連載 ロジカルコミュニケーション入門――【第14回】知識人が非論理に陥る理由!
●論理的思考の意味
本連載【第1回】「論理的思考で視野を広げよう!」では、「論理的思考」が「思考の筋道を整理して明らかにする」ことであると解説した。たとえば「男女の三角関係」のように複雑な問題であっても、思考の筋道を整理して明らかにしていく過程で、発想の幅が広がり、それまで気づかなかった新たな論点が見えてくる思考法である。
【第2回】「論理的思考で自分の価値観を見極めよう!」では、「ロジカルコミュニケーション」によって新たな論点を探し、反論にも公平に耳を傾け、最終的に自分がどの論点を重視しているのか、自分自身の価値観を見極めることの意義を説明した。
【第3回】「論点のすりかえは止めよう!」では、「ロジカルコミュニケーション」の大きな障害になる10の代表的な「論点のすりかえ」について具体的に紹介した。日常的にできる限り論点のすりかえを止めるだけでも、コミュニケーションはかなりスムーズで建設的になるはずである。
【第4回】「白黒論法に注意しよう!」では、とくに詐欺師がよく使う「白」か「黒」しか選択の余地がないと思わせる「白黒論法」を解説した。相手が「白黒論法」のような「二分法」を押し付けてきた場合、命題を整理すると実際の組み合わせは2通りではなく4通りであることが多いのに注意してほしい。
【第5回】「『かつ』と『または』の用法に注意しよう!」では、日常言語では曖昧になりがちな「~ではない(否定)」と「かつ(連言)」と「または(選言)」の組み合わせについて、「論理的結合子」を用いて記号で処理すると、論理的に厳密に表現できることを解説した。
【第6回】「『ならば』の用法に注意しよう!」では、日常言語では曖昧になりがちな「ならば(条件)」および「逆・裏・対偶」が、「論理的結合子」を用いて記号で処理すると、論理的に厳密に表現できることを解説した。
【第7回】「明確に『論証』してみよう!」では、日常言語では曖昧になりがちな「話の正しい筋道」が、アリストテレス以来の「論証」という概念で論理的に厳密に表現できることを解説した。論証には、モダス・ポネンスやモダス・トレンスのように「妥当」なものと、後件肯定虚偽や前件否定虚偽のように「妥当ではない」ものがある点に注意してほしい。
【第8回】「多種多彩な『論証』を使ってみよう!」では、8つの「妥当」な論証形式「MP、MT、HS、DS、Add、Simp、Conj、CD」を確認した。記号化されているため、最初は戸惑う読者もいるかもしれないが、これらを自在に使いこなせるようになれば、日常の議論にも大いに役立つので、ぜひ頭に叩き込んでほしい!
【第9回】「論理パズルを楽しもう!」では、多種多様な「論理パズル」を解きながら、これまで登場した概念を復習した。とくに、さまざまな論理結合子を用いて記号化すると、複雑に見えるパズルも機械的に解くことができることを明らかにした。この回の最後に出した課題は自力で解いて楽しんでほしい!
