世界的ベストセラー『モリ―先生との火曜日』が刊行25周年を迎えます。世界51の国と地域で1,750万もの読者を獲得しているこの本は、「ニューヨーク・タイムズ」紙のベストセラーに350週(7年以上!)も留まるという驚異的な記録を残しています。その間、テレビ映画化され(名優ジャック・レモンの主演遺作となりました)、アメリカだけでなく日本でも舞台化され、何度も読み返され、新しい読者に読み継がれています。
刊行25周年を迎えるにあたり、多くの出版社に見向きもされなかったこの小さな作品が、どのようにして世に出ることになったのか、著者のミッチ・アルボムが明かします。
(ヘッダー画像:Ⓒleungchopan /Shutterstock)
『モリ―先生との火曜日(Tuesdays with Morrie)』 刊行 25周年によせて
読者のみなさんへ
『モリー先生との火曜日』がはじめて世に出てから四半世紀が過ぎた。そしてぼくは、今また大学時代の恩師について新たな文章を書いている。モリーの教室には出口がないように感じる。あるのは人生のひとつのステージから次のステージへつづく通路だけだ。
『モリー先生との火曜日』がこれほど長く読み継がれてきたことは、ぼくの物書きとしての人生を通して、特別に大きな意味を持ちつづけている。この本はぼく自身が行くこともないような地球の隅々にまでいきわたっている。1990年代にこの本を読んだ若者たちが、2020年代の今、十代になった自分の子どもたちに勧めてくれている。
25周年を迎えるにあたって、若者だったぼくが中年になり、老年にさしかかった今に至るまでのあいだに、この本がぼくの人生をどのようにかたち作ってきたか、改めて書くこともできたが、それよりも、そもそもの始まりに戻ってみるのがよいと思う。本になる前。まだアイデアでしかなかったときに。
そのころ、「モリー先生との火曜日」には、モリーのところで過ごす火曜日、という意味しかなかった。モリーは教え、混乱したぼくの頭をときほぐしてくれる。愛おしい、思いやりに満ちた最後の授業。だが、本にすることなど考えもしなかった。モリーが医療費の支払いに困っていると知り、そこで初めて、何か書くことで役に立てるのではないか、と思いついた。
大きなチャレンジだった。今なら、そう難しいこととは思わないかもしれないが、ほんとうに大変だったのだ。ぼくはスポーツライターで、この手の本を書いた経験はなかった――ワン・ストライク。そして出版業界には「死」にまつわる話を避けたがる傾向がある。気が滅入るような暗いテーマだと考えられているからだ――ツー・ストライク。
そんなとき、ぼくの友人で版権エージェントのデイヴィッド・ブラックがすばらしいアイデアを思いついた。ふつうの企画書を書いたのではたんなる闘病記と思われかねない、それより、ぼくがデイヴィッドに宛てた手紙というかたちにしたらどうだろう、と言うのだ。思いつくまま書けばいい、気取らない言葉で、火曜日の訪問でのできごと、どうしてぼくがそのことを書きたいと思うようになったのか、どうしてそれが、死ではなく生について書いた本になると思うのかを。
その手紙は出版関係者にしか見せたことがなかった。だが、今ここで、わが友なる読者のみなさんにそれをご披露しようと思う。本文の内容と重複するところがないよう多少手を加えたことをお断りしておく。
25年読み継がれることになる本は、ここからはじまった。
これが始まりだった。デイヴィッドはこの手紙をあちらこちらへ送った。多くの出版社に断られ、興味がない、退屈だ、ぼくにそんな本が書けるわけがない、といろいろ言われたが、引き受けてくれるところがひとつあった。
そしてひとつで十分だった。
それから四半世紀。ふり返れば、この本の最初の数行を書くのには悪戦苦闘した。何週間ものあいだ、原稿をタイプしては破り、タイプしては破った。でも、締めくくりにはなんの苦労もなかった。最後の一行は瞬時に、ごく自然にひらめいた。モリーと向かい合って座り、その乱杭歯をのぞかせた笑顔と、輝く瞳を見ながら、彼の手を取って「また次の火曜日に会いましょう」と言ったのと同じくらい、自然に。
「その講義は今でもつづいている。」
まさに、そのとおりになっている。
2022年1月
ミッチ・アルボム
翻訳:三宅真砂子(& BEC会有志)
*本稿は、アメリカで刊行された”Tuesdays with Morrie”の25周年記念版に掲載されたあとがきの翻訳です。
© Mitch Albom
商品情報
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著者紹介:ミッチ・アルボム [Mitch Albom]
フィラデルフィア出身。1970年代後半、ブランダイス大学の学生時代に、社会学教授のモリー・シュワルツと出会う。卒業後、プロミュージシャンを目指すが、挫折。コロンビア大学でジャーナリズムの修士号を取得し、デトロイト・フリープレス紙のスポーツコラムニストとして活躍。AP通信によって全米No.1スポーツコラムニストに過去13回選ばれている。2006年、デトロイトの最貧困層の生活向上を支援する慈善団体の統括組織S.A.Y.Detroitを設立。また、ハイチのポルトープランスにHave Faith Haiti Missionという孤児院を設立し、運営している。
訳者紹介:別宮 貞徳 (べっく さだのり)
翻訳家。元上智大学文学部教授。翻訳グループBEC会主宰。1927年生まれ。 おもな著書に『ステップアップ翻訳講座』『裏返し文章講座』『さらば学校英語 実践翻訳の技術』『「ふしぎの国のアリス」を英語で読む』(いずれもちくま学芸文庫)、訳書にポール・ジョンソン『インテレクチュアルズ』(講談社学術文庫)、『アメリカ人の歴史』(共同通信社)、ノーマン・デイヴィス『アイルズ 西の島の歴史』(共同通信社)など多数。著訳書含めて180冊以上を上梓している。
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