースを着ている。うまく描けるかわからないけれど、イメージは浮かんだ。
 ミサトはキラキラのうちわを持って、アイドルのコンサートに行っている姿を描くらしい。
 「わたし、絵が下手だから貼り出されるの恥ずかしいな~」
 画用紙に鉛筆で下書きしながらミサトがぼやく。
 「えっ、全然下手じゃないよ」
 わたしも絵には苦手意識がある。全身を描こうとするとバランスが悪くなってしまうし、絵の具で色を塗るとはみ出してしまう。
 「それに、うまい人なんてめったにいないよ」
 わたしは美術室の壁に貼られた絵をながめる。1年生が1学期に描いた、中学校の風景だ。先生に選ばれた絵が20枚ぐらい飾られている。
 運動場やプールなど見慣れた景色が並ぶ中、わたしは校舎の絵に目をとめた。校舎がリアルにそびえたっていて、影のつけかたも見事だ。背景の空や木もまるで写真のようにきれいで、同じ1年生が描いたとは思えない。
 「あの校舎の絵、めちゃくちゃうまいね」
 わたしが指さすと、ミサトが小さい声で「あぁ」と言う。
 「あれ、メイサの絵だね」
 「そうなの?」

 「小学校の頃から、ずっと絵がうまくて、朝礼で賞状をたくさんもらってた」
 メイサは隣のクラスのギャルっぽい女子だ。ローズモールで見かけて以来、ちょっと怖いと思っていた。こんな特技があるなんて、なんだか意外だ。

* * *

 「白雪町をよくする会」の例会は1か月おきで奇数の月だけど、キャラクター募集の結果を見るため10月にも集まった。
 「結構届いてるみたいよ」
 水川さんが笑顔で応募箱をひっくり返すと、たくさんの紙が出てくる。最初はワイワイ盛り上がっていたけれど、一枚一枚机の上に広げていくにつれ、みんなのテンションが下がっていくのがわかった。
 「……ちょっと、期待してたのと違ったかな」
 しーんとなってしまったメンバーをフォローするように水川さんが言う。どの作品も子どもやお年寄りが描いたものばかりだ。悪くはないのだけど、シンプルすぎてそのまま使えそうにない。
 「SNSには届いてましたか?」
 「それが、一件もなくて……」
 部屋にはがっかりムードが漂い、百平さんは腕を組んで「それみたことか」と言いたげな顔をしている。言い出したのはわたしなのに、どうしよう。
 「あ、でも、これなんか手直ししたら使えそうじゃないですか?」
 ミサトが明るい調子で言うと、ほかの人たちも「これは悪くない」「これもかわいい」と言葉をつづける。
 「いや、SNSにも応募来てます!」
 スマホを見ていたプリンスが声を上げた。
 「ハッシュタグが少し間違ってて、検索にひっかからなかったみたいです」
 プリンスが画面をみんなに見せてくれた。投稿者はひまわりさん。百平さんとトイプードルが合体したようなキャラクターが、黄色い交通安全の旗を持っている。ほかの作品と比べて、明らかにうまい。
 「かわいいねぇ」
 「これで決まりだな」

 大人たちが言うように、理想のマスコットキャラクターに近い。
 「百平さん、どうですか?」
 水川さんも同じイラストをタブレットで表示して、百平さんに見せた。
 「ふんっ、勝手にしろ」
 「じいちゃん、結構気に入ってるみたい」
 プリンスが百平さんの言葉を翻訳すると、会場に笑いが起こった。
 「それにしても、ひまわりさんって何者かしら」
 水川さんがタブレットを操作して、ひまわりさんのほかの投稿を見はじめた。わたしとミサトも興味しんしんでのぞき込む。
 「これ、ローズモールの写真じゃない?」
 「ほかのイラストもすごく上手だね」
 画面に映るイラストになんとなく見覚えがある気がして、わたしははっとした。ひまわりさんって、もしかして……?


この続きは「中学生の基礎英語レベル1」「中学生の基礎英語レベル2」「中高生の基礎英語 in English」12月号(3誌とも同内容が掲載されています)でお楽しみください。

プロフィール
宮島未奈
(みやじま・みな)
1983年静岡県生まれ。滋賀県在住。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「R-18文学賞」大賞・読者賞・友近賞をトリプル受賞。同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』が大ヒット、続編『成瀬は信じた道をいく』(ともに新潮社)も発売中。元・基礎英語リスナーでもある。

イラスト・スケラッコ

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