【第10回】「論理パズルで不完全性定理をイメージしよう!」では、「いかなる有意味な体系も完全にシステム化できない」という驚異的な事実を示した不完全性定理について、論理パズルを活用してイメージ化した。
【第11回】「論理的思考で神学論争に挑戦しよう!」では、「神」の「宇宙論的証明」・「存在論的証明」・「目的論的証明」を論駁する方法を示した。いかに「論理的思考」が強力か、そのパワーを実感してほしい。
【第12回】「社会的ジレンマに挑戦しよう!」では、「論理的思考」を駆使しても、社会的ジレンマを克服することは非常に難解であることを示した。
【第13回】「自意識のパラドックスを考えてみよう!」では、自己言及・相互言及のパラドックスから、心の中の信念における「真」と「偽」に踏み込んで考えてみた。
非論理に陥った科学者
一般に、科学者の思考は論理的なはずであり、彼らが非論理的な信念を持つはずがないと思われるかもしれない。ところが、科学者の信念が正しくなかった事例は、過去、無数に存在する。
たとえば、「熱力学第二法則」を発見し、古典物理学のあらゆる分野で600以上の論文を書いた物理学者ウイリアム・トムソン(爵位名「ケルヴィン卿」としても知られる)は、19世紀半ばに地球各地の地質を綿密に調査して、球体の冷却速度の法則から地球の年齢を4億年未満と推定した。同時に彼は、太陽の熱が重力の収縮によって生じると考え、その速度を計算したところ、太陽の年齢も5億年未満という結果だった。
つまりトムソンは、地球と太陽という2つの異なる対象に「冷却速度」と「収縮速度」という2つの異なる物理法則を適用したところ、どちらも4~5億年という結果だったため、「太陽系の年齢はどう考えても5億年未満」だと「自信たっぷり」に断定したわけである。
実際には、トムソンが予想もしなかった地球内部のマントル対流による熱伝導速度や、太陽の核融合による放射線の崩壊熱を複合的に織り込んで計算した結果、現在では太陽系の年齢は約45億7000万年であろうと推測されている。
ところがトムソンは、本来は複合的要因から導かなければならない結論を、たった2つの法則から(しかもその推定値が偶然近かったため)断定してしまった。
これこそが「知識人」であればあるほど陥りやすい罠である。要するにトムソンは、自分の持つ知識だけから結論を導くという「過信」に陥ってしまったのである。
しかも、いったん信じ込むと、むしろ知識人の方が自分の知性を総動員して自己の「妄信」を弁護しようとするため、さらに自分が間違っていることを自覚できなくなる。
オックスフォード大学の生物学者リチャード・ドーキンスによれば、そのトムソンが大問題を引き起こしてしまった。19世紀の科学界に大きな影響力を持つ著名なトムソンが、進化が生じるためには「地球は若過ぎる」ことを「証明」したと信じ込み、ダーウィンの進化論に猛攻撃を開始したからである。
さらにトムソンは、レントゲン撮影は「トリック」であり、電波通信に未来はなく、空気より重い人工物体が飛行することは不可能だとも信じ込んでいた。
過信する科学者たち
トムソンと同じ時期に活躍したジョンズ・ホプキンズ大学の天文学者サイモン・ニューカムは、「現在までに知られている物質、力学、物理力をどのように組み合わせても、人間が空中を長距離飛行するような機械を作ることは不可能である。この論証は、他のすべての物理学的事実の論証と同等に明らかである」と断定している。しかも彼は、それをライト兄弟が1903年に人類史上初めて飛行機で空を飛ぶ直前に発言したため、大失態を演じてしまった。
ライト兄弟が偉業を成し遂げた後、ハーバード大学で天文台長を務めていた天文学者エドワード・ピッカリングは、飛行機の可能性は認めざるを得なかったものの、今度は、それが実用化されるようなことはないと断言した。
彼は、次のように述べている。「一般大衆は、多数の乗客を乗せた、現代の蒸気船のような乗り物が、空を飛ぶようになると想像するかもしれない。しかも彼らは、その巨大な飛行機が、すばらしいスピードで大西洋を横断すると空想している。しかし、これはまったくの夢と断言して差し支えないだろう。仮に1人か2人の乗客を運ぶことができたとしても、その費用は莫大なものになるからだ」
ピッカリングは「専門家」としての緻密な計算を行った結果、飛行機は空気抵抗の影響により、彼の時代の「特急電車のスピード」さえも超えられないことを「証明」している。もし彼が最大座席数800席超でも数時間で大西洋を横断する現代のエアバスを見たら、何と言うだろうか。
各々の分野で偉大な科学的成果を挙げた彼らが、これほど誤った信念を抱くようになったのも、彼らが自分の専門分野での成功から「過信」に陥った結果に他ならない。
人を騙すプロフェッショナルとして、手品師を考えてみよう。50年以上も手品を趣味にしているサイエンス・ライターのマーチン・ガードナーは、「実際には、手品師が最も騙しやすいのは科学者だ」と述べている。
「なぜなら、科学者の実験室では、何もかもが見たままの世界だからだ。そこには、隠された鏡や秘密の戸棚、仕込まれた磁石も存在しない。助手が化学薬品Aをビーカーに注ぐとき、こっそり別の薬品Bを代わりに入れることはない。科学者は常に物事を合理的に考えようとする。それまでずっと合理的な世界ばかりを体験してきたからだ。ところが、手品の方法は非合理的で、科学者がまったく体験したことがない種類のものなのだ」
手品師は「ハートのエース」を観客に見せて、裏返しにする瞬間に別のカードにすり替えておきながら、「これはハートのエースでしたね」と平気でウソをつく。何も隠していないように手の平を広げて見せながら、手の甲には物を隠している。要するに、あらゆる手段を尽くして観客を騙すことが、手品の目的なのである。
デビッド・カッパーフィールドのような天才的な手品師になると、この「ウソ」を芸術の域にまで高めて、「自由の女神」を消したり、壁を通り抜けたり、空中を浮遊してみせる。これらの現象は完全に自然法則に反しているわけだから、自然法則の専門家である科学者が、このような手品に騙されるはずはなさそうだが、ガードナーによれば、むしろ逆なのである。
ノーベル病
この種の「過信」は、ノーベル賞受賞者にも見られる。エモリー大学の心理学者スコット・リリエンフェルドは、ノーベル賞受賞者が「万能感」を抱くことによって、専門外で奇妙な発言をするようになる症状を「ノーベル病」と呼んでいる。
リリエンフェルドが「ノーベル病」の代表的な罹患者だと指摘しているのが、超伝導体の「ジョセフソン効果」の発見により1973年のノーベル物理学賞を受賞したケンブリッジ大学の物理学者ブライアン・ジョセフソンである。
当時33歳のジョセフソンは、ノーベル物理学賞を受賞することによってケンブリッジ大学教授に就任し、社会的に「超一流の科学者」として認められるようになった。
そこで大きな自信を得た彼は、多くの正統な科学者から学問として認められていない「超心理学」を「妄信」し、堂々と奇妙なことを主張するようになった。
1974年春、フランスのヴェルサイユ宮殿で、物理学者と生物学者が合同で開催する「生物物理学」国際学会が開催された。この会議を主催したパリ第6大学教授の生物物理学者アンリ・アトランは、ジョセフソンの講演途中に大騒ぎが起きた様子を記している。
登壇したジョセフソンは、これから講演する内容の参考文献を黒板に書いた。それが、紀元前5世紀から紀元前2世紀に纏められたヒンドゥー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』とマハリシ・ヨーギの著書『超越瞑想と悟り:永遠の真理の書「バガヴァッド・ギーター」への注釈』だったので、聴衆の科学者たちは驚愕した。
次にジョセフソンは、彼自身がヨーギの唱える「超越瞑想」を実践して到達した特別な意識状態について、事細かに語り始めた。次第にイライラし始めた科学者たちを代表して、ある物理学者が「我々は、君のおかしな妄信の話を聴きに来たのではない。ここが科学者の集まる学会であることに、君はもっと敬意を払うべきだ。この学会で話し合うのは、誰もが研究室で再現できる現象についてであって、君が心の中で何を意識したのかではない」と彼に向かって叫んだ。
するとジョセフソンは、「あなたたちも『超越瞑想』を実践すれば、私とまったく同じ境地に到達できます。その意味で『超越瞑想』には科学的な再現性があるのです」と言い返した。それに対して、多数の科学者が口々にジョセフソンに反論を言い始めたため、事態は紛糾し、結果的に彼の講演は中断されて終わった。
当時、「超越瞑想」を推進する団体が作成したポスターには、ノーベル賞受賞者ジョセフソンが、床から数インチ浮いて「空中浮揚」する姿が合成されていた。このポスターを見て、「超越瞑想」を極めれば「空中浮揚」ができると信じてこの団体に加入した若者も多い。
1980年代から90年代半ばにかけて、日本で一連の凶悪犯罪を引き起こしたカルト教団「オウム真理教」も、これと類似した「超能力を獲得できる」という宣伝方法で、社会的地位の高い人々や、偏差値の高い大学・大学院の卒業や卒業生を入信させた。
ノーベル賞受賞者は非常に大きな社会的影響力を持っているため、場合によっては、結果的にさまざまな分野で恐ろしいほどの害悪を社会にもたらしてしまう可能性がある点に注意が必要だろう。
自分の頭で「考える」こと
量子化学を創始したライナス・ポーリングは、その業績により1954年のノーベル化学賞を受賞した。
第2次世界大戦中、ロスアラモス国立研究所所長のロバート・オッペンハイマーは、原爆製造研究の化学部長としてポーリングを招聘しようとしたが、ポーリングは「自分は平和主義者だから」と言って断っている。
戦後、ポーリングは公然と反戦を主張するようになり、1952年には合衆国国務省から「国外渡航禁止命令」が出て、パスポートを没収されてしまう。1954年に勃発したベトナム戦争にも猛反発して、全米各地の大学で世界平和の必要性を訴える講演活動を行った。
1958年には、アメリカ科学アカデミーの会長として世界中の科学者1万1000名の署名を集めた「核実験停止の嘆願書」を国連事務総長に提出している。
1963年8月5日、合衆国のジョン・F・ケネディ大統領とソ連のニキータ・フルシチョフ書記長が「大気圏・宇宙空間および水中における核兵器実験を禁止する条約」に合意した。
この条約が発効した10月、ノーベル委員会は「核兵器実験・軍備拡大・国際紛争の武力衝突に反対する活動を絶え間なく続けてきた」功績により、ポーリングに1962年度のノーベル平和賞を授与した。
ノーベル化学賞とノーベル平和賞を受賞したポーリングは、実は遺伝子構造を解明する直前まで迫っていた。もし彼がDNAの二重らせん構造をジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックよりも先に解明していたら、彼はノーベル医学生理学賞も受賞し、前代未聞のノーベル賞3賞受賞者になっていたかもしれない。
そのDNA解明の競争相手だったワトソンが「世界中を探しても、ライナスのような人物は一人もいないだろう。彼の人間離れした頭脳と、周囲を明るくする笑顔は、まさに無敵だ」と褒めるくらい、ポーリングは人格的にもすばらしい人物だった。
ところが、そのポーリングが晩年になると、ビタミンCを大量摂取すると、風邪も癌も治るという奇妙な学説を主張し始めたのである。そもそも過剰に投与されたビタミンCは排泄される。しかも、ポーリングの学説は何度かの追試でもまったく確認されなかった。それにもかかわらず、彼は最愛の妻にビタミンC療法を施し、彼女の癌は完治せずに亡くなったのである。
ポーリングは、ノーベル平和賞授賞式のパーティで、世界中から集まった大学生に次のように述べている。
「立派な年長者の話を聞く際には、注意深く敬意を抱いて、その内容を理解することが大切です。ただし、その人の言うことを『信じて』はいけません! 相手が白髪頭であろうと禿頭であろうと、あるいはノーベル賞受賞者であろうと、間違えることがあるのです。常に疑うことを忘れてはなりません。いつでも最も大事なことは、自分の頭で『考える』ことです」
このポーリングの発言には、論理的思考とロジカルコミュニケーションに必要不可欠な3つの重要な要素が含まれている。それは、①妄信しないこと、②疑うこと、③自分の頭で考えることである。
さらに、このように発言したポーリング自身でさえ晩年には「過信」に陥ってしまったことを考えると、人間の本性には「非論理」に陥りやすい罠が潜んでいることを注意する必要があるだろう。
参考文献
Richard Dawkins, "Science, Delusion, and the Appetite for Wonder," Skeptical Inquirer: 22 (1998), pp. 28-33.[リチャード・ドーキンス著/高橋昌一郎・関口智子訳「科学と未知への扉」Journal of the Japan Skeptics, Vol. 8, pp. 25-33, 1998.]
高橋昌一郎(著)『理性の限界』講談社(講談社現代新書)、2008年
高橋昌一郎(著)『東大生の論理』筑摩書房(ちくま新書)、2010年
高橋昌一郎(著)『反オカルト論』光文社(光文社新書)、2016年
高橋昌一郎(著)『20世紀論争史』光文社(光文社新書)、2021年
高橋昌一郎(著)『天才の光と影』PHP研究所、2024年
高橋昌一郎(監修・著)/山﨑紗紀子(著)『楽しみながら身につく論理的思考』ニュートンプレス、2022年
イラスト・題字:平尾直子
高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)
國學院大學教授・情報文化研究所所長
専門は論理学・科学哲学。主要著書に『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『新書100冊』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『実践・哲学ディベート』(NHK出版新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)、『天才の光と影』(PHP研究所)など多数。
動画【ロジ研#13】ロジカルコミュニケーション入門【第13回】のご案内
本連載の内容について情報文化研究所の研究員たちがディスカッションしています。ぜひご視聴ください!
関連書籍